あらゆる抗生物質に耐性ができた細菌が蔓延。唯一、「エンドジン」だけが、かろうじてまだ効果があるものの、細菌が耐性を獲得することを防止するために、「エンドジン」による治療をさせまいと、過激な集団が、病院の爆破を繰り返し実行するという、暗澹とした物騒な社会が物語の舞台です。
主人公のエリザベスは、ブルーカラー・ワーカーである夫のジャックと、息子のショーン、娘のジャッキーの4人家族で暮らしています。
ショーンは、エリザベスの連れ子で、実は、その父親は、町のエマートン記念病院の診療部長で、耐性菌の研究を行っているランドルフ・サトラーなのですが、エリザベスは10代でショーンを身ごもり、ランドルフにあっさりと捨てられてしまい、発砲事件を起こして収監されたという運命をたどって、いわゆる上流階級とは距離を置いた生活をしているというわけです。
そんなある日、ショーンの行方がわからなくなり、どうもテロ集団に関わっているらしいと知ったエリザベスは、ショーンを救うため、意を決して、ランドルフのところに乗り込んでいくのですが、既に、病院内は、エンドジンも効かない耐性菌に侵されていたのです・・・
コロナのパンデミックを経験し、今なお変異を重ね、収束することを知らないコロナを目の当たりにすると、この作品は、なかなかリアルで、他人事とは思えない緊張感も感じます。
クレスは、複雑な人間関係を描くのが好きそうで、また、登場人物に、心の闇や明かしたくないことを、かなりストレートにさらけ出させるので、その「痛さ」が読者に刺さるという特徴があると思っています。また、エリザベスのかつての友人だったシルビアのような、一見、善人そうで、内実は、やな人間を描くのが実にうまいです。
息子のふさふさした黒髪やふてくされたような口元を眺めていると、兄妹の片方だけを特別愛していることに後ろめたさを覚える。でも、どうしようもない。罪深いことだが、わたしはショーンのためなら、ジャッキーもジャックもふたりとも犠牲にしてしまうだろう。
「ランディーはさっきと同じ冷たい笑みを浮かべる。「だから?わたしは重要な仕事をしているんだ。きみには想像も及ばない、とても意義のある仕事だよ。エリザベス、きみはいつもめそめそして、感傷的な女の子だったな。さあ、家に帰るんだ」
ただ、ややもすれば、人間関係に重きが置かれて、おなか一杯になるということがあります。
これは、この作品が収録されている短篇集「アードマン連結体」のタイトル・ナンバーや「齢の泉」などで感じられることなのですが、「進化」は、パンデミックの脅威とその防御というSFの外構と、危機的状況の中で、多様な属性と境遇に応じた、登場人物の行動とが、ボリューム的にも程よくバランスがとれ、サスペンスフルで引き締まった短編になっていると思います。
クレスは、細菌が耐性を得て生き残っていく、生物としての本能的な「進化」を、同じく生物であり、なかなかにしぶとい人間にもなぞらえた描き方をしています。
それは、細菌への新しい対抗策を打ち出すということだけではなく、危機にさらされて、混乱しつつも、過去、現在から踏み出し、良し悪しにかかわらず「行動」して未来を変えようとするエリザベスの姿に、「進化」を見ているのだと感じました。
主人公のエリザベスは、ブルーカラー・ワーカーである夫のジャックと、息子のショーン、娘のジャッキーの4人家族で暮らしています。
ショーンは、エリザベスの連れ子で、実は、その父親は、町のエマートン記念病院の診療部長で、耐性菌の研究を行っているランドルフ・サトラーなのですが、エリザベスは10代でショーンを身ごもり、ランドルフにあっさりと捨てられてしまい、発砲事件を起こして収監されたという運命をたどって、いわゆる上流階級とは距離を置いた生活をしているというわけです。
そんなある日、ショーンの行方がわからなくなり、どうもテロ集団に関わっているらしいと知ったエリザベスは、ショーンを救うため、意を決して、ランドルフのところに乗り込んでいくのですが、既に、病院内は、エンドジンも効かない耐性菌に侵されていたのです・・・
コロナのパンデミックを経験し、今なお変異を重ね、収束することを知らないコロナを目の当たりにすると、この作品は、なかなかリアルで、他人事とは思えない緊張感も感じます。
クレスは、複雑な人間関係を描くのが好きそうで、また、登場人物に、心の闇や明かしたくないことを、かなりストレートにさらけ出させるので、その「痛さ」が読者に刺さるという特徴があると思っています。また、エリザベスのかつての友人だったシルビアのような、一見、善人そうで、内実は、やな人間を描くのが実にうまいです。
息子のふさふさした黒髪やふてくされたような口元を眺めていると、兄妹の片方だけを特別愛していることに後ろめたさを覚える。でも、どうしようもない。罪深いことだが、わたしはショーンのためなら、ジャッキーもジャックもふたりとも犠牲にしてしまうだろう。
「ランディーはさっきと同じ冷たい笑みを浮かべる。「だから?わたしは重要な仕事をしているんだ。きみには想像も及ばない、とても意義のある仕事だよ。エリザベス、きみはいつもめそめそして、感傷的な女の子だったな。さあ、家に帰るんだ」
ただ、ややもすれば、人間関係に重きが置かれて、おなか一杯になるということがあります。
これは、この作品が収録されている短篇集「アードマン連結体」のタイトル・ナンバーや「齢の泉」などで感じられることなのですが、「進化」は、パンデミックの脅威とその防御というSFの外構と、危機的状況の中で、多様な属性と境遇に応じた、登場人物の行動とが、ボリューム的にも程よくバランスがとれ、サスペンスフルで引き締まった短編になっていると思います。
クレスは、細菌が耐性を得て生き残っていく、生物としての本能的な「進化」を、同じく生物であり、なかなかにしぶとい人間にもなぞらえた描き方をしています。
それは、細菌への新しい対抗策を打ち出すということだけではなく、危機にさらされて、混乱しつつも、過去、現在から踏み出し、良し悪しにかかわらず「行動」して未来を変えようとするエリザベスの姿に、「進化」を見ているのだと感じました。