今日の仙台、朝からそれほど強くない雨が降っていましたが、午後2時を過ぎたあたりから雨がやみ部分的に青空がのぞきました。最高気温は27℃くらいでしたが蒸し暑かった。
昨日は、先の大戦で日米合わせて約20万人が犠牲になった沖縄戦の戦没者を追悼する「慰霊の日」でした。追悼式で、「平和の詩」を朗読した伊良波小学校6年の城間一歩輝(いぶき)君の言葉に感動しました。一部を引用します。
毎年、一歩輝君と弟は慰霊の日に祖母の家に行って仏壇に手を合わせウートートー(拝むこと)をするそうです。
「一年に一度だけおばあちゃんが歌う『うんじゅん わんにん 艦砲ぬくぇーぬくさー」泣きながら歌っているから悲しい歌だと分かっていた。あの戦の時に死んでおけば良かった』と言うから僕も泣きたくなった。沖縄戦の激しい艦砲射撃でケガをして生き残った人のことを「艦砲射撃の食べ残し」と言うことを知って悲しくなった。」
祖母は負傷して「艦砲射撃の食べ残し」と言われて苦しんだという。それでも一歩輝君はおばあちゃんが生きてくれて本当によかったと思うと言う。そのことを祖母に言うと「生き延びたくとぅ ぬちぬ ちるがたん」生き延びたから命つながったんだねとおばんちゃんが言った。
80年前の戦争で一歩輝君の祖母が負った心と体の大きな傷は今もって消えない。人の命を奪い苦しめる戦争をおこさないために祖母からきいた話を伝え続けていくという決意を述べて一歩輝君は詩をしめくくる。
沖縄弁を語る祖母との交流をとおして反戦を訴える一歩輝君の詩にはリアリティがある。説得力がある。
おずんつぁんは小学校5年生の時だった記憶しているが、学校の集団映画鑑賞で今井正監督『ひめゆりの塔』(1953年)をみた。津島恵子、香川京子、岡田英次などの俳優が出演。沖縄戦で陸軍病院に動員された沖縄第一高等女学校と師範学校女生徒たちの「ひめゆり学徒隊」の悲劇を今井正監督が映画化した。詳しい内容は忘れてしまったが、見終わった後ひどく悲しく暗い気持ちになったことだけは覚えている。戦争とはこんなに惨たらしいものなんだ、という意識が残った。「ひめゆりの塔」は反戦映画の傑作だと思う。
最近、歴史修正主義者のある国会議員が沖縄戦の事実と真実を捻じ曲げるような見解を述べ、世間から厳しく批判された。この議員には一歩輝君の『平和の詩』を読み、今井正監督の『ひめゆりの塔』をみてもらいたいですな。
なお、今井正監督自身が語る回顧談を、NHKラジオ第1「放送100年保坂正康が語る昭和人物史」(聞き逃し番組)で聞くことができます。今井監督の明快な語り口が魅力的です。
生前の義父がよく歩いていた坂道に柘榴の木があり、花が咲いていました。
この坂を義父も歩きぬ柘榴花 みちのく梵論師
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