風と光の北ドイツ通信/Wind und Licht Norddeutsch Info

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地方から観た日本の現状とその問題点

2017-01-08 13:22:08 | 日記

I. 地方消滅 日本の人口動態の行方
I.a. 2040年までに900近い地方自治体が消滅する
2014年、平成26年9月29日第百八十七回国会の所信表明演説で、安倍内閣総理大臣は地方創生を主要テーマの一つに選び、私の故郷である徳島の祖谷について東洋文化の研究家アレックス・カーが書いた「美しき日本の残像」と言う本をを引用しながら「祖谷(いや)に広がる「桃源郷のような別世界」は日本の原風景」と地方創生のモデルのように持ち上げました。その主旨は「鳴門のうず潮など、風光明媚な徳島県では、今年の前半、外国人宿泊者が、前の年から四割増えている」と指摘、要は観光立県を目指せということでしょう。平家の落人伝説を信じるなら1000年の歴史を誇るわが古里の村にとっては、山村として生き延びる道はないと最後通牒を突きつけられたようなものでした。
この所信表明の下敷きとなったものは新しい日本をつくる国民会議副代表で、岩手県知事を3期、第8・9代総務大臣などを歴任した増田寛也の2014年に、中央公論新社から刊行され、第8回新書大賞を受賞した「地方消滅 東京一極集中が招く人口急減」だと思われます。そこで増田は2040年までに日本の地方自治体が900近く消滅すると予想、この報告書は増田が元知事、大臣などのネットワークを駆使し、統計を洗い浚い探り出して纏めたもので、その説得力は学者の研究論文などの比ではありません。ただ、残念ながらそれが政治に反映されたということはいまだ聞かないし、むしろ、増田の警告にもかかわらず、うちの田舎などは限界集落も末期、消滅への道をまっしぐらに進んでいると言うのが現実です。
I.b. 私の田舎も限界集落 発端は高度経済成長とそれを支えた出稼ぎ、集団就職、自民党のノーセイ
咋年十月に帰国した折り取った私の写真を見て頂きたい。
私は小学6年生までこの祖谷の分校の一つに通っていましたが、そのころは分校の私のクラスでもさえ生徒が25,6人いましたた。タバコの栽培や肉牛乳牛などの畜産で現金収入を得、畑ではジャガイモ、サツマイモ、麦、大豆、小豆、コキビ、トウモロコシなどの穀物、米は山田で作り、一家平均して6,7人を養う自給自足の生活が可能でした。私は家の教育方針で中学校からよく言えば今で言う単身赴任、長男でありながら文明に憧れ田舎から逃げ出して働いていた父のいる尼崎に出ましたが、祖谷の子供たちは分校を含めた6校の小、中学校に通い、あの高校野球で有名な池田高校の祖谷分校と言うのもまだありました。ただ、私が尼崎に出たころには日本は戦後の高度経済成長のピークに近づき、1964年には当時の池田内閣が所得倍増計画を掲げ、地方の子供たちは「金の卵」とおだてられ、集団就職で都市の工場に吸い取られていきました。その結果はうちの田舎で言えば、60年代に4,5千あった人口が現在は1,500人ちょっと。高齢化が進み、これから一気に人口が減少、限界集落どころか近い将来消滅するほかない状況にあります。
当時はどの家庭にもたいてい子供が2,3人はおり、山村と言えども子供の一人でも古里に残れる将来を展望した農業政策が採られていれば、現在のような惨憺たる結果にはなっていなかったでしょう。戦後の自民党農政には押しなべて農村を工場労働者予備軍としてしか見ていないノーセイとカタカナで呼ばれる無策振りが目立ちますが、他の可能性はなかったのでしょうか。
II. 限界集落は避けられたか 
II.a.「里山資本主義」と「山の仕事、山の暮らし」
勿論ありました。2011年NHK広島取材班は「中国山地の異様に元気なおじさんたちの革命的行動に衝撃を受け、藻谷浩介とタッグを組んで、"里山資本主義"という言葉を作り、1年半にわたって取材・制作を展開」しました。その集大成が2013年に出版された「里山資本主義」ですが、そこでは地域の赤字は「エネルギー」と「モノ」の購入代金と指摘、小規模発電でエネルギー源を確保、元気なオジさんたちにモノは里山に入れば捨てるほどあると教えられ、原価ゼロ円から経済を再生、地域復活ができると結論しています。確かに私の子供のころ、食は塩、砂糖、醤油、油を除き殆ど全て自給自足、燃料も薪は全て自分の山から切り出していました。私は母が小学校の先生、12歳年上の兄が役場に勤めていた関係で、兄嫁と祖父母が作るタバコや農作物の取り入れは小学3,4年から半分大人のように手伝わされ、薪を切り出しに兄が日曜に山に入るのを手伝うため、既に10歳ちょっとで自分の鋸とチョウナと呼ばれる斧を与えられていました。貧しくはあるがそれは充実した生活で、不幸と言うのは子供のころは知らない言葉でした。それぞれの家には大小の違いはあっても田畑や山があり、勤勉で健康でさせあれば生活が保障されていたと言う事実が、農村の幸せな暮らしを可能にしていたのではないかと思われます。日本の山村がいかに豊かであったかは、東北を中心にレポートしている登山家で沢釣りの専門家高桑信一の「山の仕事、山の暮らし」にも詳しいですが、ゼンマイの収集やヤマメ捕獲などの日本の失われつつある山の幸を記録した大変貴重な報告書で、2013年には文庫ベストテン第5位に入っています。上の「里山資本主義」と合わせて読むと日本のもう一つの豊かさが浮き彫りになってきます。
II.b.限界集落は僻地の問題だけではない‐限界マンション
そんな日本が、これは上のアレックス・カーが「日本の美しい残像」でも指摘しているように、今消滅の危機に曝されています。農村が様相を変えてくるのは経済成長でモノがあふれ出し、村の店にもそれまで見たこともないような商品が並び始めた60年代からでしょう。私の村でも現金収入を求め季節労働者として都会の工場や遠く福井岐阜の山のパイプ用木材切り出しに出稼ぎで出るようになり、子供たちも集団就職で村を出て行きました。そのまま行けば早番村が空っぽになるのは目に見えていたわけですが、政治家は目先の利権にたかるだけで、金にもならない僻地の村の将来などについて考えることはありませんでした。学者も民俗学者などは地方の暮らしにも目が向き、危機が予想できたようですが、高度経済成長の真っ最中、既に理工科系至上主義が蔓延、人文系の弱小学者の言うことなど誰も耳を貸さなかったということでしょう。そして今大学では文系廃止の文科省政策に揺れ、特に社会科学系は目の敵にされているようです。例えば限界集落は何も僻地の山村漁村だけではありません。社会科学者こそ今全国でガンのように急速に増殖しているといわれている限界マンションや旧団地の「姥捨て山」化を指摘、その対策を練っているのもIT産業や日本人の大好きな芸能界のどういう訳かタイドのデカイ芸人などではなく、地道に現地調査をする彼らであることを日本の国民は知らないようです。国の政治のレベルは国民の意識のレベルに相応すると言いますが、いい加減にワイドショーで何の根拠もない芸人の偉そうな社会時評を有難がるのは止めていただき、自分の言葉で真剣に国、社会、家庭の将来について考えていただきたいものです。でないと、そのうち気付けば這い出ることができない深淵に堕ちていたと言うことにもなりかねません。
II.c.日本は既に崩壊し始めている 生産人口の急減
既に日本が崩壊し始めていることは人口動態を見れば歴然とします。今年の1月3日付日経によると「生産人口(15歳‐64歳)は1995年の8726万人をピークに10年で一千万人以上減った。10年後には働き手が7千万人を割り込み、2020年には人口に加えて国内の世帯数も減少に転じる。もう「一家に一台」という発想ではモノが売れない」と伝えています。確かに、私の田舎のような地方では既に日本が崩壊しています。世界第3の経済大国が生産性を維持し、現在の富を築くことが出来たのはそのような地方の犠牲の上に立っていたといえるでしょう。
もちろん集団就職で故郷を出て行った金の卵がいなければ経済成長はなかったでしょう。しかし、その一人でも古里建設の為に残れる様な政策を採り、足らない工場の労働力はドイツのように外国からの出稼ぎ労働者で補填していたとしたらどうだったでしょう。ドイツでは私の留学していた1980年に外国人労働者が2百万人を超え、ドイツ社会が持ち堪えられないと、ビルト紙始めマスコミで大騒ぎになったことがありました。それが現在は82百万人の人口のうち1千万人はドイツの国籍を取った外国人、8百万人は我々のような外国のパスポートで生活している人たちです。昨年は非公式で2百万人近く、公式には百万人を超える難民を受け入れましたが、今年度は難民支援の支出で経済成長が0.3%押し上げられると予想されています。
III. 生産年齢人口の減少に対する対策
III.a.外国人労働者の導入と日本の多文化社会化
翻って日本は、50年代から地方を潰しながら経済成長をし、ここに来て生産年齢人口が一気に減少に向かう現実に直面しています。日本の経済力なら既に最低でも3百万人、理想は5百万人ほどの外国人が住んでいなければならないと言われていますが、1億2千8百万人のうち在日韓国、台湾人という日本に既に2、3世代住んでいる人たちも含め現在2百万人ほどしか外国人は住んでいません。今からではもう手遅れでしょうが、私は日本の将来は外国人を大量に受け入れ、多文化社会化する以外ないと思っています。
労働力不足に対し、女性の活用を安倍さんは解決策の目玉の一つに挙げているようですが、それならまず結婚、未婚を問わず女性に子供が出来ても働ける職場の労働環境を整備することが肝要でしょう。20歳から35歳の結婚適齢期の男性6割と女性4割が交際相手がいないのでは、少子化は止まる所知らずで、女性の活用も何もないでしょう。ロボットが今後社会生活の補助として活用されることは疑う余地がないと思いますが、女性の活用も含め日本の現在の生産性を維持する為には焼け石に水にもならないと思います。増田も2014年に人口政策について「最終的には国全体の単位で、外国人の受け入れを促進するのがいいのではないだろうか」その為には「若い外国人にとって魅力的な環境を作って、外国人の受け入れで地域の活性化を図る方法が唯一の合理的な生き残り策」だと指摘、「差別するような制度を『伝統』だとして残すことは、倫理的にも勘違い」だと言っています。そして、「結婚せずに子育てできるような制度的な整備と社会的支援を大規模に行うべき」だと提案しています。また、地方への移住をテーマに、日本創成会議の第2回「地域開国:グローバル都市創成」会議の座長として、同じく「人口減少問題検討分科会」の座長として提言をまとめ、2015年6月4日に「東京圏高齢化危機回避戦略」を発表しています。この提言では、東京圏では今後地方以上に急激な高齢化が進むことから、「医療介護サービスの人材依存度を下げ」るため「施設や人材に余裕のある地方」への高齢者の移住が提案されています。確かに、この提案には、現代の「姥捨て山」政策だという強い批判も寄せられています[。ただし、地方への移住を強いることができないことは増田も強調していますし、勿論高齢者を地方に押し付けると言うのでは何の解決策にもならなりません。また、既に地方でも介護施設不足や劣化の問題は起こっています。政府がインドネシアやフィリピンと結んだ介護士受け入れ協定にしても3年で働きながら日本語を勉強し漢字にルビも打ってない日本人と同じ国家試験に合格しなければ国に追い返すという、最初から見え透いた外国人排斥規定でお茶を濁しているようでは、お話にならないでしょう。現場ではインドネシアやフィリピンの介護士さんに慣れたおばあちゃんおじいちゃんが引き離されることに抗議していると聞きますが、法務省は最初から使い捨て、日本純潔を護ろうとしているのだから、聞く耳は持っていないと言うことでしょう。
III.b.日本純血主義とはなにか? 日本は縮んでいいと言う無責任発言
何のために日本純血主義なのでしょうか。このグロ-バル化された時代に、ある外交官の話では日本は明治時代3,4千万人の国だったのだからそれまで縮んでも、日本人だけの国を護るべきだということでした。確かに徳川260年は鎖国を貫き、日本独特の文化も生まれました。しかし、明治維新で富国強兵策を取らなかったら日本は欧米列強の植民地として辛酸を舐めさせられていたでしょう。当時、明治の指導者は国のスタンダードをグロ-バル化することで何とか日本の独立を護り、発展の礎としたのでした。もともと、歴史を紐解くと、日本が奈良時代に仏教を受け入れて以来、極東は今に匹敵するグロ-バル化された地域だったと言えるでしょう。遣唐使、遣隋使などを含め高麗、高句麗から定期的に使節団を受け入れるなど日本文化は大陸との交流なしには生まれなかったといえます。そんな日本について文化純血主義を主張するなど言葉が既に矛盾齟齬しています。件の外交官は昔あったと信じている日本のファントムを思い浮かべて無責任際まりない発言をしているとしか思われません。
百歩譲って、日本が縮まり、3,4千万人の日本人だけの国になるとして、そのための心の準備を国民にさせ、説得する覚悟が政治家にはあるのでしょうか。人口が減ると言うことは生産力が減退し、当然それに伴い収入も減り、国民は今より貧しい生活を余儀なくされます。それを国民に納得させる為には意識革命が必要ですが、そんな試みは聞いたことがないし、その為の説得能力を待った政治家も見当たりません。このまま人口減少に歯止めが利かなければ、経済も衰退、生活に困窮した国民が声を上げ、社会不安に繋がるのは火を見るより明らかではないでしょうか?
IV. 日本への移民法をつくろう 
IV.a.現在の経済力、生活水準を維持する唯一の解決法
ドイツでも長年移民国である現実を承認せず、出稼ぎ労働者はいつか祖国に帰る者として、統合政策の整備を怠ってきました。最も、人類史は有史以来難民の歴史でもありますが、ドイツの社会哲学者ゲオルグ・ジンメルはすでに第二次大戦前に難民を「今日来て明日留まる人たち」と定義しています。ドイツもついにその現実を受け入れ2004年に「ドイツへの移民法」を作り、本格的に多文化社会化に取り組み始めました。その核になるのは600時間のIntegrationskursというドイツ語コースですが、1時間1ユーロと言うただ同然の授業料を払うだけで、他にもドイツの政治、文化、歴史、憲法などにいたるまでゼミで学習することが義務付けられており、コース修了後簡単なテストをして、合格しなければ滞在許可も労働許可も下りないことになっています。勿論繰り返すことは可能ですが、不合格者にはドイツにいても生活の糧は得られず、幸せにはなれないと警告、帰国を奨めるという制度です。
私は今後日本でも好む好まざるに関わらず外国人が増え続けると思うし、実際既に不法滞在者が50万人近くいるという説もあります。ならば、日本も至急この「日本への移民法」を作り、外国人受け入れの法整備をして、入り口で厳しくセレクトすべきだと思ます。移民の統合と言うのはことほどさように簡単な話ではありません。ドイツの「移民法」を見ればわかるようにお金もかかるが、アメリカのようになし崩しに不法滞在を野放しにし、気付けば1千万人以上もの規模になり、影の経済を形成、表の経済からも切り離せない状況になっているのでは困ります。それより「移民法」で入り口を管理し、日本の経済社会システムに統合する制度を作る方が全ての点で未来志向の政策だと思われます。
IV.b. 終わりに:ドイツへの移民法 日本にはもう手遅れか?三流国への奈落が待ち受ける
ドイツの移民法は1995年にスイス・バーゼル市で始めたプロジェクトのコピーと言えますが、バーゼルでは気付けば外国人が市の人口の20パーセントを越えていたことから、外国人をお荷物ではなく社会の豊かなプラス要因として捉えなおし、それまでのできるだけ早く放り出す政策を180度変え、ドイツがコピーしたのと全く同じIntegrationskursを設けて、統合政策を始め、大成功を収めました。それらバーゼルやドイツの移民政策によって既に十分な経験知も蓄積されているので、日本が今始めたとしても何の懸念も必要ないでしょう。むしろ一日でも早く法整備に取り掛かり、ひょっとしたら既にとっくにバスは出て、もう手遅れかも知れませんが、せめてその試みだけでもしていただきたいものです。日本の人口動態は理論とかイデオロギーではなく、現実の数字です。対策を怠ればそのうち現実は冷徹に日本を貧困の奈落に突き落とします。それとも、日本は縮まり、三流国に成り下がっても、清く貧しく、日本人だけで住むことを選択するのでしょうか。