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出雲国神社めぐり

島根県東部の神社探訪記!
犬もあるけば、神社にあたる!!

水玉稲荷神社

2013年12月21日 | 松江市(旧市域)

風土記:-
延喜式:-
雲陽誌:-
様  式:本殿・拝殿併せ[切妻造り妻入り]
御祭神:倉稲魂命

  

国道9号線を鷹日神社前交差点より南に入ると、朱の大鳥居が見える。その奥に鳥居が並ぶ参道がぬって、これを登れば拝殿と一体の社が見つかる。東隣に鎮座する鷹日神社に比べればなんともこじんまりした神社ではありますが、綺麗に手入れされていた。

この社は元々松江城下殿町に鎮座していたという稲荷大明神で、嘉永年間に当地に遷座とのこと。「願う事あらばこの稲荷が必ず成就させる」とのお告げにより、今なお崇敬を集めています。

〈境内社〉

本殿西側に、木造の小社二宇、また石祠が立つも社名、祭神は詳らかにあらず。

〈所在地〉
島根県 松江市 東津田町

参拝日:平成24年 6月 3日

鷹日神社

2013年06月28日 | 松江市(旧市域)

風土記:多加比社
延喜式:鷹日神社
雲陽誌:高白神社
様  式:大社造変態
御祭神:高御産霊尊・大日孁貴尊・素戔嗚尊・宇迦之魂尊・八衢彦尊・岐ノ尊

   
近年新たに大橋川に開通した第五大橋のたもと、小山の上に鎮座する社。東から松江方面に国道9号を走ると、この辺りから市街地が広がってくる。国道から同社入口の路地を入ると、朱の大鳥居が見えるが、こちらは境内社の水玉稲荷神社。鷹日神社は東向し、公園側に参道が整備されていた。隋神門をくぐると、正面に入母屋向拝付きの新しい拝殿があり、さらに銅板で葺き替えられた大社造りの本殿を拝むことができる。境内は広く整っており、本殿を囲むように多くの境内社が並ぶ。正面北側には岐戸大神が祀られ、南側にはさざれ石も供えられていた。

  

同社の由緒について創立年代は詳らかにあらずも、風土記意宇郡に多加比社、延喜式に鷹日神社に比定される。延喜式鈔頭注に「天智帝の七年天下旱難のとき、夢によく実った稲穂を咥えた白鷹が現れ、帝が何処から来るかと問われれば、白鷹は出雲意宇郡より来たりと答えた。帝が夢より覚めると、外には雨が降っており万民之により救われた。帝も大いに喜ばれて、勅使を出雲に派遣して白鷹を探されたところ、この杜にその姿をみつけ、即ち高御産霊尊御心霊なりと、新たに社殿を建立して祀られた」とされる。

〈境内社〉
  
本殿南側の八幡宮に誉田別命、北側の春日神社に天児屋根命を祀る。また本殿南西の馬場稲荷神社に宇迦之魂命を祀る。

    
本殿の北側に小祠、荒神など並び祀られる。祭神の詳らかなるもの、今宮神社に蛭児命・萬幡姫命、厳島神社に厳島姫命を祀る。他、金毘羅宮・笠祖神社、舩玉神社・和多津見神社が各々合殿に祀られる。北西に社日碑があり、さらに水玉稲荷神社がみえる。

〈所在地〉
島根県 松江市 東津田町

参拝日:平成24年 6月 3日

比津神社

2013年06月27日 | 松江市(旧市域)

風土記:比津社
延喜式:―
雲陽誌:突貫明神
様  式:春日造変態
御祭神:経津主命

   

松江市旧市街の北西部、恵曇(旧鹿島町)へと向かう県道沿いの小山の中に鎮座する。向かいの丘は住宅地となり、裏手はゴルフ場。県道から西方に鳥居はよく見え、神木の茂る森の中に小さいながら春日造様式の本殿、拝殿や舞殿が並び立っていた。

  

社頭の由緒書きによれば、創建年代は不詳も出雲風土記にその名を記され、往古は近傍まで宍道湖湖水がいたり、小湾をなしとたとのこと。小丘が左右より突出した津頭の要地であったとも考えられる。宝暦年間現在の社地に定まり、大氏神として近隣の振興をあつめたようである。祭神経津主命は比津の地名に因むものか否かは定かではなく、南方の黒田界隈、東方田原界隈が切り開かれて、その最深部にある当地に突貫明神(都支努貴明神)として開削の神として祀られたものかもしれない。

〈境内社〉
 
本殿南の一棟に若宮八幡宮と稲荷神社が合殿する。前者に誉田和気命を祀り、倭姫を配祀す。後者に宇迦御魂命を祀る。また、境内に社日碑を祀る。

〈所在地〉
島根県 松江市 比津町

参拝日:平成24年 5月27日

多藝神社

2013年06月26日 | 松江市(旧市域)

風土記:―
延喜式:―
雲陽誌:成荘寺(熊野権現祠)
様  式:切妻小祠
御祭神:速玉男命

   

許曾志神社の北西方向、荘成集落の谷を最奥まで上り詰めれば成荘寺境内にたどり着く。周囲には同社の案内等はなく、社地へは成荘寺右手(北側)より裏へまわり鳥居を見つけけなければならない。そこから石段数十基を上り詰めた小さな削平地上に、拝殿と本殿が見つかる。境内には、これらのほか神楽殿、歳徳神の祠があった。

   

『神国島根』によれば、同社の創立年代は不詳も、往古紀州熊野速玉神社より分霊勧請。境内地の構成にみられるように、成荘寺との密接な関わりの中で神職・僧侶が混沌とし、『雲陽誌』に記される頃は同寺の鎮守権現社として位置づけであったようだ。正徳五年(1755年)には社の受け持ちは成荘寺に移され、さらに明治の神仏分離の折には当時の住僧により破毀されたとも記される。そののち氏子請願によって村社に列せられ、社殿再建して今日に至る。

〈所在地〉
島根県 松江市 荘成町

参拝日:平成24年 5月27日

許曾志神社

2013年06月25日 | 松江市(旧市域)

風土記:許曾志社
延喜式:許曾志神社
雲陽誌:許曾志神社(六所明神)
様  式:大社造変態
御祭神:猿田彦命・天鈿女命

   

宍道湖の北岸、現在の湖岸からはおよそ1キロの森の中に鎮座する社。北岸農道沿いに鳥居が立っており、そこからさらに100m程入ると、もろもろの建物が見えてくる。参道から隋神門をぬけると、両側には狛犬・狛猿・狛鶏が並び、他の社とは趣がことなっていた。正面には立派な拝殿と本殿が鎮座し西の杜には荒神が多数まつられている。

     

社史を顧みるに、その創立年代は不詳とされるも延喜式内の社であって、古くより許曾志・西谷・浜佐陀三村の大氏神と崇められてきたとのこと。御祭神は猿田彦大神で、近江の国では白髭明神とも言われ、本社扁額にも同名を見る。中世に格村氏子も分離して各々氏神を祀るに至った。当初は南方300mほどの地に鎮座していたが貞享元年(1684)に現在の松尾山に遷された。その後、明治5年に村社、大正11年に県社に列せられている。

〈境内社〉
  
本殿西側の飯生神社に倉稲魂神、本殿正背の熊野神社に伊弉冊命、同じく火除神社に水波能女命を祀る。

〈所在地〉
島根県 松江市 古曽志町

参拝日:平成24年 5月27日