Flour of Life

煩悩のおもむくままな日々を、だらだらと綴っております。

ピーター・スワンソン「そしてミランダを殺す」

2020-05-28 23:36:52 | 読書感想文(海外ミステリー)

ピーター・スワンソンの「そしてミランダを殺す」というミステリーを読みました。
読んだのはGW前なので、もう随分時間が経ってしまいましたが、面白かったので、まだ読んでいない人にお勧めしたいと思い、なるべくネタバレせずに感想を書こうと思います。


実業家のテッドは、ヒースロー空港のバーで見知らぬ美女リリーと出会う。酒の勢いでテッドは妻ミランダに浮気されたことをリリーに打ち明け、「妻を殺したい」とまで言ってしまう。するとリリーは彼の言葉に賛同し、ミランダを殺すことに協力すると申し出た。
2人は綿密な計画を立て、ミランダを殺す計画を着々と進めるが、決行日が近づいてきたとき、思いもよらぬ事件が起きてしまい…


「そしてミランダを殺す」の原題は"THE KIND WORTH KILLING"で、小説を最後まで読むとこのタイトルが細かくパートが分かれた小説をひとつにまとめあげている ことがわかるのですが、邦題は邦題でリズミカルなところが気に入ってます。「急いで口で吸え」みたいな?(←古いわ)

妻が工事業者の男と浮気していると気づいてショックを受け、酒で気を紛らわせているところに現れた謎の美女。この時点でヤバい雰囲気が漂いますが、ここから更に男は「妻を殺したい」と美女にこぼし、美女は「そうするべきだ」と男の言葉に賛同する…と、話は間違いなくヤバい方向に突き進んでいきます。おい、これ絶対罠だって!美女は妻から差し向けられた刺客かもしれないぞ!目を覚ませテッド!…とまあ、文庫本の裏表紙にあるあらすじを読んだ時点ではそう予想してました。だがしかし真相はどうだったかというと、ネタバレになるから書けませんがとにかくびっくりします。ほんとに驚きます。本気と書いてマジに、です。

小説の冒頭、テッドの視点から描かれたリリーは、その容姿と雰囲気の描写がとても良くて、いかにも謎めいた、これから大きな事件を起こしそうな美女が現れたぞ、と読者にわかりやすく伝えてくれます。そのわかりやすさも、最後まで読むと違う意味を持つのですが、それが何なのかは読んでからのお楽しみということで、ここでは省かせていただきます。

さて、謎の美女リリーですが、彼女がどういう人物なのかは、小説が始まってまもなく彼女の一人称で語られます。リリーという女性の半生が。彼女の育った環境、両親、思春期、そしてテッドに出会うまでが、テッドの一人称による現在進行形の殺人計画と交互に。しかし、読み進めてもテッドの現在とリリーの過去になかなか接点が見えず平行線というかねじれの位置みたいになってて、リリーがなぜテッドに協力する気になったのかがわかりません。なので途中で、リリーにとってターゲットはミランダではなくテッドなんじゃないかとか、リリーとテッドは過去に何かあったんじゃないかとか、もしかしたらこれは叙述トリックが仕掛けられていて、読者をミスリードしようとしてるんじゃないかとか、何度も疑いました。それというのも、リリーという女性の思考と感情がつかめなくて、彼女の一人称のパートを信じていいのかどうかわからなくなってしまうからです。理解できたのは、リリーが14歳の時、母親が家に招き入れたアーティストもどきの中の1人、チェットという男に対して彼女が抱いた感情だけでした。ここのくだりはあまりに酷いので、人によっては読むのがとてもつらいかもしれません。自分がそうだったから気になるのかもしれませんが。

14歳の時の出来事がきっかけなのか、もしくはそれ以外にも理由があるのか、その後のリリーの人生は「え、そこまでやるの?」とドン引きするほどメーターが降り切れてます。その彼女も、小説の中盤で物語が大きく動いた時、感情を大きく動かして人間らしさを見せるのですが、そこから先の行動がまた振り切れてて、清々しさすら感じられます。ネタバレしないように書いてるので、うまく説明できなくてもどかしいですが、簡単に言うとリリーというキャラクターは特異すぎるので、彼女を理解することに腐心しながら読むと、疲れてしまって小説を楽しめないと思います。そういうのは、一度最後まで読んで、気持ちを落ち着かせてからやった方がいいと思います。最初は、主人公と言えども少し突き放して読んだほうがいいです。もちろん、最初からリリーに共感しまくってる人にはそんな心配無用でしょうけど。個人的にはそういう人とお近づきになりたくないですが…怖すぎる。

テッドの妻ミランダは、夫の目を盗んで浮気するのですからひどい女ではありますが、彼女の一人称で語られるパートを読むと、恐ろしいことにミランダにも五分の魂、じゃなくてちょっとは共感できるところもあるのですから不思議なものです。いや、やってることは何から何まで肯定できないんだけど。読んでるこちらとて完全なる善人ではありませんから、その心の隙をついてくる、著者の文章力のお陰だと思います。読みながら「うんうんそうかー、なるほどなー…いやいやいや、アカンやろ!」と突っ込んだことか。逆に、「社会的に成功しているけど、妻には浮気されてる被害者」であるはずのテッドにも、手放しでかわいそうねと憐れまれるだけで済まない面もあるところが上手いです。ミランダの浮気相手、工事業者のブラッドにも五分の魂、てか。

小説の世界を形作る、登場人物の描写についてばかりダラダラ書きましたが、小説に頻繁に出てくる、テッドとミランダが家を建てる町、メイン州南部のケネウィック(架空の町?)に漂う澱んだ空気もまた、小説の世界観をうまく表していて面白かったです。成功するとかしないとか、イケてるとかイケてないとか、そういうジャッジの俎上に上がることもなく日々を過ごす人たち。テッドが家を建てようとした場所がどんなところなのか、ものすごくよく伝わってきました。親近感ありすぎて。多分、日本の9割がケネウィックみたいな町なんだろうなぁ。

というわけで、何が言いたいのかわかりにくいままここまで書いてしまいましたが、「行きずりの美女と浮気した妻の殺害計画を立てる男の話」は、展開が予想外の割に、正直なところ結末はオーソドックスです。最初読んだ時は火曜サスペンスのラストみたいだなと思いました。でも後になって思い返すと、こういう結末にしないと物語が終わらないな、と納得できました。続編を作るのは相当難しい話だし。続編があるのなら読んでみたい気もするけどね。

長い割に内容の薄い文章になってしまいましたが、小説自体はとても面白いので、お勧めします。映画やドラマのように視覚に訴えるものと違って、小説は読んでる途中で驚くことがあまりないと思いますが、この「そしてミランダを殺す」は、大体半分くらい読んだところで読者はみんな驚くはずです。ステイホームの日々でケネウィックの町のような閉塞感にお悩みの方も、これを読めば何かが変わる、かもです。