Flour of Life

煩悩のおもむくままな日々を、だらだらと綴っております。

アンデシュ・ルースルンド&ステファン・トゥンベリ「熊と踊れ」

2017-05-24 23:34:22 | 読書感想文(海外ミステリー)


スウェーデンで実際に起きた強盗事件をモデルにした小説、「熊と踊れ」を読みました。
最近では「実話をモデルにしたフィクション」があまりに多くて新鮮味がないように思えますが、この小説は一味違います。というのは、著者の1人のステファン・トゥンベリはなんと、小説のモデルになった強盗犯の実の兄弟だからです。私は予備知識なしで読んだので、読み終わってから訳者のあとがきでそのことを知って驚きました。それと同時に、この小説が犯罪小説でありながらもうひとつの一面を持っていた理由がわかる気がしました。

父親の暴力に支配された家庭で育った、レオ、フェリックス、ヴィンセントの三兄弟。彼らは幼馴染のヤスペルとともに、軍の倉庫から武器を大量に盗み、史上例のない銀行強盗を計画し、実行する。市警のヨン・ブロンクス警部は、彼らの事件を捜査するために執念を燃やすが…



※ここから先は若干のネタバレがありますのでご注意ください。






父親の暴力から逃れ、束縛されずに生きるために支え合う三兄弟。幼馴染のヤスペルを含む4人の強盗団の手口は鮮やかで、警察はなかなか彼らを捕まえられない。自分の住んでる町で同じことが起きたらゾッとする状況です。当時スウェーデンに住んでた人たちはさぞ恐ろしかったでしょうね。
彼らが警察に捕まらないのは、用意周到に練られた計画と、固いチームワークがあるから。そして、4人とも逮捕歴がなくて、警察の手元に彼らと結び付けられるものがないから。リーダーのレオの指揮のもと、彼らは計画を遂行する…って言うとかっこよく聞こえるけど、まあ世の中そんなにうまくいきませんよね。

この物語は、いくつものパートにわかれ、さまざまな目線で語られています。レオたち犯人から見た、銀行強盗を仕掛ける現代のパートと、彼らの子供時代の、父親の暴力に縛られていた頃のパート。レオの恋人で犯罪に手を貸しているアンネリーから見た現代のパート。息子たちに去られ孤独に暮らす父親イヴァンのパート。そしてもちろん警察側の人間、ブロンクス警部のパート。細かく分けるともっとあります。読んでる最中は、話があっちに飛びこっちに飛びしてややこしく感じる時もありましたが、実際に起きた事件をモデルにした場合、多くの視点で語ること、加害者側に偏らないようにすることは大事なんでしょうね。主人公の強盗犯が、不幸な生い立ちだったとしても。

レオたちの銀行強盗は割とあっさり、そんなに大変そうじゃなく描かれているのに対して、彼らの生い立ち、父親との間に起きた過去の出来事は、重く、丁寧に、息苦しくなるほどじっくり描かれています。北欧の小説は、暴力に支配される人たちの描写が他よりも暗くて重い気がします。特に、男性から女性への暴力の描写が容赦ない。この「熊と踊れ」には、暴力をふるっていたイヴァンその人の視点で語られるパートもあって、そこを読むときはひやひやしました。暗い沼を覗き込むような気がして。うっかりすると、引きずり込まれるような気がして。

その、イヴァンの沼に引きずり込まれた、でも本人は自覚していない、のがレオでした。父親の支配から逃れたいのに、意思とは逆に父親と関わってしまう、近寄ってしまう。そうすることで弟たちから信用を失ってしまうというのに。父親と連絡を取り続けるレオから、離れていく弟たち。それを理解できず、父親と同じく弟たちをねじ伏せようとしてしまうレオ。負の連鎖です。彼の中では、何も間違っちゃいないのに。

混乱するレオに取り残され、孤独に苛まれるアンネリーもまた、この負の連鎖の被害者でした。彼女がどういった人物なのか、あまり詳しく書かれていないのでよくわからないのですが、幼い息子がいて、その子は父親に引き取られているようです。お金が出来たら息子を引き取りたいと思っていたみたいですが、そのお金は犯罪で手に入れたお金です。そんな発想をしてしまう彼女に同情はしづらいですが、最初の計画の段階から強盗に協力しているというのに、アンネリーがレオたち4人の輪の中に入れてもらえないのは気の毒に思いました。

不協和音が生まれた強盗団の末路は、想像したのよりソフトだったので「え?そんなんでいいの?」と、ちょっと肩透かしを食らいました。でももしもっと悲劇的な結末を迎えていたら、さすがに共著といえども小説にすることはできなかったでしょうから、私の見当違いですね。ただ、読みながら「こいつが絶対足引っ張るだろうな」と思わせるフラグ立てまくりの人物がやっぱり予想通りだったので、彼の存在がフィクションなのかどうか気になります。リアルにいそうだし、いたらいたで本人この小説読んでブチ切れてそうだし。

ブロンクス警部は、犯人にたどりつく重要な証拠を手に入れるとか、なんかものすごいアクションを披露して大活躍するとかそういう人ではなかったのですが、この事件の背景と共通する社会の闇を抱えていて、なかなか惹かれるキャラクターでした。彼の物語は、この小説の中では不鮮明に終わってしまったので、別の作品で再登場してほしいです。ブロンクス警部と彼の兄サムの間に何が起こったのかを。

ところで、北欧に限らず海外ミステリーの魅力のひとつに、舞台の国の文化・風俗に触れることができるというのがあります。この小説でも、これまで知らなかったスウェーデンのあれこれを知ることができました。クリスマスのごちそうに何を食べるかとか(ハムにパン粉つけて焼く料理ってどんなだ)いったソフトなものから、スウェーデンの刑務所事情についてまで。捜査の手がかりをつかむために、服役中の兄に会いにブロンクスが刑務所に行く場面があるんですが、スウェーデンの刑務所って、面会に来た人のために囚人がケーキを焼いたりできるんですね。前にテレビで刑務所内部の様子を見たことがあるけど、ケーキを焼いてもてなすとか、想像できませんでした。その他にも面会室にベッドがあるとか(何のためとか聞かないで)、国によっていろいろ違うんだなあとカルチャーショックを受けました。

北欧は、日本のテレビやネットで取り上げられている情報では、教育や福祉の面が進んでいて理想的みたいに言われがちですが、こういった暗い面もあるということを小説や映画で発信しているのはすごいことだと思います。作中に出てきたクソガキがフィンランドからの移民だったことについては、お隣の国なのにいいんだろうかと不安ですが。怒られないのかな。

久しぶりに小説の感想を書いたら、すごく時間がかかりました。書ききれなかったこともあるけど、この所説はハリウッドで実写映画化するらしいので、続きはまた映画を見た時にでも。


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