ああ 美味しい!

美味しいものを求めて
ひたすら食べ続けます

職人の仕事場

2004-04-15 07:41:33 | yomoyama


シャラント 竹内豫一氏に初めて会った、ずっと前から知っていた職人に
出会った気がした。店のわきに職人募集の張り紙「一生涯パンを作る人」の字が
竹内氏自身「一生涯パン職人ということだろう」。誰もが自分の仕事にこんなに
真剣になれるのだろうか。パン職人に共通する頑固さは見ていて気持ちのいいものだ。

奥の方で竹内氏の声が、「どうぞこちらへ!」はじめて厨房へ入る。休み
の前の厨房はがらんとしていた。窯の前で洗濯物を干していた。
「ちょっと待って」といいながらT-シャツとパンツがボンガードの前に干される。
あいさつもそこそこに、前掛けをきりっとしめて、職人の顔が戻る。
ここの厨房は竹内氏の城。粉をこねる台の前に初代JPB会長の写真、師匠だ
そうだ。毎日基本に帰る、師匠に言葉をかけながらあのパンが捏ねられ焼かれ
出来上がっていくのだろう。

何を話そうか緊張していると、竹内氏のほうから「これ三宅さんがくるから
とっといたんだ、食べてみて」とさっそくきた。

バゲットをたべた、どこか懐かしい香りと旨み、バリバリのクラスト
噛んでいくうちに、じんわり広がるおいしさは何物にもかえがたい。
どこかで味の記憶のスイッチが入る。前と変わっていないが和のテイスト
である。ここまで微妙な味わいはどこからでてくるのか。今でも一人で
この広い厨房を取り仕切る、朝早くから真剣勝負が始まる。客の喜ぶ
顔を想いながら40年、毎日同じ仕事を繰り返す、パンは魔物だと言い切る
。毎日変化し、人を試してくる。フランスパンの仕込みは一番気を使うもの
5kGの粉をこね、ちょっとした水加減はたった大匙一杯の水で大きく
出来上がりが変わってくるそうだ。

つい、「これおいしいですね」月並みな返事がでてしまった。というのも
クラストがどうだ、旨みがどうだ、この人の作るパンにどんな言葉をあて
はめても皆陳腐化してしまう、そんな迫力がある。安いほめ言葉はない
ほうがいい。このパンがどうやって作られ、どんな苦労をして作られた
か,ここへ到達するまでの数十年の職人人生すべてが語りかけてくる。

「次、これ食べてみて」わたされたパンはやや引きの強いコッペ風のパン
間にフィリングが、黒いごまのようなペースト。一口運ぶと、ふわっと
草の香り、次に独特の豆ののような旨みが広がる。「エゴマですよ」
冷蔵庫からだしてみせてくれた。「これは手間がかかるんですよ」なんと
すり鉢でゆっくりと擂り砂糖と水を若干加えていく、結構ねばりがでて
まとめていくのに時間をかける。素材選び、パンとの相性、時間をおしまず
自分が美味しいと思うものを創造していく。まだまだアイデアはあふれて
きている。「今、凝っているのはベリーです」ここ数年、店の脇に植えたブルーベリー、
ブラックベリーと本当においしいものがどんどんできた。これでデニッシュ
を作ったら美味しいのは当然、無農薬で安心して食べられお客様にも
絶対喜ばれる。今年は、ベランダを作りさらに鉢に苗を植えざっと10鉢
まで増やした。「ちょっと上をみない」1階の厨房から裏へ上がらせてもらい
2階のベランダへ。ひとつひとつの木に倒れないよう支柱がつけられ、丁寧
な仕事が、お客さんに教えてもらったという木酢液を使った、虫除けやら
有機肥料がある。これを散布する道具も揃えた。これだけの想いを込めて
ブルーべりを作る、絶対に買ったほうが安いなどという言葉は職人からでなかった
でようがなかった。

捏ね台横のラック。細かくパンの種類によってブレンドされた粉、ラック2段
にざっと20袋ぐらいか、これだけは人任せにできない、自分で計量しチェックする。
ほとんどのパンがシャラントブレンドになっている。これからの季節は
新麦の季節、ただでさえ配合に気を使っているのに、もっとバランスの崩れた
ものが登場する時期、職人の格闘がはじまる。天気の状態、酵母のこと、
水の温度、身体で覚えた技が粉と向き合う、お客には絶対見せない姿かも
しれない。

お会いできた日は、息子さんが札幌へ店を出し順調に滑り出した頃、デパートの催事を
受けSOSが発せられ、手伝いに行くという前日のこと。息子さんのことが
語られる、とてもうれしそうだ、職人はすぐさま父親の顔になった。
「もう、荷物は送ったんだ」「長靴まで送ったよ」「これこれ、ピティビエとタルトを
仕込んでね、息子に食べさせようと思ってさ」「俺は向こうへいったら言われたこと
だけしかしないつもりだ」 息子さんの店で手伝いながら、思わずほころぶ父親の顔が
見えた。

また、札幌から戻ったら、ここに立ち、パンを捏ね、窯で焼き、お客さんと話し
淡々と一日が過ぎていくのだろう。
話している間ずっと小さな音でラジオが鳴っていた。



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