
こんばんは。今日はお約束のプロジェクトF(PF)情報です。
フェアなどでこのサンプルをご覧になられると、多くの方が
「うわ~、でかいマグネットですね。」とか、「やっぱりアルニコでないといい音は出ませんか?」
というようなコメントを多くいただきます。ただ、残念ながら上記のご質問はPFの本質からは少し離れています。確かに大型のツボヨークを使ったこの手のユニットは結構世の中にありますので、外から見ただけではあまり違いは分からないかも知れませんね。
ということで、第一回の今日はこのユニットの最大のポイントである完全シンメトリカル・インナー・デュアルダンパー(Symmetrical Inner dual Damper)についてお話したいと思います。このちょっと長々しい名前ですが、平たく言えば、2枚のダンパーをボイスコイルの両側に、なおかつ 完全に対称形に設置するというものです。
このボイスコイルの両側に、完全に対称形にというのが最大のミソで、昔から世の中に多くあるデュアル・ダンパー(Wダンパーとも言います)とは決定的に違います。最初に結論だけ言っておくと、アルニコ内磁型というのはこのSIDを使うために必然的にそうなるということで、これが目的ではないのです。それでは従来のWダンパーとSDIとの違いを解説していきましょう。
そもそも従来のWダンパーの最大の目的は、支持系の耐久性を上げることで、採用されるモデルもHiFiというよりは耐久性を重視されるPA用などのユニットが多いのが実情です。それに比べて、SIDの最大の目的は耐久性アップではなく、あくまで高音質を目指してのことなのです。

先ず1番上の一般的なシングルダンパーの構造図を見てください。
ここで「ネック当り寸法」とあるのは、これ以上振幅するとダンパーネックが磁気回路に当るという寸法で、ユニットの最大振幅を示すものです。そのため、この寸法はユニット設計をする上で一番基本的な項目の一つであり、Wダンパーになっても変わることはなく、上記の3つの例でも全て同じとなります。(というか、変えるべきではありません。)
ユニットの基本的な動作として、音楽信号が入力されると、ボイスコイルが振動し、その振動がボイスコイルボビンを伝わって振動板を振動させて音が出ます。そのため、ボイスコイルの振動を出来るだけ忠実に伝播させるには、このボビンを短くすることが有効ですが、最大振幅を確保するために必要なネック当り寸法を確保する必要があるのです。
図を見て明らかなように、振幅方向に対してユニットの質量バランスは、その振動の源であるボイスコイルから見て、圧倒的にユニット前面側に偏っています。これは従来のユニットが持っている基本的な問題点です。この問題点は、図でも明らかなように従来のWダンパーでは更に悪くなります。また、従来のWダンパーのもう一点の問題として、振動板とボイスコイルとの距離が増えてしまい、振動の伝播ロスが増えるということがあります。これらを防ぐには第2ダンパーを第1ダンパーの下に設置すればいいのですが、それをやると先に説明した最大振幅がかせげなくなるため出来ないのです。従来のWダンパーが、音質重視のモデルではあまり使われない理由はここにあると思います。
ではSIDの場合はどうかというと、図でも明らかなように、ボイスコイル~振動板の距離は従来のシングルダンパーと同じで、振動伝播ロスの悪化は無く、また質量バランスに関しても明らかに改善されることが分かります。特にウーファーの場合はある程度のM0が許させるので、第2ダンパーのネック部に質量バランスを取るためのウエイトリングを追加することもでき、大幅に質量バランスを改善することも可能です。これにより、機械的なリニアリティが改善され、結果として2次歪み特性などの改善が可能となります。
それとSID方式のもう1点のメリットとして、ボイスコイルの中心保持の精度が大幅に向上するということがあります。ボイスコイルは狭い磁気ギャップ内を当らないように正確に前後に振幅する必要があるため、その支持系(エッジとダンパー)にはセンタリングの精度が要求されます。図でも明らかなようにSID方式ではボイスコイルを磁気ギャップ部の両側で支持するため、その精度は非常に上がります。それに比べて従来の方式は、ボイスコイルの片側で支持をしているだけで俗に言う片持ち梁構造となっていますので、精度が落ちます。これは従来のWダンパーでも若干改善されるものの、基本的には変わりません。ではこのセンタリング精度が良くなることで、音質的にどういう効果があるかということですが、これはちょっと説明が長くなるので、次回にしたいと思います。
それからマグネットの件ですが、図でも分かるように、SIDではダンパーを磁気回路の中に入れる必要があるため、自動的に磁気回路は内磁型になります。そのためフェライトは使えないので、残る候補はネオジムかアルニコになります。ただSIDでは修理や同じ磁気回路を流用しての試作などを行う時にマグネットの脱磁が必須となりますが、ネオジムの脱磁は非現実的なので、自動的にアルニコの内磁型ということになるのです。もちろん私は音質的にもアルニコ内磁は最高と考えてはいますが、SIDの場合はちょっと別の事情もあるのです。
さて次回は、センタリング精度が向上することと音質向上の関係を説明したいと思います。では今日はこの辺で。