
風土記:伊布夜社
延喜式:揖夜神社
雲陽誌:揖屋大明神(大己貴命・合祀:少彦名命・事代主命)
様 式:大社造
御祭神:伊弉冉命
配祀神:大己貴命・少彦名命・事代主命

揖屋神社は意宇六社の一つ、古くは風土記、日本書紀の他、式内にあげられる著名な社で、旧東出雲町の中心である揖屋地区に鎮座す。境内は南北に長く、女千木を掲げる本大社造の本殿は石垣造りの高壇にあって西向、その下には切り妻向拝の下に大締めを結う立派な拝殿が建つ。これら拝殿と本殿に向かう正面からは入ることは出来ず、旧国道が走る北側より鳥居、隋神門をくぐって参拝する。
同社は、日本書紀斉明五年(659)の条に「是歳、出雲国造に命せて厳しの神の宮を修らしむ。狐、於友郡の役丁の執れる葛の末を噛い断ちて去ぬ。又、狗、死人の手臂を
言屋社に噛い置けり。言屋、此をば伊浮瑯という(天子の崩りまさむ兆しなり)。」と登場。社に使える巫人が手にした葛のはしを狐がかみちぎって去り、犬が死人の腕をくわえて神社の前に置いたことを、同社の巫人が天子の崩御する凶兆として筑紫の行宮に早馬を走らせたとなる。
言屋社が死に縁付けられた所以は明確ではないが、古事記はこの地に黄泉の国入口である伊賦夜があると伝えており、伊弉冊尊の死にまつわる伊弉諾尊のとのやり取りからして女帝の死に結び付けられたのであろうか。

八月二十七日の一つ石御幸祭り・穂掛祭りにもちいられる船庫が本殿南側にある。祭りでは、新米と神酒、三宝上に焼米と稲穂が備えれれて祭事が執り行なわれた後、神輿は船に乗せられ崎田の一つ石に向われる、町内でもっとも賑やかな祭りである。
〈環内社〉


風土記:伊布夜社
延喜式:韓国伊太氐(テ)神社
雲陽誌:―
御祭神:五十猛命
本殿の左(北)に鎮座する小祠で、扁額には式内社韓国伊太氐(テ)神社と記される。雲陽誌に本殿より見て左に三穂津姫・素戔嗚尊・巳上五神とあるが右には記載はない。風土記に記載される伊布屋社のうち神祇官に記載社の一つと比定されている。なお、素戔嗚尊また五十猛命を祀る同名の社は宍道湖岸の数社に存在する。


風土記:伊布夜社
延喜式:―
雲陽誌:左の小祠(三穂津姫・素戔嗚尊・巳上五神)
御祭神:三穂津姫
本殿の右(南)に位置する小祠。扁額には風土記社三穂津姫神社と記される。風土記に記載される伊布屋社のうち神祇官に不記載社と比定されている。
〈境内社〉

拝殿正面(西側)に木造の社三宇。また木々に荒神を合わせ祀られる。社は北より恵比須神社、天満宮、恵比須神社となる。

南側舞殿よりさらに奥に赤鳥居がならび、これを潜って上り詰めると正面に稲荷神社が二社ある。また途中西側の小道に折れてされに南に行くと、火守(秋葉)神社がある。一方、北側駐車場の奥、境内への車道沿いに木造の小祠があるが、これの詳細は不明。
〈所在地〉
島根県 松江市 東出雲町 揖屋
参拝日:平成24年 1月8日