
風土記:恵杼毛社
延喜式:惠曇神社
雲陽誌:惠曇神社(磐坂日子命)・座王権現(素盞嗚尊)
様 式:大社造変態
御祭神:磐坂日子命




松江市中心より県道37号を鹿島方面へとすすむ。旧鹿島町役場(現市役所鹿島支所)の北側の森の中に鎮座する。庁舎と隣接する文化ホールとの間に参道と鳥居が容易く見つかる。参道を登ると狛犬一対と隋神門が迎え、これを潜った正面に入母屋屋根の拝殿が建つ。大社造りの本殿は石垣の一段上にみえ、左手前に舞殿、右出前には歳徳神が祀られていた。さらに、視線を上にあげると、巨石が参拝者を見守っている。



創建年代は不詳も、出雲国風土記に記載の「恵杼毛社」されている。恵曇の地名は鹿島町においても主要なもので、出雲風土記に「惠曇郷・・・須佐能乎命の御子、磐坂日子命 國巡行し坐しし時、此の処に至り坐して詔りたまいしく、此の処は國稚く美好。國形、畫鞆の如くなるかも。吾が宮 是處に造事らせむ。と詔りたまいき。故、惠伴と云う。」とある。同社の祭神はまさしく磐坂日子命であり、本殿頭上の座生石は、命が國巡行の際に坐したところ、または命の化身として崇敬されている。


恵曇の地名に因む社は風土記に三社、式内に一社あり、それぞれ何れにあてるかは地区住民にとって重要な問題であった。恵杼毛社は恵曇郷の本郷である畑垣の同社であり、恵曇町江角の恵曇神社は「恵曇海辺社・同じ海辺社」とする向きが強い。しかしながら、式内社の位置づけは複雑であり、元禄年間以来、江角浦神職から式内恵曇神社は江角であるとして永年の論争となる。そして、明治の当初旧松江縣の裁可により恵曇海辺社が延喜式所載の恵曇神社とされる。このことは、同社の崇敬者にとって甚だ遺憾な事象であり、『神国島根』の記述に拠れば「歴史を地理に全く 不明の者の所為」との声があったようだ。
〈所在地〉
島根県 松江市 鹿島町 佐陀本郷
参拝日:平成26年 4月20日