父が亡くなり 早1週間経ちました。
本人の望む最高の死に方で 旅立ちましたので
もう正直あまり悲しくありません。
さて前回 父の事をご報告した内容に 2.3名の方以外にはお伝えしていないと
書きましたが その内のお一人は 近藤誠先生です。先生には 斎場での待ち時間に
メールにてお伝えしました。そして以下 文章を夕方頃いただいております。
父の遺骨の前には印刷した物を供えておりますので あちらの世界で読んでくれて
いる事と思います。
このブログへの掲載の許可をいただいておりますので ご紹介させていただきます。
+++以下近藤先生より
中村仁一先生の訃報に接し、衷心よりお悔やみ申し上げます。
奥様を始め、ご家族のかたがたから愛され、尽くされていることを
この目で見ることもでき、大変うらやましいご経過だと思いました。
仁一先生と僕とは、2012年に対談本『どうせ死ぬならがんがいい』(宝島新書)で
ご一緒させていただいたのが始まりです。
その時「これはすばらしい人物だ」と思い、その後も仕事をご一緒させていただきました。
実は、口幅ったい言い方になりますが、僕が他の医師を「先生」と呼ぶことも滅多に
ないことなのです。
ご本人から昨年、末期の肺がんで長くはないこと、がん治療を受ける気はなくご自宅で
療養されるつもりであることを伺い、「さすが仁一先生」と思っていました。
そして今年に入っていよいよ体調が落ちてこられたと伺い、お見舞いを兼ねて、
京都のご自宅に伺ったのでした。
その時の対話を、僕の近著『最高の死に方』(宝島新書)に収めることができ、
刷り上がった見本を仁一先生に見てもらうことができたのは、僥倖でした。
その対話に示された仁一先生の考え方や、がんへの身の処し方は多くの読者の心を
とらえ、灯台の灯のようにみなさまを導くことと思います。
「がんで死にたい」(ただし医者にかからず)と言い続けてこられたことを完遂されて、
まさに有言実行。僕にとっては、うらやましくて仕方ない逝き方でした。
奥様を始め、ご家族のみなさまはお気落ちでしょうが、心痛のあまり、病など
召されませぬようにお願いいたします。
仁一先生のご冥福を、お祈り申し上げます。
近藤誠
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発売日まで 父は間に合いませんでしたが 近藤誠先生の
本が6月10日に発売されております。この京都に来ていただいた時の
対談が巻末に書かれております。