Flour of Life

煩悩のおもむくままな日々を、だらだらと綴っております。

津原泰水「11 eleven」

2019-05-25 22:42:02 | 読書感想文(小説)


津原泰水さんの短編集「11 eleven」を読みました。読もうと思ったのは、あることをきっかけにSNSで津原さんのお名前を知って、興味がわいたからという不純な動機からです。はっはっは。

でも、きっかけはアレですが、読んでよかったと心から思える一冊でした。以上。

…と、ここで終わってしまっては記事にならないので、感想を書きます。ええ、書きますとも。

津原さんはもともと「津原やすみ」というペンネームで少女小説を書かれていたそうです。私はこのジャンルに疎いので知らなかったのですが、少女小説のファンの間では有名な方だそうです。この「11 eleven」を読んでも、どんな少女小説を書かれていたのか想像がつかないので、私も多感な少女時代に読んでみたかったなと、少し残念に思います。

「11 eleven」はそのタイトル通り、11篇の短編小説が収録されています。幻想的だったり、寓話的だったり、日常に潜む闇が見えたり、これぞSFといった突き抜けた世界観が語られたりと、それぞれが多種多様な魅力を放っていました。短編集なのでどの話も数十ページあるいは数ページで終わるのですが、短さを感じさせないほど内容の濃いものがいくつもありました。

以下は、各話ごとの感想。未読の方のためになるべくあらすじに触れないようにしましたが、その分わかりにくくなってしまったかもしれません。御了承下さいませ。

「五色の舟」
川に浮かべた舟を住処とし、自分たちの身体を見せて興行する“異形の家族”。彼らは、未来を予言する怪物“くだん”が生まれたと知り、手に入れようとするが…近藤ようこさんがコミカライズされているそうですが、それを知る前は脳内に丸尾末広の「少女椿」を想像しながら読んでました。“異形の家族”といえば真っ先に浮かぶのがあの世界なので。

私が“くだん”という怪物を知ったのが、映画「妖怪大戦争」だったので、おどろおどろしい怪奇モノの話かと思いきや、幻想的で、読後に美しい余韻の残るSF小説でした。途中、“異形の家族”のお父さん役の雪之助が、彼らと懇意の医者の犬飼先生とアレをナニする場面に出くわしたときは、どんな顔したらいいのかわからなくなって戸惑いましたが。まあそれは置いとくとして。

何もかもが上手くいったように見えた小説の最後で、主人公の和郎が語る“世界の真実”は、ぞっとする怖さがありましたが、同時に儚げな美しさも感じました。和郎が感じる哀しみは、ノスタルジーなのか、それともやがて来る現実なのか、どちらが夢でどちらが現か。さて。

「延長コード」
17歳で家出した娘は、5年後に家出先で亡くなった。父親は娘が生前世話になった夫婦のもとを訪ね、遺品を受け取るが…娘はなぜ家出したのか、なぜ亡くなったのか、真実を探るミステリー小説なのかと想像しながら読んだので、予想外の結末に唖然としました。

でも、娘の足跡をたどることで、父親は娘の本心を知ることができるのかなとか期待していたのですが、考えてみたらそんな展開はベタすぎですね。現世の人が、川の向こうに行ってしまった人の心のうちを知ろうとすること、そして知った気になることは傲慢でひとりよがりなことかもしれません。娘が生きてるうちは無関心だったのに、死んでから距離を縮めようとするのは傲慢です。謎が謎のままで終わるのはフラストレーションが溜まりますが、娘が世話になった夫婦の夫と父親との会話はシュールで面白かったです。映像化すると結末が賛否両論になりそうですが、見てみたいなぁ。

「追ってくる少年」
街で突然声をかけてきた少年から逃げながら、子供の頃に住んでいた家を思い出す女。そこには両親と妹の他に、父親の妹である叔母も住んでいた。父と叔母は交通事故で亡くなった。その事故は、父と叔母以外にも被害者がいて…女の回想と今現在起きている事件が交錯して、頭の整理が追い付かないうちに衝撃のラストがやってくる。ほんの6ページの文章の中で。

障害のある叔母を庇い、家族に犠牲を強いる父親の姿が、この小説の非現実的な空気にリアリティを与えているのが面白かったです。実際こんな父親は嫌だけど。でも変なヒロイズムに酔って、身内を搾取する人っていますよねぇ。ラスト、その娘である主人公はとんだとばっちりを受けるわけですが、本人がそれに抗えなさそうなのもリアルで、読み終わって嫌な汗が流れました。親にされて嫌だったことを、気がつけば自分もやってるっていうの、あれホントにメンタル削られますよね(この小説のテーマは多分それじゃない)。

「微笑面・改」
かつて妻だった女性の顔の幻を見るようになった、彫刻家の男の話。男の目に見えるもの、男の顔と頭に起きた事は現実なのか、それとも男が頭の中で作り上げた妄想なのか。小説はひたすら男の視点で語られるので判断しにくいのですが、男の顔と頭のダメージの描写がえぐくて、読んでる私も自分の顔を押さえたくなりました。

主人公の男は芸術と芸術家に慣れなかった自己憐憫を言い訳にしたとことん外道な奴で、読んでてムカつきましたが、もし1ミリでも同情の余地がある人物だったら読後感がもっと悪かったかもしれないので、それはそれでよかったのかもしれません。というか、そう思うことにします。

「琥珀みがき」
この短編集の中で、一番衝撃を受けた話。

琥珀をみがく人といえば、朝ドラ「あまちゃん」の勉さんですが、勉さんとは関係ない話です。海辺の工房で琥珀をみがく生活に倦んだノリコは、お使いで出かけた首都にそのまま居ついてしまう。そしてさまざまな経験を経て、ノリコは工房のある海辺の町に戻り…ってなんかAKの朝ドラみたいだな。しかもこの話のあらすじ9割がた書いちゃってるし。でも大丈夫です。この話の一番のキモは、最後の一行ですから。さすがの私もそこには触れませんから。

さて、この小説の最後の一行には、物語の世界に入り込んだ読者を突き放す一文が書かれています。最初に読んだ時、たぶん私は鳩が豆鉄砲食らったような顔をしていたことでしょう。でも、よく考えたらこれは物語を紡ぐ人と読む人の理想の関係かもしれない、という結論に落ち着きました。

巻末の著者解説によると、この小説はもともと朗読のために書かれたものだそうです。そうなると目で読むだけでなく耳で聞いてみたくなります。誰の声がいいでしょう。やはりここは朝ドラヒロイン経験者でアニメ映画の吹替も評判の良かったあの人でしょうか。彼女にこの小説の最後の一文を声に出して読んで欲しいです。大人の事情に振り回された悲劇のヒロインとして消費されがちな彼女に。いまの世の中、SNSやらネットニュースやらでバイアスのかかった情報が氾濫して、自分にとって理想の、都合のいい物語を作りやすい状況になっています。なのでもし、自分が都合のいい物語に逃げ込もうとした時は、この一文を頭に浮かべて踏みとどまろうと思います。…え、だからどんな一文かって?それはさすがに言えないなぁ。

「キリノ」
キリノというかつてのクラスメートとおぼしき人物について、思いついたことをとりとめもなくしゃべり続けているような文章。何がどうなってるんだかと思って巻末の解説を読んだら、どうもこの話は「桐野夏生スペシャル」という半雑誌・半単行本のために書いたそうです。だからといって、桐野夏生さんをイメージして書いたわけではないでしょうけど。とても混沌としているのですが、スピード感で読ませる小説でした。オチに広島カープの安仁屋と外木場が出てくるのに笑いました。しかしいつの時代の選手だよ。

「手」
同級生の少女に誘われて、鴉屋敷と呼ばれる空き家に忍び込んだ主人公は…なんて書くと空き家で恐怖体験をする話みたいになっちゃいますが、個人的には空き家での出来事よりも、主人公の母親が怖かったです。母親と10代の主人公の微妙な関係、まだ幼さの残る主人公の危うさと不安定さの描写が見事で、さすが少女小説を書かれていただけあるなと思います。

巻末の解説によると、もとは連作短編の第1話として書いたものだそうで、連作ということは各話で主人公は代わっていたのかもしれませんが、読んでみたかったなと思いました。もしかすると美和(この話の主人公を鴉屋敷に誘った同級生の名前)が主人公になる話もあったのかな?

「クラーケン」
ひょんなことからグレートデンを飼うことになった女の話…って書くとほのぼの愛犬小説みたいなイメージですが、内容はハードです。犬を飼うことになったきっかけから、その後も犬が死ぬたびに新しい犬を引き取るということを繰り返す主人公。話が進むにつれ、彼女の人生に起きた事、彼女の人物像が見えてくるのですが、さて彼女はどんな結末を迎えるのかしらと思ったら…彼女が飼っていた犬の嗜好など、充分に伏線は張られていたので、あるひとつの悲劇が起きることは想像に難くないのですが、もしかしたらそうならない可能性もあります。そちらのほうがもっと悲劇かも。

主人公の女はかなりクセが強い人物ですが、その他の登場人物もタガが外れた人ばかりなので、何を基準におかしいおかしくないを判断したらいいのかわからなくなりました。例えるなら、つげ義春の漫画を読んでいるような感じでしょうか(わかるようなわからないような)。

「YYとその身幹」
殺された女友達について、もったいぶって語る男の話…って書くと身も蓋もないですが、実際のところ読後感はそんなものでした。別に悪いイメージでそう思ったのではなく、人は、自分の物語の中では主人公になれるけど、他人の作る物語の中では脇役になるのすら簡単ではないのだということを淡々と語っているのが、新鮮で面白かったです。

人形のように完璧に美しい女友達、美しいだけでなくドラマチックな悲劇を経験してもいる彼女と非日常な場所で情事に耽ることが出来る自分は特別、みたいな自意識が崩れる終盤は滑稽だけど、フィクションにありがちな主人公よりもシンパシーを感じもしました。頑張れ、主人公!

「テルミン嬢」
書店員の眞理子には秘密があった。ある日、眞理子は店にやって来た由利夫という男と恋に落ちるが…短編集の終盤に来て、これぞSF、といった小説が登場しました。作中に出てくる固有名詞についていけず、理解できないうちに人が死んだり宇宙に旅立ったりしているうちに、物語は結末を迎えてしまいます。SF小説を読んでる時によくある現象です。私だけかもしれませんが。

まだ2回しか読んでないので、作中で眞理子と由利夫に何が起きてるのかよくわかってないところもありますが、あと3回くらい読んだらなんとかなると思います。多分。

「土の枕」
日露戦争で大陸に出征した葦村寅次は、戦地で同僚の井手六助の最期を看取る。その際、寅次は実は自分は葦村寅次ではなく、寅次の村の地主の長男、田仲喜代治だと打ち明ける。戦争が終わって帰国した後、喜代治は故郷に戻って本来の自分の生活に戻ろうとするが…巻末の解説によると、津原さんの母方の祖父にあたる人の、ほぼ実話だそうです。ほぼ、と言われてもどこからどこまでが実話なのかわからないので、あまり気にしないほうがいいのかも。

喜代治の人生に起きた事を、時系列に淡々と語っているだけの小説ですが、何度も読み返すことができる良い小説です。


というわけで、どうにかこうにか11篇の小説の感想を書きました。まだ書き足りない気もするので、またいつか、何度か読み返して違う感想を持った時、さらに深く理解できたと思った時、また感想を書くかもしれません。

ところで、11篇の小説の中に何度も「斐坂」って名前の男が出てくるんだけど、何か意味があるのかしら??


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