美男子俱楽部

※単行本はBOOTHにて発売中。

白い皿「生まれるまえから貧乏人」

2023-12-10 | 白い皿

 もしも前世があったとするならば、俺は高貴な人間であった。

 貴族とか、或いは王子とかであったのかもしれない。

 「高貴な人間であった」。もしもと云って仮定の話をしている筈なのに何故このひとは毅然たる態度で断言をしているのだろうか。アホーなのであろうか。それともアッホ?いいえそれは違う、確乎たる根拠があるからその様にしているんばい。一人で会話するな。ど下手な方言を使うな。

 確乎たる根拠とはまず自分なんかは労働に向いていないという点である。世に生ける大抵の人間は労働というものをしている。その対価として金銭をもらいその金で飯を食らい生きて居る。蓋し当たりまえの話である。しかし俺なんかは労働なんかをすると直ちにばてる。言えばたとえば九時始業の場合、九時十五分には果てている。という有様。情けない。

 これでは対価たる金銭がもらえず飯も食えず生きてゆかれない。この様な体たらくに成り果てたのも前世の俺が、金は有るからといって若いというのに毎日寝てばかりいてたまに起きたと思ったら庭で蹴鞠を十五分程度やって、「そろそろ果てるから高貴な俺は寝るざます」とか言って再び寝室に籠って寝る、という所業をなしていたからで、この自分、前世は、生き方は自堕落ながらもしかし実際は高貴つまりは身分は高く金はどこからともなく腐るほど湧いて出た、という証拠に他ならぬのである。

 根拠はまだある。俺は家で大っきい虫が出たら悲鳴を上げる。根っからの貧乏人は上げない。何故なら、慣れているから。しかし自分は「いやんっ」と比較的高音で悲鳴を上げる。情けない。そして大っきい虫が出た場合、これを駆除せねばならぬので、女の子のように内股になりながら、顔を対象から極力離しつつしかし逆に虫に向かってティシューを持った腕はもげるほど最大限のばし、梅干しを同時に三つ口に放り込まれた時みたいな顔をしてこれを抓む。

 この様な無様な按配でしか虫に対処出来ない、という事は前世では虫が一切出ぬ程清潔な家屋に住んでいた、そして万が一虫が侵入したならば「まァ、何て事かしら。私の神聖で聖なる聖域たるホーリーランドに愚かにも迷い込んだマジで愚かなこの愚物を掃討スルザマス」と細っそい端の吊り上がった赤縁眼鏡のPTA会長のおばはんみたいな口調で使いの人間にこれを駆逐させたという事に違いないのである。

 後、俺は王子様的顔面である。王子様的顔面とは、分かると思うけれど、顔立ちが非常に美形で整っている、という意味である。はっきりいって、恰好いい。自分なんかは加えて背が高く髪の毛はさらさらである。肌は白く王子様的温和、王子様的穏健という性格を兼ね備えていて、王子様的ささやき・王子様的下車・王子様的作り笑いなども習得している。

 自分の事を指して、自分は何に見えるか、と問えば世界中の人間が「Prince」と答えるに違いなくこれは前世の名残的な恩恵であると推断される。

 その他にも欲しい物は我慢しない(できない)で買う、綺麗好き、貯金はしない、虚弱、インテリ、高踏的、ポエティック、中性、執念深い、虚無主義など色々あるけれど、自分の性質・個性の何れを取り上げても、前世で高貴であった、という根拠にしかならず、やはり俺は前世で貴族若しくは王子の類いであったのだ。ふふふ。

 

 という様な事を考えていて仕事をしないので、少なくとも現世の俺は永続的に貧乏人であると推定される。



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