えりちゃんの「かたり」から発生した、教科のあり方。
日本が学歴社会でなかったころ、もしくは高度成長期まで、
働くことは、時代の流れだった。
いつの頃からか、
中学から進学する生徒が増えるようになり、
高校から進学する生徒が増えるようになり、
就職する、ということは、いまいち現実味がなくなって、
後回し後回し。
とりあえず、生活する場所があって、
とりあえず、自分の小遣いがあればよくて、
とりあえず、不自由なく暮らせていて。
高校に進学する、ということは、
昔、働き始めた年頃よりも遅く、それが自然な流れになって、
決定的に働かなければ、と切羽詰まらなくなっている、ような雰囲気。
義務教育ではないけれど、とりあえず、高校。
その先は、時間とお金が許せば進学。もちろん、興味のある、通える範囲内。
働く、という気持ちは、例えば、そういうものだという雰囲気や使命感が家にあるか、職業自体に興味があるか、親元を離れたいとか、様々な理由が交錯している。
勉強したくないから、なんていう理由も時に聞かれる。
高校への進学。
おそらく、条件のほとんどが、通える範囲、である。
それは、学力と距離。
その通える範囲内に、「商業高校」や「工業高校」など、いわゆる専門高校がある。
そんな状況にある地域に面している。
そこで、何を学ぶか、考えただろうか。
面接試験をしようとも、学力試験をしようとも、
人員が決まっていて、選抜方法が決まっていて。
不本意ながらも入学、ということをちらほらと聞く。
聞こえるだけでちらほらなのだから、心の声はもっと多いだろう。
中学の教師に専門高校を卒業したという人はどのくらいいるだろうか。
中学を訪問しても、大して興味ないだろう反応。
パソコンは普通校でもあるし、普通教科(この呼び方、嫌いなのだけれど)を
削って専門教科を入れている分、もしかしたら、勉強苦手だから、
という理由で志望した、または薦められた生徒もいるだろう。
商業高校の役目とは、なんだろうか。
10年前と随分変わってしまった。
進学もできる高校、と銘打って、入学させようとし、
就職に有利だから、といって資格を取らせる。
朝から補習補習、休日も補習補習、
休日を返上して、検定検定。
この繰り返し。
しかし、私が7年位前だろうか、
母校に勤務しながら通っていた通信課程の大学の卒業論文を書くにあたって、
情報教育の現状と今後を考える、という機会があった。
自分が、社会に出ていないので(フリーター経験はあったが)、
身につけた知識は、技術は、社会でどんなものか、という興味もあった。
そんな趣旨で、卒業生にアンケートを取ったら、意外なこと?に
どうやら、彼らの卒業後、役立っていたようで、今後も学びたいという声が多く挙がった。
だからと言って、高校で多くの生徒が理解できるような内容であるか、
なぜか、先走り先走りの方々がいて、
教える側でさえ学ぶのを躊躇するような高度な内容をチョイスする。
そして、担当は誰かにやってもらう。
または、自分のプロパーを死守して、あとは知らぬ存ぜぬ。
資格を取ったところで、進路を決める瞬間にしか発揮できない。
それよりもっと必要なことがあるのに気が付いていない。
どんなに高い目標を掲げようとも、実際に授業を受ける側の生徒が、
興味を持って、現在の問題として見つめないと、意味がないんじゃないか。
専門学校のように、資格試験の合格率を競って、自己満足しているようでは、
生徒のためにならないんじゃないのか。
ついでに。
鬱になった教師を復帰させるという気持ちのないような人たちには、
人の心が分かるのか。
私は、分かったことがある。
元気であるだけがよいことではないこと。
鬱にならないとわからなかったこと。
弱い立場から、様々な学校のあれこれを客観的に見ることができた。
いわば、職場からの幽体離脱。
気づいたことを生かしたいのに、生かせない、生かす機会のない自分は、
他の場所でこの思いを昇華させるしかないのか。
一方的な側からの意見になってしまったけれど。
おそらく、私の中に渦巻いていたものが、卒業生を出したことで
力が抜けた、あるいは力を出し切ってしまったのだと思う。
これ以上、居場所を探し続けてもだめだと。
それなのに、恩返しを、なんて考えるんじゃなかった。
やっぱり、ダメだった。
自分の教科の中にある矛盾を見つけ出してしまったのだろう。
シラバス作りの中で、自分ができることしかしない、という意見に直面して、がっかりした。
ベテランが偉そうに過去の栄光をたびたびひけらかすのに辟易していた。
同じ教科よりも、他教科の方が話が合うのは、そういうことだろう。
新たに免許を取ろうとしたのもそう(失敗したけど)。
終わりが来る。
少なくともここの自治体、少なくともこの学校では。
リニューアルする。私も、リニューアルする。
本当に、リニューアルできたら、戻ろうと思えるのかもしれない。
きっかけが向こうからなのに、今は、自分から辞める気になっている。
前向きなのか、後ろ向きなのか。
・・・・・・・・長過ぎてごめんなさい。
おそらく、書けば書くほど辛くなる、
だけど、辛くなるのと同じくらいスッキリする。
今日はかなりの自己満足でごめんなさい。
日本が学歴社会でなかったころ、もしくは高度成長期まで、
働くことは、時代の流れだった。
いつの頃からか、
中学から進学する生徒が増えるようになり、
高校から進学する生徒が増えるようになり、
就職する、ということは、いまいち現実味がなくなって、
後回し後回し。
とりあえず、生活する場所があって、
とりあえず、自分の小遣いがあればよくて、
とりあえず、不自由なく暮らせていて。
高校に進学する、ということは、
昔、働き始めた年頃よりも遅く、それが自然な流れになって、
決定的に働かなければ、と切羽詰まらなくなっている、ような雰囲気。
義務教育ではないけれど、とりあえず、高校。
その先は、時間とお金が許せば進学。もちろん、興味のある、通える範囲内。
働く、という気持ちは、例えば、そういうものだという雰囲気や使命感が家にあるか、職業自体に興味があるか、親元を離れたいとか、様々な理由が交錯している。
勉強したくないから、なんていう理由も時に聞かれる。
高校への進学。
おそらく、条件のほとんどが、通える範囲、である。
それは、学力と距離。
その通える範囲内に、「商業高校」や「工業高校」など、いわゆる専門高校がある。
そんな状況にある地域に面している。
そこで、何を学ぶか、考えただろうか。
面接試験をしようとも、学力試験をしようとも、
人員が決まっていて、選抜方法が決まっていて。
不本意ながらも入学、ということをちらほらと聞く。
聞こえるだけでちらほらなのだから、心の声はもっと多いだろう。
中学の教師に専門高校を卒業したという人はどのくらいいるだろうか。
中学を訪問しても、大して興味ないだろう反応。
パソコンは普通校でもあるし、普通教科(この呼び方、嫌いなのだけれど)を
削って専門教科を入れている分、もしかしたら、勉強苦手だから、
という理由で志望した、または薦められた生徒もいるだろう。
商業高校の役目とは、なんだろうか。
10年前と随分変わってしまった。
進学もできる高校、と銘打って、入学させようとし、
就職に有利だから、といって資格を取らせる。
朝から補習補習、休日も補習補習、
休日を返上して、検定検定。
この繰り返し。
しかし、私が7年位前だろうか、
母校に勤務しながら通っていた通信課程の大学の卒業論文を書くにあたって、
情報教育の現状と今後を考える、という機会があった。
自分が、社会に出ていないので(フリーター経験はあったが)、
身につけた知識は、技術は、社会でどんなものか、という興味もあった。
そんな趣旨で、卒業生にアンケートを取ったら、意外なこと?に
どうやら、彼らの卒業後、役立っていたようで、今後も学びたいという声が多く挙がった。
だからと言って、高校で多くの生徒が理解できるような内容であるか、
なぜか、先走り先走りの方々がいて、
教える側でさえ学ぶのを躊躇するような高度な内容をチョイスする。
そして、担当は誰かにやってもらう。
または、自分のプロパーを死守して、あとは知らぬ存ぜぬ。
資格を取ったところで、進路を決める瞬間にしか発揮できない。
それよりもっと必要なことがあるのに気が付いていない。
どんなに高い目標を掲げようとも、実際に授業を受ける側の生徒が、
興味を持って、現在の問題として見つめないと、意味がないんじゃないか。
専門学校のように、資格試験の合格率を競って、自己満足しているようでは、
生徒のためにならないんじゃないのか。
ついでに。
鬱になった教師を復帰させるという気持ちのないような人たちには、
人の心が分かるのか。
私は、分かったことがある。
元気であるだけがよいことではないこと。
鬱にならないとわからなかったこと。
弱い立場から、様々な学校のあれこれを客観的に見ることができた。
いわば、職場からの幽体離脱。
気づいたことを生かしたいのに、生かせない、生かす機会のない自分は、
他の場所でこの思いを昇華させるしかないのか。
一方的な側からの意見になってしまったけれど。
おそらく、私の中に渦巻いていたものが、卒業生を出したことで
力が抜けた、あるいは力を出し切ってしまったのだと思う。
これ以上、居場所を探し続けてもだめだと。
それなのに、恩返しを、なんて考えるんじゃなかった。
やっぱり、ダメだった。
自分の教科の中にある矛盾を見つけ出してしまったのだろう。
シラバス作りの中で、自分ができることしかしない、という意見に直面して、がっかりした。
ベテランが偉そうに過去の栄光をたびたびひけらかすのに辟易していた。
同じ教科よりも、他教科の方が話が合うのは、そういうことだろう。
新たに免許を取ろうとしたのもそう(失敗したけど)。
終わりが来る。
少なくともここの自治体、少なくともこの学校では。
リニューアルする。私も、リニューアルする。
本当に、リニューアルできたら、戻ろうと思えるのかもしれない。
きっかけが向こうからなのに、今は、自分から辞める気になっている。
前向きなのか、後ろ向きなのか。
・・・・・・・・長過ぎてごめんなさい。
おそらく、書けば書くほど辛くなる、
だけど、辛くなるのと同じくらいスッキリする。
今日はかなりの自己満足でごめんなさい。