Flour of Life

煩悩のおもむくままな日々を、だらだらと綴っております。

ケン・リュウ「紙の動物園」「もののあはれ」

2017-06-04 17:26:55 | 読書感想文(小説)


話題のSF作家、ケン・リュウ氏の短編集、「紙の動物園」と「もののあはれ」を読みました。もともとは一つの短編集だったのを、文庫化にあたって2冊に分けたそうです。文庫2冊買っても、ハードカバー(?)1冊分よりも安いのでお買い得です。ってそういう問題じゃないか。

この短編集は、芥川賞作家でお笑い芸人の又吉直樹がテレビで紹介したことも話題になっているそうですが、別に又吉効果で売れているわけじゃなくて、表題作の「紙の動物園」はSF小説に与えられる英語圏のメジャーな賞を3つ制覇しているほど、もともと評価が高い本だったそうです。逆に、SFファンの間では「又吉なんかに推薦されたくない」と拒絶反応を示す人もいたくらいで(たまたまSNSで見た)。

私としては、又吉が推薦してるということは科学的というより純文学的な、若干めんどくさそうな小説なのかなと予想していたのですが、読んでみたらそんなことはありませんでした。全然、ということではないのですが、観念的なめんどくささではなく、SFにありがちな想像力を必要とするめんどくささがありました。私の石頭では、文字だけで表された未知の世界を理解するのは大変でした。おかげで、1回読んだだけでは理解が足らず、続けてもう1回通して読む羽目になりました。それでもまだ完全に理解できた気はしないけど。

というわけで、2回読んだ現時点での私の感想です。できるだけネタバレは避けました。

「紙の動物園」
中国人の母とアメリカ人の父を持つジャック。母は幼い彼に包装紙を折って虎を作り、命を吹き込んだ…。と聞くと、ディズニーアニメのような情景が目に浮かぶけど、その背景と母の思いを知る結末には、胸が痛くなりました。世界中にチャイナタウンができる理由が、わかる気がする。既に2回読みましたが、何度でも読み返したい名作です。

「月へ」
物語の背景にあるものは「紙の動物園」と同じですが、こちらのほうがもっと現実的。SFというより社会派の小説に思えましたが、現実世界の問題を空想の世界に投影して表現しているのはとても興味深く感じました。これも読み返したいけど、現実世界の物語が重すぎて少し辛い…と言ってたらこれ以降の話も読めなくなるのですが。

「結縄(けつじょう)」
縄に作った結び目を文字替わりに記録を残す文明を持つアジアの少数民族が、西洋人から知的財産を奪われる話…なんて説明しかできない自分が憎い。おのれの想像力を試される作品。映像化できるならやってほしいけど、絶対できっこない、というかできてほしくないという複雑な気持ちです。

「太平洋横断海底トンネル小史」
内容はほぼタイトル通り。歴史の知識があるなしで評価が分かれそうな作品ですが、登場するどの国の側に属するかでも評価が分かれそうです。又吉は表題作の「紙の動物園」だけでなく、これも読んだ上でこの本を紹介したんでしょうか。今の日本でそうするのは勇気がいることだと思うのですが。でも、個人的には、政治的背景を問うというより、普遍的な人間の業を描いた作品だと思います。

「心智五行」
漂流する宇宙船で唯一生き残った女性が、たどり着いた星の男性と恋に落ちるような、そうでないような話。ここに来て予想外のSFラブストーリー。途中、「竹取物語」っぽいところがあったのがおかしかったです。知識があれば、東洋医学VS西洋医学の物語として楽しめたのでしょうが、私にはその知識がまったくない…よよよ。

「愛のアルゴリズム」
プログラマーでもある著者らしい、ちょっとひねった表現のある作品。会話できる人形のプログラミングをつきつめていくうちに、たどり着いた結末にはぞっとしました。といっても人形自体に罪はないんだけどねぇ。主人公の女性の喪失感が沁みる、悲しい物語です。

「文字占い師」
父親の仕事の都合で、アメリカから台湾にやってきた少女。学校でいじめられていた彼女は、文字占い師を名乗る老人と少年に出会い…。途中に出てくるショッキングなシーンに(何がどうとかはあえて書かないけど)激しく動揺してしまいましたが、強大な力に動かされる小さな人々の悲しみが伝わってくる作品でした。自分に歴史的な知識がないのをもどかしく感じたので、調べたうえでまた再読しようと思います。


ここからは「もののあはれ」収録作品。

「もののあはれ」
巨大小惑星との衝突が迫る地球から、はるか宇宙へと出発した人類。しかし宇宙船に危機的状況が発生し…。作中に出てくる、「地球滅亡の危機が迫る中、パニックに陥らずに粛々と行動する日本の人々」というのは東日本大震災で広められた日本人のイメージなのかなと思うのですが、そのイメージに懐疑的な自分としては、ちょっともどかしかったです。主人公とその恋人の会話に出てくる「日本のマンガに出てくるロボット」は、最初はマジンガーZみたいな戦闘型ロボットを想像していたのですが、ラストで思い起こされたのは鉄腕アトムでした。「地球はきれいだなぁ」

「潮汐」
巨大化する月に立ち向かう父親と、彼に寄り添う娘の話。この小説でも地球は滅亡の危機にあるのだけれど、全体的にコメディタッチで悲壮感はあまりありません。ぜひ短編映画として映像化して欲しい作品です。日本なら誰だろう。福田雄一?

「選抜宇宙種族の本づくり習性」
この2冊の短編集の中で、特に好きな作品のひとつ。出てくるそれぞれの種族と彼らが作る「本」を頭の中で映像に変換することは無理でしたが、その分、形に囚われない自由さがあって面白かったです。でも最後に出てくるカル’イー族の本は、映像で見てみたいかな。

「どこかまったく別な場所でトナカイの大群が」
主人公たちの住む世界がどういったものなのかを、想像することを拒否するかのような突き抜けた内容の作品。それなのに、母と娘の別れは普遍的に切なくて悲しくて、希望に満ちている不思議な作品。それにしてもどうやったらこんな世界を創造できるんだろう?

「円弧」
科学技術の発展によりもたらされる“永遠の命”という、実にSFらしいテーマの作品。けれどこの「円弧」の場合、生命倫理を問う重厚なSF小説というより、1人の女性の一代記といった感じでした。主人公リーナの青春時代から晩年まで、波乱万丈の人生をたどっていくのは面白く、彼女からパワーをもらった気になりました。一番頭に残った言葉は「トランス脂肪酸」だけど。諸事情によりこれも映像化が難しそう。

「波」
これも“永遠の命”を扱った作品。「円弧」の舞台が地球だったのに対して、こちらは宇宙空間に旅立った人類の物語。想像力が限界を突破して展開の予想ができなかったけど、結末は余韻の残る美しいものでした。なぜか脳内では竹宮恵子絵で再生されました…。「地球へ」のイメージ?

「1ビットのエラー」
科学と宗教は相反するものなのか、それとも同じことを違う視点で見ているだけなのか。巻末の解説によると、作者のケン・リュウはこの作品を完成させるのに七転八倒した模様。SF小説家テッド・チャンの短編「地獄とは神の不在なり」にインスパイアされたそうなので、テッド・チャンの作品もこれから読む予定(既に購入済み)です。理解できるかしら…ドキドキ。

「良い狩りを」
いよいよ最後の作品。妖怪退治師を父に持つ少年と、妖狐の少女の物語。読み始めてすぐに「あー異類婚姻譚かあ」と少し興味を失ったのが、終盤からの意外な展開に驚き、最後まで読んで清々しい気分になりました。機械化の進む中で住む世界を失う親世代の悲しみと、一度は踏みにじられてもしたたかに生き抜こうと立ち上がる子供たちの逞しさが描かれている傑作です。ノスタルジー溢れる紙の虎から始まった短編集が、都会の闇を走る妖狐で終わるのは意図的なものかわかりませんが、読み終えた後はなんだか魔法にかかったような、不思議な気持ちよさに浸れました。

先にも書きましたが、この短編集を作るにあたって、ケン・リュウが影響を受けたとされるテッド・チャンの短編集を入手したので、これからじっくり読んで楽しみたいと思います。難解なんじゃないかという不安があるのですが、果たして完璧に理解できるでしょうか?頑張れ私!



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