Flour of Life

煩悩のおもむくままな日々を、だらだらと綴っております。

カズオ・イシグロ「充たされざる者」

2018-12-20 17:04:44 | 読書感想文(小説)


みなさんどうもこんにちは。連日の投稿です。
ただ、クリスマスの後にまた上京するので、今年の投稿は多くてあと2回くらいになると思います。全日本フィギュアの感想が書けるといいんだけど。。。

はい、それでは記事タイトルにある、カズオ・イシグロの「充たされざる者」について。

カズオ・イシグロといえば綾瀬はるか主演でドラマ化もされた「わたしを離さないで」とか、アンソニー・ホプキンス主演で映画化された「日の名残り」が有名なんじゃないかと思いますが、この「充たされざる者」は著者三作目の「日の名残り」の次に書かれた小説で、1995年、今から20年以上前の作品です。ちなみに「わたしを離さないで」は2000年発表です。私が最初に読んだカズオ・イシグロ作品は「わたしを離さないで」なので、発表順と逆になってしまいましたが、まあ致し方ありません。というか他の作品も発表順を考えずに読んでるので、いまさら気にすることではないのですが。

「充たされざる者」は、世界的ピアニストのライダーが、「木曜の夕べ」という催しで演奏するために、ヨーロッパのある町を訪れるというお話です。これだけ読むと、私のように荒んだ心の持ち主は「ははん、クライマックスは世界的ピアニストの名演奏で町の人たちが感動するって筋書きだな」と斜に構えてしまいがちなのですが、いざ読み進めて見るとなんでしょう、文庫版で900頁以上もあるこの小説、「京極夏彦かよ」と突っ込みたくなるほどボリュームのあるこの小説、読んでも読んでも、ページをめくってもめくっても

…何が何だかわからない…

ライダーの滞在先のホテルの従業員、その家族、町で出会う人々、みんながまるで即興芝居をしているかのように言ってることがわからない。いや、文章としては成立してるけど、その言葉の背景が全く読み取れない。序盤からかなりすっとんだ展開だったので、この時点ではライダーは異次元の世界に紛れ込んでしまったのか、ラストでは「メネメネケテルウパルシン」と叫ぶんじゃないかとハラハラしました。が、ライダーが不条理な世界で混乱するのではないかというこちらの心配は杞憂でした。ジェットストリームアタックのごとく次から次へとぶっこまれてくる謎の展開に、ライダーは意外と順応するのです。周囲に振り回されはするけど、納得して、自らの意思でそうなったかのように振る舞います。さながら、宮沢賢治の「注文の多い料理店」を訪れた2人のように。いや、あれよりはもうちょっと抵抗してるかな?

ライダーが町に到着してから「木曜の夕べ」が始まるまで、物語は不条理に不条理を重ねて進み、読んでるこちらは「突っ込んだら負け」だと忍耐を強いられることになります。あの、切なくも美しい、老執事の回顧録を描いた「日の名残り」の作者とは思えないほど物語の展開がぶっ飛んでいて、正直、読み終えた時はこの小説を読んで感動したとか怒りを覚えたとかじゃなくて、ただただ

疲れた。

という言葉しか頭に浮かびませんでした。

ところで、この小説を読んでて私が頻繁に感じたのは、「夢でこういうシチュエーションあったよな」という感覚でした。たとえば、

“海外旅行に行こうとして国際線の飛行機に乗ったものの、財布の中に100円しか入ってなかった”

とか、

“出かけようとしたら服がない。仕方ないのでパジャマで出かけるけど、なんか気まずい”

とか、

“どうしても行かなきゃいけない場所があるのに、周りに邪魔されて行けなくてじたばたする”

とか。最後のはそのものスバリが小説の中に出てきますが、もうわが事のようにもどかしくてたまりませんでした。ストレスフルです。しかしろくな夢見てませんね、私。
このもどかしさは、最近見た映画「へレディタリー/継承」につながるものがあります(この映画は怖すぎたので感想を書いてませんが、万が一もう一度見る機会が訪れたら、感想を書くかもしれません)。あっちとこっちと、共通点はあまりないのですが、「魔が差す」ことの怖さみたいなのは通じるものがあるんじゃないかなーと思います。いや「充たされざる者」はあそこまで怖くないけど。多分。きっと。それに「へレディタリー/継承」の場合、魔が差してるんじゃなくて、最初から魔にぶっ刺されてたわけだけど。

途中まで「この登場人物とこの登場人物の関係には秘められた意味があるんじゃないか」とか深読みしようともしたのですが、そうするとものすごく疲れたので、結局最後は「考えるな、感じろ!」のノリで読んでしまいました。この本を担当した出版社の人は、できあがった原稿を読むの大変だったろうなと同情します。

物語の展開があまりに破天荒だったので、もしかしたら最後は夢オチなんじゃないかと疑いましたが、そうではなくてもっと予想外な終わり方だったので、“よくここまでやりきったな…”と感心しました。

最近、ドラマ特に朝ドラの脚本家が「伏線回収できてない」「破綻している」「誠意がない」などと叩かれてるのをネットでよく見ますが、そういう人にこそこの「充たされざる者」を読んで欲しいなと思いました。ええ。いやマジで。


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