北九州市立大学同窓会兵庫支部

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第229回歩こう会 上月城跡をたずねる。

2020-10-20 13:31:42 | 歩こう会5月
10月11日歩こう会第229回は上月城跡を訪問した。
戦乱の世、東の織田、西の毛利のはざまで、半年間で2度落城。天正5(1577)年播磨をほぼ手中に収めた羽柴秀吉は未だ従わない佐用の地へと兵をすすめる。この時秀吉の残した文書で「播州佐用郡内に敵城三つ候」とあり、上月城と福原城、利神城が攻撃対象であった。
 秀吉は、11月27日に福原城を攻略し、翌日に上月城を取り囲み、備前・宇喜多氏が援軍に来る散々打ち負かして撤退させた。そして、12月3日に城内に攻め入り、城兵の首を刎ね、城内の女子供約200人を磔りつけ串刺しにして国境にならべるなどした。この時の上月城主の妻は黒田官兵衛の妻・光の姉だったといわれている。官兵衛の心境はいかばかりだったか。次に上月城は尼子勝久を主とする山中鹿之助らが入城、1578年毛利方約3万の軍勢によって取り囲まれる。時を同じく播磨では三木の別所長治が突如織田氏にそむき毛利氏につきます。
 これらの対応に苦慮した織田氏は上月城救援をあきらめ三木城別所氏攻略に集中する。孤立無援となった上月城は、ついに開城、尼子勝久は切腹し、山中鹿之助は備中松山城へ護送となった。(上月城資料パンフより)
  
    上月歴史資料館       
               赤松政範の供養塔 三密防止で昼食                 
 
 はるか向こうに利神城跡が見える。
 

5月歩こう会 中江藤樹書院、藤樹神社をたずねて

2017-04-08 21:26:43 | 歩こう会5月

同窓会歩こう会会員各位

5月14日歩こう会のお知らせ

乗車:JR三宮駅発新快速8:45(湖西線経由敦賀行き)

京都(2番線)9:44-9:45発

下車:安曇川10:27

料金:2,270円 (片道)

行先:藤樹書院 藤樹神社 その他

多数のご参加お待ちしております。

http://www.jorudan.co.jp/

兵庫支部歩こう会 二宮 

 

  

我が国 陽明学の祖 中江藤樹

ご承知の通り江戸時代の1608-48近世初期の儒学者。我が国における陽明学派の祖。数多くの徳行によって、没後に近江聖人とたたえられる。名は原9歳米子藩主加藤貞泰の家臣であった祖父中江吉長の養子となり、米子そして伊予大洲藩に移り住む。15歳、祖父の死去により百石取の武士となる。27歳の時大洲藩士の辞職を願い出るが許可を得ることなく脱藩近江の安曇川小川村へ帰る。亡くなるまでの14年間多くの門人をそだてる。儒教は「孔孟の学」とも言われるように紀元前の古代中国の思想家孔子とその百年後に生まれた孟子によってとなえられた学問であり、その目的は「己を修める」ことと「人を治むる」こと、つまり自分自身をりっぱに修養する道徳と人民を治める政治、この二つに力を尽くすことによって古代の聖天子・嶤や舜の行った道徳的な理想社会が実現できるのだと考えました。…中江藤樹入門より

 

   

 伊予大洲にある中江藤樹の銅像

   

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%A4%E6%A8%B9%E6%9B%B8%E9%99%A2

 

 

 参加表明者:松山仁、安徳、名越、永翁、今市、二宮