Flour of Life

煩悩のおもむくままな日々を、だらだらと綴っております。

宮部みゆき「過ぎ去りし王国の城」

2018-11-28 17:56:45 | 読書感想文(小説)


すすめられたのをきっかけに、宮部みゆきの「過ぎ去りし王国の城」を読みました。
小説の感想を書くのは久しぶりですが、宮部さんの本を読むのも超久しぶりです。
昔は新刊が出たらまめにチェックしてたんですが、最近は海外ミステリーとか他の若い作家さんの本に気を取られて、書店に平積みにされててもスルーしてました。反省。


中学3年の尾垣真は、推薦入学で早々と受験を済ませ、時間を持て余していた。ある日、銀行に展示してあった古城のデッサン画を偶然拾った真は、絵に分身を描き込むことでその絵の中に入り込めることに気づく。真は美術部員の同級生・城田珠美に自分の分身を描いてもらい、珠美とともに絵の世界を探索するが、そこで同じく探索者のパクさんという中年男性と出会う。3人は古城の中に幼い少女が閉じ込められていることに気づくが、なんとその少女は10年前に現実の世界で行方不明になった少女だった…。



※若干ネタバレあります。

中学生の男女が異次元にある城を訪れる-「過ぎ去りし王国の城」を読む前、辻村深月の「かがみの孤城」を読んでいたので、最初はこの設定が少し被ってるなと思いましたが、「かがみの孤城」が少年少女の群像劇であるのに対し、「過ぎ去りし王国の城」はもうちょっと年齢層が広めで、漫画家にならずにプロのアシスタントになったパクさんの葛藤も描かれていて、また違う趣がありました。

「かがみの孤城」は、周囲がバタバタしている時に読んだので、また落ち着いた時に読み返して感想を書こうと思います。

さて、「過ぎ去りし王国の城」ですが、登場人物が一風変わった意味で個性的です。主人公の真は、そこそこの高校に推薦で入学が決める要領はあるものの、どこか無気力な感じ。クラスでも部活でも空気の様で、特に親しい友人もいない。そして珠美はというと、勉強は学年トップ、真と違ってレベルの高い高校に推薦で入学が決まっているほど頭脳明晰で、そしてとても絵が上手い。けれど、いじめのターゲットになっている。珠美がクラスメイトからひどいいじめを受ける場面は、暴力描写が苦手じゃない私でもショッキングでした。それなのに、珠美はどこか冷めている。家庭環境が複雑で、誰かに助けを求めることを諦めている。パクさんはパクさんで、真や珠美より大人であり探索者として先輩ではあるけれど、どこか翳りがある。3人とも、スペックが高いんだか低いんだか微妙で、小説がクライマックスを迎えるまで「この3人で大丈夫?」という疑念を捨てられませんでした。

しかし、小説を最後まで読んだら、なぜ物語を動かす役がこの3人のキャラクターなのか、ということに納得がいきました。知恵はあるものの、正義感にあふれる勇者というほどではない3人が、閉じ込められた少女を助け出す。心にそれぞれの闇を抱えたままで。ひと昔前なら、ストーリーもキャラクターももっと明快に作られていたことでしょう。結末ももっと派手に(そして宮部さんのことだから主人公の少年を支える老人が絶対出てきたと思う)。そこを外してなるだけミニマムに、最小限度のめでたしめでたしで終わったのはとても新鮮でした。なので、物語にカタルシスを求める人には不満が残りそうな結末でしたが、無理に勧善懲悪めいた終わり方にせず、物語の世界はこれからも続いていく、真たち3人の世界はまだまだ変わり続けていく、という余韻の残るラストシーンは、少年少女を主人公にした宮部さんの作品らしいと思います。まあちょっと、個人的には珠美をいじめていたクラスメイトには天罰が下って欲しいと思ったけど。

小説のジャンルとしては、異世界もののファンタジーに入るのでしょうが、途中でパラレルワールド設定が出てきてSFっぽいなと思ったけれど、それが登場人物のセリフで説明されるだけで終わったりと駆け足かつ散漫だったのが残念です。物語が大きく展開するときに、主人公のはずの真が蚊帳の外にいたりするのも含めて。まあ、スティーブン・キングの「11/22/63」みたいに、何度もトライ&エラーを繰り返せとは言いませんが。アレはいろんな意味できつかった…小説が長すぎるのとか、主人公が失敗するたびにこちらも精神的にダメージ受けるとか。

ダメージと言えば、真たちは絵の世界に入るたびに体力をすさまじく消耗したり、内臓に負担がかかったりしていたので、終盤まで「もしかしたらこの小説バッドエンドなんじゃないの?」と何度も不安になりました。メトロポリタンミュージアム的な結末だったらどうしようかと、その点でもハラハラドキドキ、最後まで予測がつきませんでした。絵の中から帰ってきた時にどか食いする場面はちょっとうらやましかったけど。パクさんが買ってくる、今風じゃないレトロな感じのケーキが、無性に食べたくなったり。最近じゃカップケーキにきんとんみたいな黄色いマロンクリームののったモンブランなんて、コンビニでも見かけないものねー。あと真の実家のカレーショップのカレーとか。お父さんがサラリーマンしながら調理師免許取ったという設定はいいのかと突っ込みたくなったけど。

本の冒頭にシャーリィ・ジャクスンの「ずっとお城で暮らしてる」のエピグラムがあって、さてこれはどういう意味かと首をかしげたのですが、城の秘密が明らかになったところで納得。宮部さんは以前に他の作品でもシャーリィ・ジャクスンの小説を冒頭にのせていたので、お好きなんでしょうね。エピグラムに引用しているということは、「過ぎ去りし王国の城」は、「ずっとお城で暮らしてる」の主人公姉妹への宮部さんの思いが反映されてるのかなという気もします。あの姉妹も、真や珠美やパクさんのような人に出会えていたら、なんて。もちろん、「ずっとお城で暮らしてる」がそれ単体で素晴らしい小説なことは間違いないのですが。怖いけど。ラスト超怖いけど。

せっかくなので、この機会に「ずっとお城で暮らしてる」を読み返そうかな。怖いけど。結末知ってると尚更怖いに違いないけど。


4 コメント

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Unknown (神崎和幸)
2018-11-29 18:52:34
こんばんは。

自分も「過ぎ去りし王国の城」読みましたよ。
まず心理描写を素晴らしいと思いました。
そのうえラストがとても印象に残りましたよ。

珠美をいじめていたクラスメイトには天罰が下って欲しいというお気持ちわかります。
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コメントありがとうございます。 (もちきち)
2018-11-29 21:10:51
>神崎和幸さん
こんばんは。コメントありがとうございます。
ラストシーン、過剰な演出がなくてとても良かったですね。

いじめていたクラスメイトたちへの報復がなかったのは、腹立たしいけどリアルにも感じました。
世の中には、こうやってうまく渡り歩いてる人がいるんだろうなぁって。

続編、とまでは言わないけれど、彼ら3人のその後の話を、宮部さんが書いてくれるといいなと思います。
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Unknown (神崎和幸)
2018-11-30 23:39:55
おっしゃるとおり過剰な演出がなくて良かったと思いますよ。

確かにリアルですよね。
自分もうまく渡り歩いてる人がいるんだと思いますよ。

その後の話を、宮部さんが書いてくれるといいですね。
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その後の話 (もちきち)
2018-12-01 21:02:43
>神崎和幸さん
こんばんは。コメントありがとうございます。

その後の話、真たちがメインの話じゃなくても、カメオ出演みたいにふらっと現れて、その後どうなったのか触れてくれたらいいなと思います。
宮部さんの他の作品の登場人物で、そういったことがあったので。
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