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逃亡依頼 後編

2006-06-29 | 小説・その他
「俺が奴らを引き付ける。その間に隙間をぬって逃げろ」
「えっ!?」
奴らの人数は八人。無謀だがやるしかない。
俺は奴らに向かって走り出した。誰でもいいから当たれと跳び蹴りで突っ込む。後はどうにでもなれだ。
突然の行動に驚いたのか、三人を急所の一撃で仕留められた。
それでも、こっちが不利なのは変わらない。俺のパンチは空を切り、黒服の拳が俺の腹を直撃する。内からせりあがる吐気にうずくまると、五人分の蹴りが一斉に襲いかかってきた。だが、奴らの意識が俺に向いていれば裕子も逃げやすくなるはずだ。ここは耐えろ、俺。
五分も我慢すれば大丈夫だと思っていたが、蹴りの嵐は意外とすぐに止んだ。
顔を上げると、黒服たちは全員うつ伏せにのびていた。その傍らには鉄パイプを持った裕子が息をきらせて立っていた。
「なんでまだいるんだよ!」
怒鳴る俺に裕子は、
「なんでじゃない!弱いくせに無理してさ。あなたと一緒じゃなきゃ意味がないの!」
……参った。目に涙浮かべてそんなこと言われたら、俺はどうすればいい?
俺は痛む腹を押さえて立ち上がり、
「とにかく行こう。他の奴らがかぎつけてくる」
「そこまでじゃ」
突然の新参者の登場に俺は身を固くした。
小柄な爺さんは俺を一蔑するとフンと鼻で笑い、
「姫様、お戯れはそこまでに。ご帰還の準備は整っております。このような下賤な輩は捨ておき、この爺と本星にお戻り下さいませ」
と恭しく礼をした。
「おい、爺さん。なんのことかだかわからないが、あんたがこいつらを指揮していたのか」
「その通りじゃ」
「何故こんなことをする?裕子がなにかしたのか」
「たわけが。無知とは罪じゃの。お前が裕子様と呼んでいるその方は――」
「やめて!」
裕子の悲痛な叫びが爺さんの声を止めた。
「そこからは私が話すわ」
爺さんは背筋を伸ばすと、
「これは出すぎた真似を致しました」
と、深々と頭をさげた。
「どういうことだ?」
「私ね、月の人間なの」
あまりに突拍子もない話に俺の頭は豆腐色に染まった。
「……何言ってんだ」
「こんな話、誰も信じないわよね。いいわ、証拠を見せてあげる。爺、アレを」
「かしこまりました。小僧、上を見ろ」
爺さんは空を指差した。
その先には、見間違えようのない程巨大なアダムスキー型ユーフォーが浮かんでいたのである。
ユーフォーは瞬間移動したり、チカチカと光ったりした。サービス満点だ。
開いた口が塞がらない。いや、ホントに。
「わかったでしょ。私は存在しない人間なのよ」
「姫様の父親、月の王が病床に伏してからというもの、隙を見ては政権をかすめとろうという者が後をたたんようになった。中には姫様をたぶらかさんとする輩もおった。心身共に疲れ果てた姫様はわしらの目を盗み地球に降りたのじゃ。後はお前の方が知っていよう。わしらの誤魔化しも限界にきておる。姫様、どうか月にお戻り下され」
爺さんは哀願するような目で裕子を見た。
「いや」
裕子は首を縦に振らなかった。
「私が戻ったところで何も変わらないわ。お飾りの姫なんて何の役にもたたない。それでもいいなら私のハリボテでも立てておきなさい」
「そ、そんな」
「爺、あなたもそうよ。昔からみんなで王様、王様って父様のことばかり気にして、私のことなんて放ったらかしで、そりゃ、母様が亡くなってから特に父様元気なかったけど、だからってどうして私のことを誰も見てくれないのよ」
これが本当の裕子なんだろう。心の奥底を吐露するうち、その目からは大粒の涙が溢れていた。
「でも彼だけは違った。いつでも私だけを見てくれる。私が月に帰る理由なんてこれっぽっちもないわ」
「姫様……」
爺さんはしばらくの間頭を垂れていたが、やがて両膝をつき、額を地面に擦り付けた。
「姫様がそのような思いをなさっていたこと、わしらは気づきませんでした。いかような罰も爺がすべて引き受けます。しかし、それでも姫様には月にお戻り頂きたいのです。姫様がいなくなって、わしらは初めて気づきました。過ちは繰り返しませぬ。どうか、どうか」
ここまで言うと爺さんは顔を上げた。その目は真っ直ぐに裕子を見ていた。
裕子は目をそらしている。
二人の間を沈黙が流れた。
「もういいだろ」
しかし、その沈黙を破ったのは第三者である俺だ。
「爺さんもここまでしてるんだ。裕子、月へ帰るんだ」
裕子は信じられないという目を俺に向けた。
「小僧」
爺さんも同じ目をした。だが、その意味はまったく反対だ。
「なによ、あなたまで私をいらないって言うの」
「そうじゃない。だが、このままここにいれば必ず後悔する日が来る。あの時戻っていればよかったと思う日が必ず来る。爺さん、親父さんの容体は」
「日に日に悪くなっておる」
「ならなおさらだ。お前が爺さんに向けた思いを他の皆にもぶつけてこい。そんで、親父さんにも顔見せてこいよ。案外ケロッと治るかもしれないしな」
「でも……」
「いいから。たまには俺の言うことも聞いてくれよ。『畑中』の店長にうまい肉用意させとくし、それに、心にもやもや抱えたままっての、けっこう、辛いぞ」
「……わかった。爺、回収を」
「かしこまりました」
爺さんが腕時計のようなものをいじると、ユーフォーから光の柱が降りてきて裕子と、まだのびている黒服たちを吸い上げた。
「すぐ戻ってくるからね!」
「ああ!」
やがてその姿は見えなくなった。ユーフォーの中にいるんだろうか。
「一件落着……かな」
「うむ」
「うわっ」
そういえば、まだいたんだった。
「もとはといえばわしらの失態。小僧、礼を言うぞ」
と言いつつも、目はそらしている。ツンデレってか。
「いいさ。その失態のおかげで俺はあいつと会えたんだ。礼を言うのはこっちだ」
「いいよるわ。ところで小僧、実はな――」

あれから三日。
俺は会社を無断欠勤して逃亡の日々を過ごしている。というのも、
「実はな、月の法律で他星の生命体との無断接触は禁じられておるのじゃ」
「じゃああいつ、まずいんじゃないのか」
「まずいのはおまえじゃ。この法を破った場合、接触した相手を抹殺することになっておる」
「爺さん、まさか」
「安心せい。このようなことを姫様は望んでおらぬ。おそらく、法の改正を要求するじゃろう。それまでは小僧、がんばって逃げ延びてくれぃ。ほいじゃぁの」
言いたい放題言うと爺さんもユーフォーの中へ消えていった。そして、瞬き一つする間にユーフォーは俺の視界から消えていた。
それから五分もすると、さっきとは違う黒服がやってきた。右手には銃を一丁下げている。その銃口が上がる前に、俺は脱兎のごとく逃げ出していた。
気分はまるでかくれんぼだ。でも、三日間も続くといいかげん疲れてくる。
「早く戻ってこないかなぁ」
俺は次の隠れ場所を探しながらつぶやいた。

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