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On The Road

小説『On The Road』と、作者と、読者のページです。はじめての方は、「小説の先頭へGO!」からどうぞ。

4-32

2010-02-12 18:05:18 | OnTheRoad第4章
 ドキドキしたのは初めのうちだけで、けっこう順調に車を走らせることができた。サトウさんがときどき昔はここに八百屋があったとか、ここは金物やだったとか言ったけど、だいたい駐車場や普通の家やアパートになっていた。

 商店街といっても、今はあちこちに小さい商店がある住宅街だ。きっと昔はときどきある商店でじゅうぶん間に合うくらいの人口だったんだろう。
 サトウさんが子供のころは、畑や山が広がっていたんだそうだ。野菜や米は自給自足で、肉や魚は特別な日の食べ物だったらしい。お母さんは駅前のスーパーに買い物に行っていたから、ほんの20年の間にこの町は比較的大規模な小売店の経営が成り立つ町になったんだろう。

 石井電器店の角を曲がって、僕たちは駅前に向かった。銀行が両替を開始するまであと20分だ。「駅前でコーヒーでも飲むか」とサトウさんが言って、僕はマックが入っているショッピングセンターの駐車場に車を入れた。
 「タカハシ君の運転は慎重だから安全だ」とサトウさんが言ってくれて、僕はすこし汗ばんでいた手をジーンズで拭いた。初回の教習は合格ってところだ。

4-31

2010-02-11 21:24:04 | OnTheRoad第4章
 僕がいつもより早く着いたのに、サトウさんは店の掃除をして待っていた。ショーケースの中はきれいに拭きあげられて、春っぽいピンクや薄い緑の和菓子が並んでいる。

 「早く行っても銀行はやってないぞ」と言いながら、サトウさんはライトバンのキーを出した。「商店街を一回りしてみようか」

 僕は黙ってキーを受け取った。どこかの神社の交通安全のお守りがついていて、サトウさんっぽくないからアキエさんがつけたんだろうと思った。

 ライトバンの運転席に座ってブレーキペダルを踏んだ。ハンドルが近すぎて、僕はシートを後ろに移動した。ルームミラーの角度を変えて、キーを差し込んでイグニッションをまわす。
 はじめて路上教習に出たときの緊張がおそってきた。サトウさんが店のシャッターを下ろして助手席に座った。

 「よろしくお願いします」と僕は言ってゆっくりアクセルを踏んだ。


4-30

2010-02-11 21:22:46 | OnTheRoad第4章
 僕はしっかり朝食を食べて、モモヒキなしでジーンズをはきセーターを着た。ジーンズはだいぶはき古して色が抜けているから、すこし濃いグレーのセーターにした。
 僕は服を選べるほど持っていない。2月12日までに、新しいジーンズと明るい色のセーターを買おうと思った。

 物置からロードレーサーを出すとき、お母さんに僕のカバンやランニングシューズを捨てておいて、と言った。お母さんはすこしガッカリしたみたいだけど、「もういいね」と言った。ゴミ袋を持って物置に来たお母さんは、学生カバンをじっとながめてから袋に入れた。

 僕は小さい声でレリビーと4回くりかえし、その後をハミングで歌いながら自転車を走らせた。昨夜の学習から軍手をしてきたけど、そんなものは意味がないほどなでしこは近かった。
 しばらく続いていた天気が、そろそろくずれてきそうな感じだ。最近テレビは、好きだった深夜番組も見ていない。ニュースや天気予報は見たほうがよさそうだけど、深夜番組は別にどうでもいい気がする。

4-29

2010-02-10 23:11:32 | OnTheRoad第4章
 古いけど古臭くない音楽が流れていて、大笑いとかイッキコールがなくて、こういう大人な飲み方を教えたくて、お父さんはあのバーに連れていってくれたんだと僕は思った。チーズやサラミも食べるというよりつまむ感じで、僕たちは黙ってバーボンを飲んだ。お母さんがときどきハミングするのが聞こえる。

 頭がボーッとしてきた頃、CDが取り替えられた。何曲目かにお母さんが「あ、この曲」と言った。聞いたことがある気がするのはお母さんが機嫌のいいとき、ところどころ英語でほとんどハミングで歌っていたからだと思う。
チーズとサラミを食べたから、もう一度歯みがきをして昨日の薬を飲んで、僕は2階の部屋に上がった。

部屋がすこしせまくなった気がした。ベッドに入ったとたんに疲れがドッと出たらしく、僕は夢も見ずに眠った。
ヘンな夢を見ずに起きられたからホントにホッとした。18歳の僕を苦しませた原色の夢なんかを見たら、スズキさんがあずさちゃんになってあずになった1日が台無しになる気がした。


4-28

2010-02-10 23:10:39 | OnTheRoad第4章
 お母さんがキッチンでチーズを切っていて、僕を見てサラミを足した。僕は牛乳を飲んだコップを洗って氷を入れた。
 「ロックはキツイぞ、水を持ってこい」とお父さんが言って、さっきとは曲調が変わった音楽のことだと僕は思った。僕は別のコップに水を入れて、コップを2つ持ってお父さんの隣りに座った。

 「バーボンはこんなグラスで飲むもんじゃない」とお父さんは自分でサイドボードから低いグラスを出し、氷を移してお酒をほんのすこしそそぎ、お酒の五倍くらい水を足した。グラスの中はお父さんのとは比べものにならないくらい薄い色になった。

 「酒も訓練が必要だ。1杯飲んだら寝ろよ」とお父さんがグラスを持った。僕もグラスを持って、お父さんのグラスのはしに軽くあてた。ビールとも焼酎ともちがう香りがして、薄いのにキツイ感じがする。ロックはキツイの意味がわかった気がした。