Flour of Life

煩悩のおもむくままな日々を、だらだらと綴っております。

カズオ・イシグロ「わたしたちが孤児だったころ」

2017-10-24 21:05:57 | 読書感想文(小説)



ノーベル文学賞受賞で話題の、カズオ・イシグロの「わたしたちが孤児だったころ」を読みました。

「日の名残り」を買いたくて書店(県内で一番大きい店)に行ったら在庫切れで入荷待ちだったので、代わりにこれを買いました。いずれは読むつもりだったので、順番が変わるだけだからということで。


20世紀初め、上海の租界で暮らしていたクリストファー・バンクスは、10歳で孤児となった。貿易会社勤めの父と、反アヘン運動に熱心だった母が相次いで行方不明になったからだ。
ロンドンに戻ったバンクスは、大学を卒業した後、両親を探すために探偵を志す。やがて探偵として名を挙げた彼は、戦火にまみれる上海に戻るが…


↑文庫の裏表紙にあったあらすじをほぼ丸コピしてしまいました。一応謝ります。すみません。

裏表紙のあらすじは、内容を時系列に書いていましたが、小説本文は1923年、クリストファーが大学を卒業したところから始まり、両親の失踪について詳しく語られるのは、小説を3分の1以上読んでからになります。その他にも、時間を行きつ戻りつすることがままあるので、時間に余裕のある人は年表を作りながら読むと楽だと思います。というか、既に作っている人がいるかな。

これから読む人も大勢いるでしょうから、ネタバレはなるべく避けるようにします。



小説の出だしは、1923年、クリストファーが大学を卒業し、友人に誘われて出かけたパーティーでサラ・ヘミングスという女性と出会うところから始まりますが、メインの舞台は1937年9月の上海です。恥ずかしながら、この小説を読むまで忘れていましたが、日中戦争のさなかの頃です。クリストファーが子供時代を過ごした頃の上海は、戦争の不穏な雰囲気がひたひたと忍び寄って入るものの、まだノスタルジックで静謐な美しさがありました。しかし、探偵となったクリストファーが戻ってきた上海は、一見なんでもない風に見えて、だまし絵のようにどこかいびつで退廃的な場所として描かれ、そこにいる人たちも何かが少しずつおかしくなっています。パーティの最中、まるでスポーツ観戦をするように日本軍の砲撃を眺める西洋人たち。アヘンに溺れ、廃人となって貧民窟で暮らすかつての中国人警官。両親を捜すため協力を求めても、のらりくらりとするだけで役に立たない、イギリス領事館の役人たち…。混沌とした租界の空気に、クリストファー同様、読んでるこちらも翻弄されました。クリストファーが、ある情報からつきとめた場所に、「そこに両親がいる」と信じる根拠がよくわからなかったり、そもそもクリストファーがいかにして探偵として名を成したかが具体的に出てこないので、彼が社交界でちやほやされているのも説得力を感じなくて、3分の2くらい読んだところで「もしかしたらこの小説の結末は自分が理解できないほどシュールでアバンギャルドなものかもしれない」と不安になりました。

実際のところ、最後まで読んだら、いまいちわかりにくかったクリストファーの探偵像もそれなりにはっきりしてきて、小説の結末は私でも理解できるものでした。ああよかった。よかったけど、クリストファーにとって両親を捜す旅はとても悲しく、寂しい結末を迎えたので、読み終わってしばらくは消化できませんでした。

クリストファーの両親を捜す旅と同時進行で、上海では戦争が激化し、クリストファーも巻き込まれます。がれきと化した街で、彼が見たものは-それは、カズオ・イシグロがこの小説で描きたかったのはこれなんじゃないかと思うほどの切実さと熱量があって、また、100年近く前に起きた歴史上の出来事として切り離せないほど、現代とリンクした生々しさがありました。1937年の上海で、クリストファーが感じた空気が、21世紀の今、世界中にはびこっている気がして。「世界中で戦争が起こる」というクリストファーの予想が、歴史を知る者の結果論ではなく、未来への予言のような気がして。

クリストファーの上海時代の幼なじみとして、アキラという日本人の少年が登場するのですが、アキラの存在もまた現代の日本で見られる、あることを想起させるものがあってドキリとしました。別に、イシグロ氏はアキラを描くために最近の日本のメディアを取材したわけではないでしょうから、意識せずにそうなったのだと思いますが、それはそれで怖いことです。アキラの言動が、当時外国に暮らす日本人を象徴するものだとしたら、アキラと同じ主張をする現代の日本人は、これからどんな道を進むのか。

もちろん、小説では人間の善悪を洋の東西で分けているわけではなく、もっと普遍的に描いています。善と悪自体も、はっきり二分できるものではない、見方によって変わるものだと。ただ、その多様性を受け入れることが困難なのだ、と。

上に書いたように、時系列に話が進む小説ではないので、休み休み読み進めると途中で話の筋がわからなくなって読み返すことがしばしばありました。多分、もう一度読んだら、読み落としていた個所に気づくと思います。というか、読み返すたびに読み落としに気づきそう…。

映像化すると見ごたえあるだろうなと思ったのですが、クリストファーをはじめキャストがいまいち思いつきません。監督はクリストファー・ノーランでいいんじゃないかとも思ったけど、そうなると上海租界をセットでまるまる再現とか言い出すから、製作費がえらいことになりそう。でも見たい…。

先週末、「日の名残り」を無事手に入れたので、今読んでいるところです。一緒に「忘れられた巨人」も買ったので、この2冊を読んだら、カズオ・イシグロはしばらくお休みします。次は誰の本にしようかな~(気が早い)。



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