『自由の哲学』を読む ~日々の暮らしから~

日々の「?」から始めて一歩ずつ
自分で見て考えて、行動していきたい。
私の自由が人の自由にもつながりますように。

経験しなくても学ぶ、経験しても学ばない

2020年07月05日 | 考える日々

(写真=pixabay)

地球も人類ももう終わりか、と思われるほどの
あの世界を巻き込んだ戦争の経験を経て、
1世代上の多くの人が
「争わず平和に解決したい」という願いを実現してきた。

じゃあ、
「人間に優劣はありません」っていう価値観を学んで、
あらゆる人をその人自身として尊ぶために、
人間がAIをギリギリで抑え込む経験が必要なのかも。

あ、コロナが蔓延したり、災害が増えたりしてる事からは、
「人間が自然を押さえつけるのはイタチごっこですよ、
共存する方法を本気で考えないと地球が持ちませんよ」
って学ぶ時期だ、っていう事なのかな。

人は、自分で経験した事からも学べるし、
人が経験した事からも学べる。
そのために、言葉がある。

祖父母世代の人たちが、
「問題がある時は、殺し合わずに話し合いで解決しよう」と願い、
そのためのいろんな社会の組織やシステムを作った。
それを親世代が間近に見ていた。

なのに、
香港の規制強化に限らず、一部のリーダーが、
「問題があれば脅して騙して力で潰せ」
と思ってるようにしか見えない行動をする。

写真でしか知らないおじいちゃんの死や、
4人の子どもを抱えて途方に暮れたであろうおばあちゃんの苦労、
父親を知らずに育った母の寂しさを思えば、
ああいう行動は、ほんとにゲスでイヤだ!

もっと言えば、この世で一緒に生きている私たちが、
突然家を襲われて暴行されたり、
連行されて殺されたりした経験から、
私は何を学べばいいの?

数字でカウントされる、しかし実際は親も子もいる民の
人間性を全否定されるような苦しみを経て、
また振出しに戻ってる気がする。
それを繰り返さないために、私ができること。
それは「自由であることだ」と言うと、突飛に聞こえるかな。

大勢の意見に遠慮しないで正しいと思うことが言えたら。
相手の強い弱いに関係なく、いつも同じことが言えたら。
人の行動に流されず、自分で考えて行動できたら。
人を責めずに、自分を成長させる方向でパワーを使えたら。

一人ひとりが一歩ずつ自由になっていくほどに、
人類がまともな方向に進化していく気がする。
だから、私たちは、私は、成長する必要があるんだね。
第5文化期「意識的に生きる時代」の課題。

自分にとって本質的なことを、
暮らしの中で意識的に増やしていく。


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