
「教育」がこうである隣国と我が国はどう一緒に倫理道徳を維持するんでしょうか。
この教育の格差のあるがままに、生活の中に各国人との共生を起こす際に、「目に見えぬ乖離」は必ず萌芽します。
わかるとおもうのです。
軋轢と摩擦と反骨真、対抗心は厳然と「国家教育」と喧伝に「途絶えずに成長とエスカレーション」にあります。
ここに無教養に「共存」を謳っても、そのフロントラインで起こることは明白です。
手を打たなければ、傷み合います。自明のことを放置してはいけません。
このまま、の危険性は自国にも他国にも理解は易いはずです。「なんとかなる」以上の何かがいるはずです。
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