Flour of Life

煩悩のおもむくままな日々を、だらだらと綴っております。

森絵都「みかづき」

2019-03-06 13:52:38 | 読書感想文(小説)


森絵都さんの「みかづき」を読みました。
つい最近、NHKでドラマ化したのを見て、興味がわいたので文庫版を買って読むことにしました。既にドラマで内容を知っているのに原作をわざわざ読むのもどうだろうという気持ちもありましたが、原作を読んだ人の感想をネットで見かけたところ、ドラマと原作は違うところも多いとあったので、ならばと思いチャレンジしました。

昭和36年の千葉。小学校の用務員をしていた青年・大島吾郎は、放課後の用務員室で子供たちに勉強を教えていた。ある日、用務員室を訪れた少女・蕗子に導かれ、あれよあれよという間に吾郎は蕗子の母・千明と共に学習塾を始めることになる。吾郎と千明は結婚。2人の娘が生まれ、ベビーブームと高度経済成長の波に乗って塾も成長していくが、それと同時に吾郎と千明の間に教育に対する価値観にズレが生じ…


とまあ、雑にまとめるとドラマと内容がほぼ同じみたいになってしまいましたが、ここから先の展開は小説のほうが尺が長くてその分濃いです。登場人物も多いし。ドラマは登場人物の設定もかなり簡略化されていて、NHKらしいソフトな造りになってましたので。それでもNHKにしてはかなりチャレンジングではあったと思うのですが。

さて、ドラマと切り離して小説のみの感想を言うと、教育というテーマの割には登場人物のキャラクターが胡散臭くて、インモラルな危うさもあったりしてなかなか興味深かったです。目的のためなら手段を択ばない千明の強引さもさることながら、吾郎が千明の夢を手伝うきっかけになったのが、まだ幼い蕗子に心惹かれたからだというのもなかなかエグみが強くて、さすが森絵都だと思いました。正直、吾郎の蕗子への偏愛はドン引きレベルだったので、これがそのままドラマ化してたら炎上したことは間違いないでしょう。血のつながらない娘への思慕(と呼べるほどきれいなものかどうかはさておき)は、大島吾郎という人物が、けして聖人ではなく不完全な一人の男であることを表現しているとも取れるのですが。

千明と吾郎のキャラクターが突き抜けてるので、その子供達はさてどうなるやらと読み進めていくと、長女の蕗子、次女の蘭、三女の菜々美と、両親ほどではないにせよそれなりにパワフルな人物として描かれていました。特に次女の蘭は、独立して塾経営に乗り出し、母親に負けじと肩ひじ張っている姿が、逞しくもあり痛々しくもあり。父親の吾郎に似て自由奔放な菜々美、母親の千明との葛藤を経て関係を断った蕗子と違って、母親のすぐそばで片腕として奮闘していた蘭が、一番愛情を求めていたのかなと思うと切ないものがありました。

小説をしめくくる最終章は、蕗子の息子、千明と吾郎の孫にあたる上田一郎の物語でした。強烈な個性も三代目になると普通の人より薄れてしまう、というかあえて逆の道を選んでしまった感のある、ふわっとした頼りないキャラクターの一郎。就活に失敗しても、親戚のつてでどうにか仕事にありついてとか、ボランティアで塾を始めるのも周りのサポートが得られてとか、ラッキーだねーな面もあるのですが、一郎本人もそれなりに苦労して、むしろ祖父母のおかげでいらん苦労を背負わされてもいるところもあるので、まあトントンかなと。ドラマでは一郎の役を工藤阿須加が演じてましたが、おそらく今の日本でベストなキャスティングだったと思います。金髪が全然似合ってなかったのも含めて。

この小説のテーマは、戦後日本の教育について、塾と文部省の対立、学校の授業がこぼれ落としてしまった子供達の救済といった社会問題と、塾経営者としての千明の立身出世物語、そして千明をはじめとするパワフルな女たちと、彼女たちに翻弄される男たち家族の物語。どの面を切り取っても面白く、また考えさせられる小説でした。個人的には、大島家の家族の在り方の、深いつながりを持ちつつもウェットにならないところが印象に残りました。下手に書くと昼ドラみたいになっちゃうところを、さらっと書いているところとか。残念ながらドラマはざっくりまとめて駆け足で終わってしまったので、小説で書かれている事すべてを網羅することは無理だとしても、またいつかじっくり長い尺を取って映像化してほしいなと思います。

学校教育について書かれた小説は多々ありますが、その中では割と気軽に読める本だと思うので、教育にゴリゴリ関心があるわけじゃない人にも読んで欲しいと思います。はい。

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