〔資料〕
「人の尊厳認めぬ暴言 生産性、この短絡で低劣な基準」
毎日新聞/「松尾貴史のちょっと違和感 」(2018年7月29日 04時02分)
☆ 記事URL:https://mainichi.jp/articles/20180729/ddv/010/070/010000c
杉田水脈衆議院議員が性的少数者(LGBTなど)の方たちについて、「生産性がないので税金で支援するのはおかしい」と語った。
この場合の生産性とは何を指しているのだろうか。言葉自体は対象が限定されているように見えるが、これは性的マイノリティーだけに向けられた問題ではない。介護されている人、障がいを持つ人、さまざまな事情を抱えて生きている人は多い。しかし、目に見える「生産性」という、いたって短絡で低劣な基準で、何かを生みださなければ公的に支援する価値が無いという思想は、社会全体にとっても危険極まりない。人はそれぞれ生き方があるという尊厳を認めずに国会議員がこのような暴力的な言葉を垂れ流すというのはいかがなものか。
この「生産性」が、子を作らないということを指すのであれば、そういう人は総理大臣をはじめ与党の政治家の中にも少なからずいるだろうけれど、彼ら彼女らにもその基準を当てはめるのだろうか。どう考えても差別意識から出た発言であり、あまりにも愚劣である。
この杉田議員は、雑誌やその他のメディアでも、差別的な発言を繰り返している。保育施設が不足している問題については、「待機児童なんて一人もいない。待機しているのは預けたい親でしょ」などと語っている。これはギリギリのところで子育てをしながら生活している世の中の女性たちに対して、あまりにも配慮と想像力を欠く暴言だと思う。
仕事に出る前に、雨の日も風の日も、自転車の前と後ろに幼子を乗せてバラバラの保育所や託児所に送り届けてから出勤する。子供が熱のひとつも出そうものなら、病児保育ができる施設を大慌てで探さなくてはならない。こんな状況で、子供を産み育てたいという女性が増えないのは当たり前ではないか。
こういう人物を、中国ブロックで比例単独で1位に据える自民党が長きにわたって政権についていることも少子化の原因になっていると考えるのは不自然ではないだろう。この問題発言について、自民党の二階俊博幹事長が「人生観はそれぞれ」などと擁護しているが、「子を産まないのは身勝手」という持論を持っている自身と同質なのだろう。
また、杉田議員は性暴力を訴えている女性ジャーナリストについて、「女として落ち度がある」と言っている。百歩譲ってその女性に「落ち度」があったのだとしても、性暴力自体が容認されることになるはずがない。また、財務省の事務次官による女性記者へのセクハラについては、その騒ぎを「現代の魔女狩り」と評し、「男女平等は絶対に実現し得ない、反道徳の妄想」という、前近代的で野蛮な妄言をも吐いている。
昨年あれほど問題視されマスコミから総攻撃を受け自民を離党せざるを得なくなった豊田真由子元議員の問題は、暴力行為が絡んでいたり、それまでの問題もあったりしたようだが、この杉田議員の発言はそれをはるかにしのぐ悪質さだ。
この議員はこれまで、みんなの党、日本維新の会、次世代の党(後のこころ)と渡り歩き、現在は自民党の比例で当選している。比例単独で、この人の人柄や能力に投票した人がそれほどいるとは思えないが、自民党に投票すればこういう人が議席を獲得してこのゆがんだ社会観を垂れ流し続けることになるということか。有権者は牢記(ろうき)して、選挙の時には必ず考慮すべきことだろう。
こんな人物を国会議員として許容している国民だと、諸外国から思われてしまうことに強い羞恥を覚える。一刻も早く議員を辞職して、願わくは人権に影響する職業には就かないでほしい。彼女こそ議員として「非生産」であり、国民の金で養うべきではない。(放送タレント、イラストも)
「人の尊厳認めぬ暴言 生産性、この短絡で低劣な基準」
毎日新聞/「松尾貴史のちょっと違和感 」(2018年7月29日 04時02分)
☆ 記事URL:https://mainichi.jp/articles/20180729/ddv/010/070/010000c
杉田水脈衆議院議員が性的少数者(LGBTなど)の方たちについて、「生産性がないので税金で支援するのはおかしい」と語った。
この場合の生産性とは何を指しているのだろうか。言葉自体は対象が限定されているように見えるが、これは性的マイノリティーだけに向けられた問題ではない。介護されている人、障がいを持つ人、さまざまな事情を抱えて生きている人は多い。しかし、目に見える「生産性」という、いたって短絡で低劣な基準で、何かを生みださなければ公的に支援する価値が無いという思想は、社会全体にとっても危険極まりない。人はそれぞれ生き方があるという尊厳を認めずに国会議員がこのような暴力的な言葉を垂れ流すというのはいかがなものか。
この「生産性」が、子を作らないということを指すのであれば、そういう人は総理大臣をはじめ与党の政治家の中にも少なからずいるだろうけれど、彼ら彼女らにもその基準を当てはめるのだろうか。どう考えても差別意識から出た発言であり、あまりにも愚劣である。
この杉田議員は、雑誌やその他のメディアでも、差別的な発言を繰り返している。保育施設が不足している問題については、「待機児童なんて一人もいない。待機しているのは預けたい親でしょ」などと語っている。これはギリギリのところで子育てをしながら生活している世の中の女性たちに対して、あまりにも配慮と想像力を欠く暴言だと思う。
仕事に出る前に、雨の日も風の日も、自転車の前と後ろに幼子を乗せてバラバラの保育所や託児所に送り届けてから出勤する。子供が熱のひとつも出そうものなら、病児保育ができる施設を大慌てで探さなくてはならない。こんな状況で、子供を産み育てたいという女性が増えないのは当たり前ではないか。
こういう人物を、中国ブロックで比例単独で1位に据える自民党が長きにわたって政権についていることも少子化の原因になっていると考えるのは不自然ではないだろう。この問題発言について、自民党の二階俊博幹事長が「人生観はそれぞれ」などと擁護しているが、「子を産まないのは身勝手」という持論を持っている自身と同質なのだろう。
また、杉田議員は性暴力を訴えている女性ジャーナリストについて、「女として落ち度がある」と言っている。百歩譲ってその女性に「落ち度」があったのだとしても、性暴力自体が容認されることになるはずがない。また、財務省の事務次官による女性記者へのセクハラについては、その騒ぎを「現代の魔女狩り」と評し、「男女平等は絶対に実現し得ない、反道徳の妄想」という、前近代的で野蛮な妄言をも吐いている。
昨年あれほど問題視されマスコミから総攻撃を受け自民を離党せざるを得なくなった豊田真由子元議員の問題は、暴力行為が絡んでいたり、それまでの問題もあったりしたようだが、この杉田議員の発言はそれをはるかにしのぐ悪質さだ。
この議員はこれまで、みんなの党、日本維新の会、次世代の党(後のこころ)と渡り歩き、現在は自民党の比例で当選している。比例単独で、この人の人柄や能力に投票した人がそれほどいるとは思えないが、自民党に投票すればこういう人が議席を獲得してこのゆがんだ社会観を垂れ流し続けることになるということか。有権者は牢記(ろうき)して、選挙の時には必ず考慮すべきことだろう。
こんな人物を国会議員として許容している国民だと、諸外国から思われてしまうことに強い羞恥を覚える。一刻も早く議員を辞職して、願わくは人権に影響する職業には就かないでほしい。彼女こそ議員として「非生産」であり、国民の金で養うべきではない。(放送タレント、イラストも)