市民活動総合情報誌『ウォロ』(2013年度までブログ掲載)

ボランティア・NPOをもう一歩深く! 大阪ボランティア協会が発行する市民活動総合情報誌です。

2009年7・8月号(通巻447号):この人に

2009-07-01 14:16:33 | ├ この人に
お金も政治力もないけれど、
五感をゆさぶるアートの力で、
世界はきっと平和になるはず。

現代芸術家
 新聞女★西沢みゆき さん

「もうちょっとで完成するから待ってくださいね~」。取材で立呑みギャラリーに行くと、目の前で新聞ドレスの肩の部分を作り始めた。芯になる部分に、ギャザーを寄せながら器用に新聞を貼り付けていく。手際の良さに見とれているうちに完成し、その場で着替え。帽子もかぶって、陽気な“新聞女”が現れた。

■見事ですね。ドレスは、どのぐらいの時間でできるんですか?

 スカートだと1時間ぐらいでできますね。しょっちゅう作ってるので、マッハの速さでできるんですよ(笑)。型紙も何もなくて、いつもそのときの気分で作ってます。

■もともとアーティスト志望だったんですか?

 いいえ、ファッションが好きで、デザイナーになるための勉強をしてたんですよ。関西女子美術短期大学(注1)に入学したんですが、現代アートの講義があって、面白そうだと思って受講したら、嶋本昭三(注2)先生が担当されていたんです。そしたら先生が、「他人がやらなかったことをやれ」「人と違うことはいいことだ」とおっしゃって、目からウロコが落ちるとは、まさにあのことですね。
 子どもの頃から表現することが好きで絵を描いたりしていたんですが、それがアートだなんて思わなかったし、むしろ人と違う感覚を持ってることでコンプレックスを感じることも多かったんです。でも、嶋本先生から「それが天才の証しだ」と言われ、すごくうれしかった。先生と出会ったあの日から価値観が180度転換しました。

■どんなふうに「私は人と違う」と感じていたんですか?

 それまで私が学校で受けてきた教育は、どちらかというと、みんなと同じことをできるのがいい、人のマネをした方が良い評価を受けるという感じでした。でも私はそうすることが苦痛で、ずっとしんどかったんです。たとえば幼稚園のとき、お芋掘りの絵を描いたんですが、みんなは先生の描いたお手本のような絵をマネして描くんです。先生がいてみんながいて、そしてお芋が地面の中に埋まっているというような、同じ構図でね。でも、私はお芋が大好きなので、画用紙いっぱいにお芋をひとつだけ描いたんです。すると先生にすごく怒られて、なぜかそのことが母にも伝わって、「恥ずかしい」と言われました。人と違うのは悪いことなんだと感じて、それからも小学校、中学校、高校と、絵を描いたり文章を書いたりしても誰にも見せず、自分のためだけに表現してた、という感じです。ずっと内向的で、生きることの意味を見出せなくて鬱々した日々を過ごしてた。今とは全く違いますね。

■嶋本先生との出会いによって、そのまま現代アートの世界へ?

 いいえ、大学生のときは就職のためにファッションの勉強を続け、一方、嶋本昭三研究所には毎日通って現代アートのお手伝いをしてました。卒業後は企業に就職し、32歳まではファッションデザイナーとして働いてたんですよ。ファッションが大好きで、最初は楽しかったんですが、仕事で求められることと自分のやりたいこととの差が大きくなって、ストレスを感じるようになりました。デザイナーは、なるべく多くのお客さんに受け入れられるものを作らないといけなくて、奇をてらったものは許されないからです。私の作りたかった服は、たとえば袖が3本ある服とか(笑)。今日は、こことここに腕を通して、明日は別の袖にしようとかね。そういうのを自分では面白いと思うんですが、仕事では絶対に許されませんよね。
 卒業後9年ぐらいは先生のところへ行かなかったんですが、だんだん現代アートの世界に戻りたくなって、再び先生の研究所へ通うようになりました。ファッションデザインという世界にひたっているうちに、改めて現代アートの素晴らしさや、自分にとって必要なものだということを痛感し、アーティストとしてやっていこうと決心したんです。

■さぞ周囲から反対されたのでは?

 もちろん、みんな大反対です。「馬鹿じゃないか」とも言われました。現代アートや嶋本先生の素晴らしさを理解してくれる人は社内にはほとんどいなかったけど、私にはまったく迷いはありませんでした。嶋本先生に出会って初めて自分が肯定できたし、私がアートをやることで自分自身が喜び、そして周りの人も喜んでくれるのを見ると、本当にうれしくて、「もっともっと楽しんでほしい」と思うんです。だから作品もどんどん大きくなるし、相乗効果で喜びも大きくなっていく感じですね。アートでみんながハッピーになるのを見ると、「これほど大事なものはない!」って思うんです。お金を使って人に何かを配るわけでもなく、政治力を使って何かを解決するわけでもないけど、お金も権力も知識も何ももっていない私だけど、アートによってすごく力が湧いてくるんですよ。

■新聞を使うようになったのは、なぜですか?

 新聞は子どものときから好きな素材で、その頃は作品というよりおもちゃを作ってました。たとえばお弁当を作るのは、紙面の黄色いところを探して卵焼きに見立てて切り抜いたり、赤いところは鮭にしたり。
 それに新聞は、ただの紙じゃない。たとえば環境サミットのときには、21か国の子どもたちに自分の国の新聞をもってきてもらって、それをみんなでつないでピース・ドレスを作ったんです。ミャンマーやバングラデシュからも来ていたんですが、幸せな国の子どもばかりじゃないし、記事も幸せな内容ばかりではありませんね。でも新聞女の作品にすることで、仲のよくない国同士でもひとつに、新聞をつなぎ合わせることでみんな手をつないでハッピーになろうというメッセージを込めているんです。
 言葉は通じないけど、新聞をつなぎ合わせる作業を一緒にやって、最後に必ず笑って、ひとつになって終われる。私は外国語を話せないし、お金もない、具体的な問題解決はできないけど、アートの力で一人ひとりの心に訴えかけていく方が、国同士の問題も人同士の問題も簡単に解決できるような気がします。

■海外へ行かれることも多いようですね。

 そうですね。最近、イタリアへは毎年行ってます。嶋本先生がヴェネチア・ビエンナーレ(注3)に招待されてるので、私たちもお手伝いとして一緒に行っているうちに呼んでくださるようになって。
 06年には、元中国国家主席・李先念氏の長女、李小林さんが招待してくださいました。開かれた中国をアピールするために現代アート展を企画され、そのオープニングでパフォーマンスをしたんです。全長約30m のドレスを来て
クレーンに吊されて、ちょっと派手でしたけど(笑)。
■街中で表現しにくいから、この立呑みギャラリーを開設されたんですか?

 うーん、理由はちょっと違いますね。私が嶋本先生にしてもらったようなことを、後輩のアーティストたちに何かできないかなと思って、3年前にオープンしました。
 先生は何も教えないんですが、それぞれの人が自分にしかないものを見つけて、どんどんやっていけるように見守って下さる。それだけで大きな支えになるし、私は先生に引き上げてもらったとすごく思います。だから、これからは私が後輩たちに、アートを楽しみながらやっていってもらうためのお手伝いをしたいんですね。ここはみんなのたまり場というか、新しい人と出会い、作品を発表する場になってます。初めての個展をここでやったり、ここで出会った小説家とアーティストがコラボレーションで新しい作品を作ったりしてます。
 それと、お客さんの中に実業家がいて、自分が欲しいと思った作品はすぐに買ってくださるんです。美術が好きでセンスもすごくいい方なんですが、その方が買うと必ず売れっ子になるというジンクスもできていて、これまで5人ぐらいがそのジンクスによって売れっ子になりました。
 自分が今までしてもらったことを、いろんな形で後輩に返していって、作品を通してだけでなく、ハッピーを伝染させていきたいですね。

インタビュー・執筆 
編集委員 川井田 祥子

■プロフィール
世界中の古新聞を使い、地球にやさしく、平和を願うドレスを即興で作る。クレーンにつられて全長約30mのドレスを着たり、大勢の人を巻き込んでパフォーマンスも行う。国内では、今年5月4日に大阪市北区で全長24m×幅6mの「新聞こいのぼり」を使って子どもたちと遊び、07年の神戸元町200年祭では戦争記事をすべて塗り消した1200mの「peace ★road」を新聞紙で制作した。イタリア、フランス、韓国、台湾、ウクライナなど海外での活動も多い。01年、福井県今立現代芸術紙展最高賞、02年、宮城県知事賞など受賞歴も多数。http://shinbun-onna.com/

(注1)関西女子美術短期大学:現在は統合されて、宝塚造形芸術大学に。
(注2)嶋本昭三:現代美術家。戦後日本の現代美術を代表する「具体美術協会」の創立メンバーで、「具体」という名の提案者でもある。瓶詰めした絵の具を画面上で炸裂させる大砲絵画パフォーマンスや、ヘリコプターからペイントを落とす絵画制作パフォーマンスなどが有名。98年、アメリカMOCA( The Museum of Contemporary Art)で開催された「戦後の世界展」で世界の四大アーティストの一人に選ばれる。
(注3)ヴェネチア・ビエンナーレ:イタリアのヴェネチアで1895年から隔年で開催されている現代アートの展覧会。美術部門だけでなく、映画、建築、音楽、演劇、舞踊の部門もある。

■「立呑みギャラリー 新聞女」
新聞女本人がプロデュースした新感覚バー(ギャラリーと立ち呑みのコラボ)。
ただし、本人は各イベントのために不在の場合もあり。
営業時間:月~木曜 19:00 ~ 23:30
     金・土曜 18:00 ~ 23:30
定休日:日曜日
大阪市浪速区元町1丁目2-2 
浪芳ビル1F
(地下鉄四ツ橋線なんば駅下車30番出口すぐ)

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