3月5日(金) 同僚で絵が好きなヒロミさんが、東京国立博物館でやっている「長谷川等伯展」を観てきて「すごくよかったよ~ッ!」とえらく感動している姿を見て、「じゃあおれも!」と行ってきた。 お恥ずかしながら「秀吉や利休を魅了した絵師」長谷川等伯のことは何も知らなかった。400年も前の絵と聞くと、どこかの宝物館に「重要文化財」とか言われて大切に置かれている古びた屏風絵の類が思い浮かんだ。美術作品というよりむしろ歴史的な骨董品のようなイメージがあったが、骨董品なんてとんでもない。等拍の作品は400年の時空を越え活きた作品として迫って来た。 展示の前半は「信春」と名乗っていた能登の時代の作品が中心で、その精緻な筆遣いや鮮やかな色彩を溜息がでる思いで眺め、力強く流れる線に魅了され、動物や鳥や昆虫がまるで生きているように描く抜群の観察力や描写力に驚嘆したが、何と言っても圧巻は後半の展示作品の数々だ。 展示は全部を制作年などの順に7つの章に分けられているが、第4章「桃山謳歌―金碧画―」は中でもこの展覧会の白眉だ。国宝「楓図壁貼付(かえでずかべはりつけ)」の前に立ったその瞬間、そこからオーラのようなものが発せられているのを感じた。太く力強く伸びる楓の幹の生命力はどうだろう!深く根を張って大地の養分を貪欲に吸い上げ、葉を吹き出し、幹はさらに遠くへと伸びて行こうとする強い意志を感じる。木の根元に咲き誇る花々は、そんな木のエネルギーを浴びて芳香を放っている。 その隣「松に秋草図屏風(まつにあきくさずびょうぶ)」でも、松の幹が隆々と画面から出てきそうな力強い躍動感、それに画面の両側に配された白い槿(ムクゲ)の花の萌え出でる生命力に息を呑む。画面の前に釘付けになり、絵が発する強烈な力に圧倒されてトリハダが立った。この作品のキャプションに最初「国宝」の文字を見落としていたのだが、後からこれが国宝だと知り大きく頷いた。 更にその隣の「萩芒図屏風(はぎすすきずびょうぶ)」の細やかな萩の文様が奏でるハーモニーや、ダイナミックに交叉し合う芒は、モチーフそのものを離れて抽象画の世界へと突き進んでいる。そのまた隣の「波涛図」の水面の表現も然り。浮世絵がジャポニズムの流れで西洋近代絵画に大きな影響を与えたのは有名だが、等伯の作品はどの程度知られていたのだろうか。等伯の作品がモネやゴッホ、ルノアール、クリムトなどの目に触れていれば、間違いなく彼らを驚嘆させ、その画風にも影響を与えたことだろう。 展示終盤の水墨画の世界は、それまでの華やかで生命力に溢れた金碧画の「動」の世界から「静」の世界へと一転する。しかしその水墨画に描かれている壮大な山水画や、青臭い匂いが伝わってきそうな若竹の勢い、活き活きと描写された猿の姿など、どれも自然の息吹がひしめいている。モノトーンの世界から豊かな色彩が喚起される水墨画の特質が見事に生かされている。 そして展示の最後に飾られた国宝「松林図」。この幽玄で深遠な作品の前に立てば誰もが言葉を失うだろう。風景の多くの部分は「霧」で隠されているのだが、その無地の部分から伝わってくる静かなパワーはいったい何なのだろうか。この中にこれまで観てきた等伯の傑作の数々が全て封じ込められているかのようだ。この松林図は等伯の50代に制作されたものらしいが、等伯は50にして、悟りを開いたかのような浮世を離れた天上界の深遠さを伝えている。 「松林図(右隻)」(Wikipediaより) 閉館時刻が過ぎてもこの前に集まった人達はじっと動こうとしない。きっと僕と同じように動けないに違いない。そんな人達を強いて出口へ追い立てることなく、後ろで静かに見守っているスタッフの皆さんの寛大さに感謝。ちゃんと超勤はつけてくださいね。 長谷川等伯との出会いは僕にとってひとつの衝撃だった。これは実物に接したからこその衝撃だ。展示作品はどれも背丈を越える大きなものが多い(高さ10メートルにも及ぶ「涅槃図」も圧巻だった)。画集やパソコンの画面からでは想像もつかないパワーを本物の作品は伝えてくれる。東京での等伯展は3月22日まで開催されているが(その後は京都へ巡回する)、このブログ記事をここまで読んでくださった方でまだ観ていない方は絶対に観ておくことをおすすめします。 没後400年特別展「長谷川等伯」公式サイト |
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