『自由の哲学』を読む ~日々の暮らしから~

日々の「?」から始めて一歩ずつ
自分で見て考えて、行動していきたい。
私の自由が人の自由にもつながりますように。

望んだ形で感情を表現する練習

2020年05月14日 | シュタイナー



今日は勉強会の大人クラスでした。
この時期なので、オンラインでの勉強会です。

シュタイナーの言葉を深めてみたり、
自分とつなげて理解してみたり、
もう何年も続いている学び合いの会。
途中で画面にお子さんが映り込んできたり、
「日常の中の学び」感、満喫です。

今日は「自分の思い通りの方法で感情を表現できるようになる」
をテーマに、いろんな練習をしてみました。
もちろん、感情自体をコントロールすることはできません。
外からの刺激に、快不快を感じる、その内容は、
変えようがないからね。

だけど、表現するべき時に言えなかったり、
そんなつもりじゃないのに爆発して人を傷つけてしまったり、
感情の表現方法は、自分で育てていけるはず、
というゴールに向けて、心の筋トレを。

感情を、快と不快の二つにざっくり分けるとしたら、
快感情に取り組むのはとてもたやすいけど、
不快な感情を見つめるのはしんどかったなぁ。
「自分をイイヒトだと思いたい」っていう呪縛があるから。
それだけの人なんているわけないのに。

心の筋トレとして、次のようなことが出来る事を確認しました。
・苦手な人のイイトコロを10個見つけてみることで、
 自分の思込みから解放されて公平なものの見方をする練習。
  「卑屈でうんざりする人」が実は
  「繊細で人の気持ちのわかる人」だったり。
・ディベートはあんまり好きじゃないんだけど、
 自分と違う意見を自分の意見として考えてみることで、
 違う意見を柔軟に自分の中に取り入れてみる練習。
  「アベノマスクを配るメリットは5つあります」
  って話し始めてみる、とかね。練習よ、練習。

あとは、
自分の気持ちのクセを意識してみるのも、
おもしろかったです。

私は根拠もなく「大丈夫」って思うタイプ、
夫は根拠があっても「大丈夫かな」って不安になるタイプ。
でも、いざとなったら私はアタフタするけど、
夫は「なるようにしかならん」って着実に処理していく。

私は、人を受け入れたり、
AとBをつないだりする経験は積んできたから、
感情表現のバランスを考えると、今度は、
自分からナニカを繰り出す練習が必要だな、って感じです。

身体(物質としてのカラダや、生命力としてのエーテル体)は
中年になれば否応なく衰えてくるので、
そうなると次は、感情(アストラル体)や自我を育てるのに
ふさわしい年齢になって来ました。

そこに真面目に取り組んでいくのって、
年齢的に無理がなく(美容系はもはや無理がある!)、
手ごたえがあって(やりすぎてもむなしくならない)、
オトナが自分でこっそり取り組める、いい学びです。

私が目指すのは、
「いつまでも若くて元気なばあさん」もいいけど、
どっちかというと動より静で、
「人間的に尊敬できるばあさん」です。

とは言え、どちらの理想も遠いまま、
年齢だけ、どんどん「ばあさん」に近づいていくんだよなぁ~。
ぞぞ~っ!!


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2 コメント

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初めまして! (にのみや あきら)
2020-05-15 06:49:42
フォロワーになっていただき、ありがとうございました。私の方も、登録させていただきます。
作品は我流で拙作ですが、よろしくお願いいたします。
先ずは、お礼まで。
返信する
Unknown (オキツ)
2020-05-15 09:42:29
はい、自分のためにすることが、周りにもちょっとだけ何かの波紋が及べばいいな~と思って続けています。楽しみにしています。
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