『自由の哲学』を読む ~日々の暮らしから~

日々の「?」から始めて一歩ずつ
自分で見て考えて、行動していきたい。
私の自由が人の自由にもつながりますように。

慣れない日々にアタフタしてます

2023年02月23日 | 考える日々
こんにちは。

あんなに毎日毎日、
「自分で考えること」に信頼を置いて、
ブログを書いていたのですが、
1月から、ものすごく多忙になり、
ブログにログインできないまま1か月が過ぎました。

もはや
「なかったことにしてください」
的な、遠ざかり具合でしたね、
ゴメンなさい。

もしも、奇特な方が訪問してくださり、
「最近更新してないけどどうしてるのかな?」
なんて思ってくださってたら恐縮です。


ここらで少しだけ近況報告をば。

「人間相手の仕事がしたいな~」と思っていたら、
突然、1月半ばから、デコボコを持つ小学生と一緒に
毎日勉強をすることになりまして。

前の先生が急に辞めて、
「急遽、人が必要」というお困り状態の中、
もはや誰でも良かったのか、誰もいなかったのか、
体力もスキルも経験もないワタシに声がかかりました。

「え、なんで私? 私でいいの??」
ってびっくりしましたが、
そんな場所で働けるのも人生最初で最後、
人の命に対する肯定感だけを頼りに飛び込んでみました。
1日8時間、平日毎日のフルタイム。

重度で重複のある知的障害の子どもたちと接するのは、
ほとんど初めて。というか、
子どもの前で一緒にアレコレするのもほとんど初めて。

自分の子どもが小学生だった時、
クリスマス会の司会を、
「こーゆーの緊張する~」と
抵抗なさそうなママに変わってもらったほど(^^)。

さて。基本的に、その職場は
「福祉」ではなく「教育」なので、
「あるがままに寄り添う」より、
「学び育てる」にウエイトを置きます。

とは言え、彼らの「勉強」は、
食事や排せつ、着替えの自立、
自分の意志を伝えること、
親や友達、周りの人と関わること、などなど、
生きる基本を身につけるのが目標です。

そこでの仕事は
毎日、疲労感(←体力)とアレコレの諦め(←大人)、
役立たずな申し訳なさとそれに伴う泥縄の学び、
それを補ってあまりある、
子どもに分けてもらうシアワセ、に満ちています。

たとえば、う~ん、疲れるのは、たとえば、
週3回、朝1時間目はマラソンで、自分も一緒に走るとか、
好奇心の赴くままに動きたい子に振り回されてるとか、
怒られている子どもの姿を見るのが苦手、とか、
子どものペースに合わせすぎて(私も込みで)「早く」って怒られるとか…です。

子どもにもらうシアワセは、いっぱいあるなぁ。

たとえば、う~んと、そうだなぁ。
言葉が出ない子とトイレに籠っていた時のこと。
その子は普段、
体だけふわ~っと立って、心ここにあらずな感じです。

自分が使っているおもちゃを取られても怒らず、
強制されたこと(「靴履きかえて教室入るよ」とか)
だけを最小限行い(または、大人に身を任せて怒られて)、
あとは、指をヒラヒラさせて光を楽しんでいます。

その子と一緒に手をつないで、
トイレでウンウン頑張っているうちに、
「午後の光の中で、二人でゆったり過ごしている今って、
なんだかいい時間だな~」って思えてきて、
昼休み、急いで外に遊びに行かなくてもいいか、と、
トイレで「大」が出るのを待ちながら、
のんびり手遊びしたり歌ったりしてたんです。

そしたら、その子が珍しく、ぎこちない手つきで
「もっと」ってリクエストしてくれて。

おお~、すごい! 
あの無表情ちゃん、やりたいことが言えてる!!
自分の意志をクリアに表現してるっ!! って。
あれは幸せな瞬間だったな~。

スキルも体力も知識も経験もない中、
まぁ、そんなこんなの喜怒哀楽にまみれつつ、
こっちの建前とか理屈とか全部脱がされて、
泥縄すぎる縄を綯いながら、
子どもや他のセンセイに許されつつ、
あれこれ教えてもらっている今日この頃です。

また更新しますね!

あ、味噌づくりもしまーす。
3月5日(日)の朝です。
関西方面の方、良かったらどうぞ!


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