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出雲国神社めぐり

島根県東部の神社探訪記!
犬もあるけば、神社にあたる!!

彌多仁神社

2012年02月15日 | 松江市(旧市域)

風土記:彌多仁社
延喜式:―
雲陽誌:大森明神(素戔嗚尊・大己貴命・稲田姫)
様  式:大社造変態
御祭神:大己貴命・須佐之男命・稲田姫命

  

朝日山から宍道湖北岸に向って延びた長く細い谷の西側に鎮座。鳥居を潜って石段を登りれば、すぐさま本殿を見つけることができる。拝殿はないが、本殿の向拝には龍の彫り物が施されており、風格があった。本殿左(南)には神楽殿があり、その向背には平成十九年建立の石祠が見える。また右側(北)には、境内社の若宮神社と歳徳神が祀られていた。この他、昭和帝の在位六十年を記念して植樹された招魂の木が丈をのばしている。

  

社頭の由緒書きに拠れば、当社は一般にはヤタニ社と呼ばれるものの、社伝に正しくはミタニ社とのこと。当国に縁深い三柱を祭り、狭隘な谷地にあって古くから安住を可能としたのはこれらの神の恩頼によるものだとして、篤く祭られた。古くは社地より西方200mの地点より潮が湧き、これを汲んで神前に供える祭りが催されたそうであるが、今日地勢の変化によって止まり、地名の塩谷にその名残を留めるとのこと。

〈境内社〉

『神国島根』に依れば、若宮神社となる。雲陽誌庄村の頁に若宮は國狭槌尊と記す。

〈所在地〉
島根県 松江市 荘成町

参拝日:平成24年 1月9日

宇賀神社

2012年02月13日 | 松江市(旧市域)
 
風土記:―
延喜式:―
雲陽誌:宇賀明神(倉稲魂命)
様  式:大社造変態
御祭神:稲倉魂神
配祀神:天照大神

  

柿原池の大堤を東方に見る林の中に鎮座。鳥居を潜って境内に入り、石段を上ると隋神門があり、さらにその奥に拝殿および本殿があった。この他にも左側(南西側)には神楽殿、石造りの境内社、本殿奥には歳徳神の庫がある。

  

社頭の由緒書きは祭神を天照大神と倉稲魂命とし、とくに後者について詳しく、この地の農耕の守護神として氏子の生活を物心ともに支え給うと記していた。創建は不詳としつつ、もとは許曾志神社にあったものを天文年間に牛切山の宮迫に移築、天保三年にさらに現在の社地へ遷されたとする。

『神国島根』は当社を牛切伝説に基づき創建された社する。現社地よりさらに谷奥に牛切と呼ばれる地区があり、かつて霊泉に湧く酒を夜毎大黒牛が出で飲むんでいた。これを知った湯原大膳某が怒って切り殺したところ、霊泉は牛血にて汚水に代わり、さらには土地を赤く染めるにおよんだ。地元の民はこれを恐れて、ついに社を創って牛の霊を祭り鎮めたとのこと。素戔嗚尊によって切り殺されたとも伝えられ、大宜都比売の故事になにかしら重なる感もある。

〈境内社〉

『神国島根』に依れば、若宮神社に同じ稲倉魂命を祀る。

〈所在地〉
島根県 松江市 西谷町

参拝日:平成24年 1月9日

六所神社

2012年01月17日 | 松江市(旧市域)

風土記:佐久佐社
延喜式:佐久佐神社
雲陽誌:六所社(伊弉諾尊・伊弉冊尊・天照大神・月讀尊・素戔嗚尊・蛭児命)
様  式:大社造変態
御祭神:伊邪那岐命・天照皇大神・月夜見命・伊邪那美命・素戔嗚尊・大己貴命

   

八雲町の熊野山より出でくだりる意宇川が、大きく蛇行して東に向きを変えるあたりに古代出雲国の政治の中心であった意宇平野が広がる。川が東西に流れる流域の大草町の中央北岸に六所神社は鎮座。この辺りを大草町とする所以は風土記までさかのぼり、須佐之男命の御子神 青幡佐久佐日古命の坐しますによると見える。

意宇川の堤防道路が古来の参道を遮っているのか、道端に狛犬が据えられ、石段を下って境内へ向うことになります。鳥居と隋神門をくぐり、木々に囲まれた境内に踏み入れると踏み石がひかれておらず侘びしげな感じもいたしますが、入母屋流造りのさっぱりした拝殿背後には大社造の見事な本殿がそびえ建っておりました。

   

そもそも当社は出雲国府総社六所神社といわれ、御祭神は記紀神話の根幹を成す六神、出雲国を統べるにおいては国内諸神を併せ祭り、国内の神人を集めて班幣の儀式が執り行なわれたとされる。昭和40年代の発掘調査により現社地を含む北側の平原に国庁が存在したことが明らかとなった。国庁跡は現在公園として整備されており、北東2kmほどにある国分寺跡のほか、意宇平野の各地に様々な古代遺構を見つけることができる。また境内とは反対側の意宇川南岸には安部谷横穴古墳群などもある。

当社の歴史的位置については、明治期に風土記・式内の「佐久佐社」を八重垣神社と論争し退けられる結果となった。古代においては政治との結びつきが強かったとはいえ、その権威を失って後、出雲国造家の所管となり、また神魂神社秋上氏が当地の代官職となるにいたって徐々に社勢が衰退していったものと思われる。

〈境内社〉
  
境内には木造の小祠三宇ある。本殿左(西)側は王子神社、高御産霊命ならびに神御産霊命を祀る。右(東)側に南面する社は丁明神社で、そもそも地域の由来神である青幡佐久佐日古命が祀られる。国府跡への入口脇にさらに天満宮が構える。

〈所在地〉
島根県 松江市 大草町

参拝日:平成23年12月18日

船玉稲荷神社

2012年01月10日 | 松江市(旧市域)

風土記:―
延喜式:―
雲陽誌:―
様  式:流造
御祭神:倉稲魂神
配祀神:底筒男命・中筒男命・底筒男命・須佐之男命・大己貴命
     天照大御神・埴山姫命・猿田彦命・大宮売命・神日本磐余彦命

  

東本町の東端、住宅地の中に鎮座す。小さなお堂のようなものかと思いきや、三大稲荷といわれるだけのことはあり、拝殿、本殿ともにしっかりとした造りをなしていた。

正確な創建年代は不詳なるも、古くより漁農民の祖神として崇められてきた社とのこと。寛永年間に松平氏が入府した際、この地に藩主船舶奉行所を設置し、住江神社の三神を併せまつって、海上安全の守護神として藩直属にて奉祀。社殿の修造を行われるようになった。主祭神は稲荷の神の他十柱の名がみえ、これについて拝殿右上の木板には合祀神社十一社名を墨書きしてあるようだが、松尾神社、金比羅神社、三輪神社、今宮神社、荒神神社のみがかろうじて読み取れた。

〈境内社〉
  
境内左側に巌神社。その由来として、元は常陸国の某長者の守護神をこの地に勧請。漁師町の鎮守社として東本町内にて祀られたが、平成十六年船玉稲荷神社が管理を兼ねるにあわせて遷座したとある。
拝殿右側に丸石を祀る区画、本殿右奥に水産神社の石祠があるが祭神など不詳。神国島根によると境内社は松尾荒神社(松尾之神・須佐之男命)のみが記される。

〈所在地〉
島根県 松江市 東本町

参拝日:平成23年12月17日

出世稲荷神社

2012年01月09日 | 松江市(旧市域)

風土記:―
延喜式:―
雲陽誌:―
様  式:大社造変態
御祭神:宇賀御魂神
配祀神:誉田別命
合  祀:大床主大神・水波女大神・武甕槌神・経津主神

   

松江市橋南、ボートピア松江の北西側に鎮座している。繁華街の只中にあるが、しっかりとした造りの境内で、鳥居二基、入母屋向拝付きの拝殿、高束の上に大社造変態の本殿が構えていた。

拝殿に用意されていた由緒略記によると、もとは松江城のある橋北亀田山にあった。農耕困難とされた末次の地を拓くにあたり、農耕の守護神である宇賀御魂神(稲荷神)を奉祀したことにはじる。松江開府にあたり亀田山は城地となり、麓の藩細工所内に宮を移し祀った。以来藩費にて奉られたものの、維新にともない現在の橋南寺町に移される。同社のご利益としては、特に開運招福、商売繁盛、あるいは開運出世ということから、人々の信仰をあつめ、崇敬のあらわれとして現在の社殿が平成九年に竣工、境内美化も進み整備された社地が形成された。

〈境内社〉
  
本殿左後ろに三社が並ぶ。左より荒神社(須佐之男命)、琴平神社(大物主神)、地主神社(大地主神)。

〈所在地〉
島根県 松江市 寺町

参拝日:平成23年12月17日