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相場三昧 マーケットウォーカー

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SOUL, SMOOTH JAZZを愛するトレーダー

 

神様の手落ち

2010-09-17 13:40:43 | 相場の張り方
相場師であり、脳神経の高名なお医者さんの話を聞いて、なるほどと思った。
この先生のおっしゃるには「大きな相場を取った後は、必ず損をする。何十年と
この繰り返しであった。」とのこと。

先生は専門的にこのことを研究された。それは脳細胞によるものと解明された。
人間の大脳、小脳について学術的説明は聞いても分らない。分ったことは、先生が
「神様が人間を作る時に手落ちみたいなものがあって、これによって逆説的に言えば
人類の今日があって、また繁栄があったのではないか」ということ。

神様の手落ちとは、例えば下げ相場で大儲けしてくる。続いて他の相場手を出しても
脳細胞にインプットされた前回の下げ相場が、意識以外のところで、はたらいている。
従って、本間宗久伝にある「儲かっても、損してもしばらく休め」ということは
脳細胞の磁気のようなものを消し去る期間が必要だーーーということ。

幸運・不運。一栄一落。陰陽の展開。あるいは日々のバイオリズム。
これらは、有頂天になるとスッテンテンになる相場世界の仕組みが、先生に言わせると
「神様の手落ち」
相場の場合、半年あるいは一年という期間を強気、あるいは弱気で当たり続ける。
そして、次の相場に手を出す時にそれが悪い影響をもたらす。




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日本の罫線と米国の罫線 2

2010-09-13 15:46:41 | 相場の張り方
アメリカと日本では、罫線そのものの使い方、考え方が根本から違う。
その違う罫線でアメリカの相場は動いている。テクニカル売買であり、ストップロス
所謂、損切りである。
投機資金が、いつまでもいないと言うことである。うまいとこだけ喰ってサッと逃げる。
引かされ玉を持って、いつまでも頑張るという傾向はない。

日本人は相場を楽しむのである。一種の娯楽である。
これは荘子思想の影響もある。相場は苦しむものである、利が乗れば乗ったで苦しい。
逆境にあればさらに苦しい。荘子は、苦しみの中に楽しみありを教える。

アメリカ人に、老子・荘子の思想は理解されない。なぜ苦しむのか?という。
利が乗って苦しいなどという考えは、とても理解できない。即刻利食いしてしまえ。
引かされ玉が苦しい、すぐに悪い玉を切り捨てよ。その通りである。。。

アメリカ人は、あっけらかんと玉を切る。
損してもコンピューターが悪いと割り切ることが出来る。
日本でも近年この傾向がある。海外が安いから仕方ないと諦める。

そういう罫線の使い方が必要である。
それこそ義理も人情も血も涙もない玉に切り方。ブチ切ってしまう訓練が必要である。

酒田罫線の「恋燕返し」とか「宵の明星」「鮎の友釣り」などと言う言葉は
アメリカ人には理解できないと思うのである。




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日本の罫線と米国の罫線 1

2010-09-09 14:57:41 | 相場の張り方
日本の罫線とアメリカのチャートの違い

日本の罫線は、なにか秘められたようなものがある。秘伝だとか秘線など、門外不出
のような。アメリカのチャートは、仮に1~100まで動く相場の30~70のところを
食べるという、動いたものに飛び乗っていくやり方をする。
日本の罫線は大底を見つけて買う。大天井で売るという、要するに相場の名人、達人
指向である。
これは剣の道、禅の道、茶の道、華の道にも通じるものがある。精神面を重視する。

アメリカ人にはそのような考えはない。線に売りが出たら損切りでも何でも売る。
線がそのように示すのだから、その通りにするだけ。日本人には、これが出来ない。
一年を二十四節に区切り、それをさらに三等分して七十二候という季節の変化を
知る民族である。また暦が歴史的に生活の中に浸透し陰陽循環の思想が民族の血の
中にある。
そのなかで生まれ、続いてきた罫線に対する考え方や見方は、バターと味噌の違いである

どちらが良いとか悪いとかいうものではない。ただそのことを罫線利用の時に
判っておればよいのではなかろうか。

昔は、町工場の中にも旋盤なら旋盤の名人といわれる年期の入った職人がいた。
しかし、今は精密なコンピューターによるロボット旋盤が用をなしている。
日本人が好きな握り寿司もロボットが握る寿司がある。旨ければよいのである。

罫線も、小損大利が目的である。相場を当てて満天下を唸らせる必要なんか微塵もない。
投下した資金に対して利益をもたらしてくれれば、それで十分なのである。




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曲がり屋に向かえ!

2010-08-31 15:13:43 | 相場の張り方
相場をする人が、よくよく心しなければならないのは、やる事なす事あたり続け
「神様」などと人から言われたときである。
言う側の人は決して悪気でない。言われた側も、まんざらでもない気持ちだ。
昔から、「当たり屋につくより曲がり屋に向かえ」といわれる。
大当たりが続いていても、そのように注目されだした辺りはもう、富士山でいう
八合目あたりである。

なぜ曲がるか。この事について色々な角度から解説することは出来るが、一言で言えば
これすべて「循環」である。要するに相場とは何ぞやといえば、「移ろい事」である。
移ろい事とは、移り変わっていく空虚さで、映ろう、空ろうの語もある。
雲居の桜移ろひせぬであって欲しいが、そうもいかないのが自然界だ。
短い当たる周期が過ぎると、長い長い冬のような曲がる周期が来る。これは絶対である。

その冬の時代を辛抱して春を待つというのが、相場の世界の八割、九割と見ておけば
よいだろう。従って曲がることは恥でもなんでもない。である以上は、曲がった時を
耐えられる資力と気力があるかどうかである。

相場師の寿命が長いか短いかは、冬の時代の処し方にある。
「花の色はうつりにけりな、いたずらに、わが身世にふるながめせしまに」




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曲がり屋 3

2010-08-12 16:35:25 | 相場の張り方
何となく目先の底打ちが近づいてきた!?
商品の外電なんか、今の時間かなり強いけどねえ、どうだろう

「曲がりの病気治療法」

相場に曲がるのは一種の病気だとすれば、やはりその病気は感情の持ち方に起因する。
相場の曲がりの病気は、建玉を仕舞えばすぐに治る。
いつまでも曲がり続けて苦しむのは、病気の原因である悪い建玉を可愛がるからである
ということは、誰よりも病気の本人が承知している。

相場の曲がり病気は辛抱していると、相場の流れが変わって、治ってしまうこともある。
だから、なかなかシマッタと思っても仕舞えない。しかし、曲がりの病気もこうこう(
胸の上部と心臓の下。病魔がそこに逃げ込むとしまうといかな名医も治せない)に入って
しまうと家屋敷も田畑も山林も、銀座のビルでも飛んでしまう。
なにが怖いかといって相場の曲がり病気ほど恐ろしいものはない。

相場が大きく動く時は 1、何かを期待した時 2、その期待が外れた時の二つしかない。
すべての曲がり病気はこの二つによって始まる。

では、いったん病気になったら、どのような感情を持てば良いのかというと儲けよう
儲けようの欲を切る。損をするのは嫌だ、損だのお金勘定をしない。
一回目の追証のかかる頃、仕舞うこと!、ただこれのみしかない。
そのためには、一にも二にも満玉張るな!
ところが調子のよい時、進めや進めで玉は、ますます膨らんでいく。
これは相場の悪魔がそうさせるわけで、決して本人が悪い訳ではない。すべては
欲という冠をかぶった悪魔である。


だそうですよ!




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