facciamo la musica! & Studium in Deutschland

足繁く通う演奏会の感想等でクラシック音楽を追求/面白すぎる台湾/イタリアやドイツの旅日記/「ドイツ留学相談室」併設

舘野 泉 ピアノリサイタル

2020年11月13日 | pocknのコンサート感想録2020
11月10日(火)舘野 泉 (Pf)
演奏生活60周年
東京オペラシティコンサートホール タケミツメモリアル

【曲目】
1.バッハ/ブラームス編/シャコンヌ BWV1004より
2.スクリャービン/前奏曲と夜想曲 op.9
3.光永浩一郎/左手ピアノ独奏のためのソナタ「苦海浄土によせる」(初演)
4.新実徳英/「夢の王国」左手ピアノのための4つのプレリュード(委嘱初演)
5.パブロ・エスカンデ/悦楽の園 ~ヒエロニムス・ボスの三連祭壇画による自由な幻想曲~(委嘱初演)

【アンコール】
1.村田昌己/ 時のはざま
2.カッチーニ/吉松 隆 編/アヴェ・マリア


コロナで演奏会が全て中止された時期に発せられた多くの演奏家のメッセージは、「厳しく辛い」というネガティブなコメントのあと、大抵は「けれど」と続き、前向きな言葉が述べられた。そんななか、毎日新聞のインタビュー記事で、今の自分を「陸に揚がった魚みたい」と、何もできない無力感を吐露していた舘野泉。右半身不随という苦難を乗り越えて左手のピアニストとして再起したことも、「全然辛いなんて思わなかった」と述懐する舘野がコロナの状況に絶望する発言は、前向きなメッセージよりも当時の僕の気持ちに響いて親近感を覚えた。その舘野が、また前向きな気持ちを取り戻して開くリサイタルを是非聴いてみたくなった。

ステージに登場した舘野がピアノを弾き始めるや、すぐに舘野の世界へ引き込まれた。ブラームス編曲によるバッハのシャコンヌは、ブゾーニ版などとは異なり、この音楽の孤高の闘いや祈りの姿がストレートに届いてくる。舘野はバッハのスピリットを誇張したり脚色したりすることなく、静かに祈るように綴っていった。硬質でキリッと引き締まった響きが耳を引く。舘野に孤高の姿を感じた。

スクリャービン、現代の作曲家による委嘱作品と聴き進むほどに、舘野の左手から醸し出されるピアノには独特の響きがあることを感じた。それは墨絵のようなモノトーンの濃淡の世界。これは色彩に乏しいということではなく、優れた水墨画からは、沢山の色を使った絵画よりもはるかに豊かな色彩が伝わってくるのと似た感覚。或いは空を覆う雲間から時おり薄日が射しこむ情景。或いは北欧の白夜の情景に例えてもいいかも知れない。そこから浮かび上がるのは深い祈りや憧れ、静寂で静謐な汚れのない世界。舘野はこうした色でリサイタルを染めていく。

リサイタルで重要な役割を担っているのが、舘野のために作曲された現代の作曲家による作品たちで、リサイタルの8割ものウェイトを占める。一人のピアニストのために書かれた初演曲だけでプログラムが成り立ってしまうのもすごいが、これだけ大きなホールでこれができるのは舘野以外にいないだろう。これは単に左手のピアニストがレパートリーを増やすために新曲を委嘱し続けた結果ではない。舘野が左手だけで音楽を表現することにこそ真の価値を見いだし、持ち前の稀有の音色と表現力でこれらの新作に取り組み、作品の真価を演奏で示す。それを聴いた作曲家が更に舘野にこそ演奏してもらいたい音楽作りに打ち込む。両者のこの真剣な対峙と協力、強い信頼関係の持続があってこそ実現できる世界だろうし、それが多くの聴衆の共感を生むのだろう。

舘野に新作を提供した3人の作曲家の作品は、厳粛な表情を湛えていたり、ユーモアがあったり、それぞれ個性的な魅力を放っていた。そのなかで最も感銘を受けたのは光永浩一郎の「海浄土によせる」だ。厳しさと慈愛、祈りが感じられ、人の心の奥底の思いが静かに滲み出ていた。

後半では館野さんがマイクを持ってユーモアを交えて聴衆を笑わせながら曲を紹介しつつ進んだ。演奏活動60周年に加えて今日は館野さんの84歳の誕生日ということで、花束が贈られ、「祝生誕84歳」という大きな横断幕がステージに掲げられた。そこで披露してくれた2つのアンコール曲も心に沁みた。

左手のピアニストとしての活動を始めて16年。館野は芸術家としての並外れた天分と表現力、そして人並み外れた努力によって、他のアーティストには真似できない偉業を成し遂げていることを確かめることとなった。今後も素晴らしい新作が生まれる源泉となるような活動を続けていかれることを願って止まない。


[N響 MUSIC TOMORROW] ノルドグレン/左手のためのピアノ協奏曲(Pf:舘野泉) 2013.6.25 東京オペラシティコンサートホール
♪ブログ管理人の作曲のYouTubeチャンネル♪
最新アップロード:「ほたるこい」幻想

拡散希望記事!やめよう!エスカレーターの片側空け

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« クァルテット・エクセルシオ ... | トップ | 堀米ゆず子 無伴奏ヴァイオリ... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

pocknのコンサート感想録2020」カテゴリの最新記事