爽やかな小春日和のなか、みんなが、それぞれの目的をもって歩いている。
道路わきのつつじからやさしい香りがする。
ピンクや白が緑のコントラストの中にうかび、目が痛いほどだ。
前から不思議な軍団が、うつむき加減でぐいぐい押し寄せてくる。
作業ズボンの左右のポケットに新聞が突き刺さる。
我先に券売り場へ急ぐ。
競馬場のスタンドが見えた、たくさんの人が「ウォー」と言っているようだ
脇の緑の広場では、思い思いに座りこんで、新聞をみている。
家族づれもいる。オジサンもいる。たばこをふかした女性もいる。
掃除をしているおばさんたちの背中に「皐月GI」のゼッケンが。
心なしか、みんなうつむいている。早く駆け抜けたい。
軍団を抜けた先に、美味しいパン屋がある。
目指すパン屋は喧騒とは離れゆっくりとした時間を刻んでいた
対面式のケースには、デニッシュ、あんぱん、フルーツで飾られたパン
食パン、バゲット。おいしい香りに包まれほっとする。
店員はせかすわけでもなく、勧めるわけでもなく、おいしそうなパンと
ともに微笑んでいた。奥の厨房では、職人がバゲットにクープを入れていた。
すべるように窯へパンが入る。パンを見ていると次々と買いたくなる。
うきうきとしてくる。店先のベンチで休んでいると。奥から職人が
「バゲット焼けたからもってって」無造作に渡された。
かりかり音がしている、熱い、いい香りがただよう、耐えられずにバリっと
割る、蒸気が立ち上る。そのまま食べた。何物にも替えがたい至福の時。
これに会いに来たのだ。目をとじて深く深呼吸をした。
ふと我に返る、あの軍団の中を、もう一度通らなければならない。
今度は、新聞売りのスタンドと焼きそばを売るアンちゃんが見えた。
バスが到着したらしい、新たな軍団がわらわらと券売り場へ走る。
みんな新聞を持っている。今度はみんな目がぎらぎらしていた。
一人一人がそれぞれ独立していた。誰とも話していない。同じ方向へ
歩いている。一瞬、真空状態のようにシンと静まり返った。早く駆け抜けたい。
みんなが、それぞれの目的をもっているかのように歩いている。
伏目がちで、早足に通り過ぎた。
手にバゲットの残りを掴み、パンの香りを振りまいている自分がいる。
道路わきのつつじがやさしい香りを放つ。
つつじは、胸をはってしっかり活きていた。