Flour of Life

煩悩のおもむくままな日々を、だらだらと綴っております。

広瀬正「マイナス・ゼロ」

2011-09-04 01:13:21 | 読書感想文(小説)




1945年の東京。空襲のさなか、浜田俊夫少年は爆撃にあった隣人の「先生」から、いまわの際に
不思議な頼みをきく。18年後の今日、ここに来てほしいと言うのだ。
そして18年がたち、約束の場所を訪れた俊夫の前に現れたのは―それは「先生」が密かに
所有していたタイムマシンであり、その中には「先生」の娘である啓子さんが乗っていた。
俊夫は、18年の空白にとまどう啓子を世話するが、彼女が眠っている間に好奇心に負け、
タイムマシンを起動させてしまう…


タイムトラベルを題材にした小説はいくつもありますが、この「マイナス・ゼロ」が発表されたのは
1970年、昭和45年です。いまから40年も前ですが、読んでいて古臭く感じるところはなく、むしろ
昔懐かしい昭和の風景が、SF映画に出てくる未来都市のようで興味深かったです。

※ここから先はネタバレあります。要注意!!

現代の人間がタイムマシンで過去に行くとどうなるかは、小説(作家)によってさまざまです。
太古の昔に虫を一匹殺しただけで、未来の世界がまったく違ってしまったり、
歴史が変わるようなことをしようとしても、「歴史の修正力」によって帳消しにされてしまったり、
過去に来たと思ってたのが実は未来だったり、パラレルワールドにはまって元の世界に戻れなくなったり。
そういや「ドラゴンボール」もタイムトラベルとパラレルワールドの設定を一部使ってましたね。
ドラえもんも大元の設定が「未来の世界にいる孫が自分の先祖を助けるために過去の世界にロボットを
送り込む」というタイムトラベルものですし。なんか、ほんとにいろいろあるなぁ。

「18年後の今日、ここに来てくれ」と頼まれ、実際行ってみたらそこには18年前に行方不明になった
隣家のお嬢さんがいた。しかも、18年前と同じ姿で。自分が同じ状況に遭遇したら「うわ!」って
驚くと思うんですけど、なぜか主人公はあまり驚きません。ついでに18年後の未来にやってきた
お嬢さん・啓子も意外と動揺せず、18年後の未来にすぐに馴染んでしまいます。
せっかくタイムトラベルしたんだからもっと驚けよ、と突っ込みたくなりましたが、18年じゃ
そんなに驚くほど世界は変わってないのかもしれませんね。
登場人物の中で、俊夫が一番現代に近い時代を生きているので、俊夫を現代人のように錯覚して
しまったからというのもありますが。

タイムマシンの出てくるSF小説だから、いったいどんな奇想天外な事件が起きるのやら…と思って
読んでみたら、歴史を揺るがすようなものすごい出来事もなく、わりと物語は淡々としていました。
昭和38年の世界に啓子を置いていったまま昭和7年に来て、うっかり帰れなくなっても落胆することなく
昭和7年の世界に居ついてしまう。周りもちょっと未来から来た、正体不明の男である俊夫を怪まず
そのまま受け入れる。読みながら思わず
「おい、タイムマシンが消えちゃったんだからもうちょっと落ち込めよ」とか
「身元のわからない男を気軽に居候させるなよ」とか
「そんな簡単に大金渡しちゃっていいのかよ」とか、あまりのおおらかさにこっちが気を揉んで
しまう場面が多々ありましたが、細かいことは気にせず、つまづいてもすぐに起き上がるタフさが
ちょっとうらやましく感じたりもしました。些細なことでくよくよしてたらやっていけない時代だった
のかもしれませんが。

タイムマシンをめぐる攻防とか、未来から来た俊夫が歴史の大事件にまきこまれるとか、そういう
派手なエピソードはでてきません。でも、ノスタルジイを感じさせる昭和初期の描写はとても温かく
ほのぼのとしていて、作者の当時の東京・銀座への深い愛情が伝わってきて面白かったです。
私なんかの知識では、昭和7年の銀座がどんなところだったのか想像もできず、きっと交通の便も
悪くて、今ほどにぎわってなかったんだろうな…くらいに思ってました。ところが、この小説に
出てくる銀座は驚くほどモダンで人通りが激しくて、そこは時代の最先端であるという空気に
満ちていました。いや、現代に比べれば設備や置いてあるものは二歩も三歩も古いんですが、
未来を信じる気持ちと、前に向かって進もうとしている現在を生きる充足感が感じられたので。
そういう気持ち、ここ数年で味わったことあったかなぁ…と。

太平洋戦争が終わった後の東京でも、俊夫の周りの人々は悲観的になることなく、したたかに
戦後の動乱の時代をさくっと生き抜いてました。まあ、その当時の人たちがみなそううまくいった
わけではないので、もう少し暗い展開があってもよかったんでないの?とも思いましたが、
俊夫の周りにいる人たちなら、素直であっけらかんとした性格だったから、暗い出来事もあっさり
はねのけられたでしょうね。
いきなりやってきた18年後の未来にすぐ順応した啓子のように、あんまりくよくよしないのが
幸せになるコツなのかも…なんて思いつつわが身を振り帰り、じっと手を見る私。

「実は先生の正体は…」「ひょっとしたら啓子は…」とあれこれ推理しながら読みましたが、
その予想は半分くらいあたって、また半分くらい外れました。まあ、別に謎解きだけが目的で
読んでるわけじゃないからいいのですが、それにしたって、まさか昭和38年にやってきて数日の間に
啓子が俊夫の子供を妊娠してしまうなんて誰も思いつかんがな!最終章でその話がいきなり出てきたとき、
思わず「ええ!?」って声あげちゃったよ!!いくら大人っぽく見えるからって相手は18歳の
少女だぞ!俊夫、お前に理性というものはないのか!!今だったら淫行罪だ!!
作者の広瀬さんがやりたかったこと「自分の親はタイムスリップした自分自身だった」はわかるけどさ…。
ほかは気にならないのですが、そこだけ設定が強引に感じて残念でした。それ以外はまったく違和感なく、
面白く読めたのですが。

集英社文庫からは、広瀬正・小説全集として、この「マイナス・ゼロ」を含めて6冊の本が出ています。
「マイナス・ゼロ」がとても面白かったので、ほかの5冊も近々読むつもりです。
ちなみに「マイナス・ゼロ」の解説はなんと星新一さん。短いながらも味わい深い文章を寄せられてます。
他の文庫にも小松左京氏ら著名なSF作家の方々が書かれているそうなので、本編のみならずそちらも
読むのが楽しみです。





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