題名は「いつわりの」をつけておりますが、内容は全て事実です。
ここの温泉に行こうとしていた。今は夕刻の7時。夏至近い季節でもそろそろ日没の時刻だ。
ナビを温泉にセットする。初めて訪れる場所ではナビの誘導に任せるに限る。
左右にハンドルを切りフォッサマグナを眼下に見る山道を走り続ける。この道は愛知県道1号線。このまま走りつづけて静岡へ出て、後は東名に乗ろう。それとも目指す温泉で一泊するか。
それから30分もハンドルを握り続けただろうか。しかし温泉は現れない。あたりはすでに漆黒の闇が迫っている。600m先を右折の看板だったが、この半時、右へ折れる道などなかったぞ。曇天だった空からは小雨さえ降ってきた。が、明かりと観光客が見えるではないか。
この居酒屋は目指す温泉ではない。通り過ぎて数秒後にバックミラーを見ると居酒屋の光が消えている。町も姿を消している。そんなにスピードを出していないし、出せる道でもないのに。べたな錯覚でもあるまいに。
ナビは更なる前進を指示している。目的地まであと2分をナビは示したままだ。なにか不安な気分が湧きあがる。車のスピーカーは清水由紀子の「お元気ですか。」を流す。そういえば彼女は自殺したんだな。
それから更に県道一号線のカーブを曲がり続けた。
ライトをハイビームにしなければ走れなくなった。もう対向車の姿もすっかりなくなった。このままハイビームでも大丈夫だろう。
うわあ!なんじゃこりゃ!一反木綿が出たあ!
うんん?良く見ると前方に動く物体が…。
鹿の親子が、一瞬こちらを睨みガードレールを飛び越えてどこかに去っていった。突然の出来事に動転した私は、車のスイッチのどこかにふれたようだった。突然ライトが消えた。エンジンも止まってしまった。
死ぬ思いで急ブレーキを踏む。なんとか車は止まった。こんな山の中では道路を照らす照明は全くない。私は真っ暗な中、車を降りざるを得なかった。上空を見上げた。周りの樹木に遮られ何も見えない。と言うか可視光線を感じない。下を見ても斜め後ろを見ても光が無い世界だ。
ちぇっ! 俺には出来すぎの暗闇か?
むこうに明かりが見えた。一体何なんだろうか。
それよりエンジンは動くのだろうか。
さあ、どうだろうか。
俺はこれまでに偽りのカーブをずいぶん曲がってきたからなあ。
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