さて、嘉右衛門は神職らの「いつ雨が降るか」という問に「沢地萃」の上六を得、「地上に水が溢れている。これは洪水が来ることを示している。目にちは6日目」と答えた。「沢地萃」という卦は、八卦の「坤地」の上に兌沢」が乗った形で、易では「地の上に沢水が集まり、物を潤す形(「萃」は集まるの意)と見る。
沢をなすぼどの水が地上にあふれるとなれば、パラパラとくるほんのお湿り程度の雨ですむわけはない。すなわち洪水である。また、変爻は「上六」一番上の6本目の陰爻であり、これを変化が起こるときの示しと読めば、6日目となる。
「いうにこと欠いて洪水とは-…」と神職たちは絶句した。ひとりが語気荒く突っ込んだ。「この長日照りに洪水と、ここの神様がそうおっしゃったのですか。いかに先生でもでたらめなことを申されると神様に不敬ですぞ」それに対し、嘉右衡門はにっこりとほほえみながら、こういった。
「上爻は初爻より数えて6日目に当たり、兌沢が変じて乾天となる。乾は雲行き雨施すの卦で、雨を施して『せいし、ていい』ということになる。これがすなわち神勅というものです。神様は、『望みど拾りに雨を降らせはするが、民を苦しめるほどの大雨を降らせなければならないから、わしゃ辛い』と涙ながらにおっしゃられた。それで『せいし、ていい』。卦を読むとそうなります」
(中略)
この象伝の辞を、卦を媒介にして神様が伝えてきたメッセージと読んだから、神様が涙ながらに「わしゃ辛い」とおっしゃったと嘉右衛門はいい切ったのである。
このやりとりがあってから6日が経った。嘉右衛門はいつものように、講義を行うために熱田神宮に向かった。雲ひとつない快晴である。「先生、大丈夫ですか。今日ですよ。若い神職たちは気も高ぶって騒いでいる。講義の際にうまくなだめてくださいよ」出迎えた大宮司の角田信行は心配気にこういった。
やがて講義は終わった。が、雨は降らない。嘉右衛門に詰め寄る者もいたが、彼は平然と一日が終わるまで待つようにいい置くと、宿に戻った。ところが午後の2時もすぎたころ、にわかに真っ黒な雨雲が沸き起こった。かと思うと、3時をすぎるころには、何もかも洗い流すような猛烈な大暴風雨となったのである!
神職たちが肝をつぶしたことはいうまでもない。彼らはたたきつける暴風雨をついて嘉右衛門の宿に駆けつけ、ひれ伏して非礼を詫びた。けれども、こうした的中は何も今回限りのことではなかった。これまで嘉右衛門の易は外れたためしはなかった。そしてそれは、生涯を通じて変わらなかった。
嘉右衛門はほほえみながらこういった。「これまで私は神様に欺かれたことはただの一度としてありません」明治21年7月21日に起こった実語である。
次回へ続く
●「日本神人伝」不二龍彦著 「学研」 より抜粋
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