風と光の北ドイツ通信/Wind und Licht Norddeutsch Info

再生可能エネルギーで持続可能で安全な未来を志向し、カラフルで、多様性豊かな多文化社会を創ろう!

東(ひがし)洋(ひろし)FB詩集「北ドイツ通信」

2024-06-19 03:48:45 | 日記

きょうからまた詩の旅を続けます。よろしければご同行願います。

西ドイツに来て6カ月、リューネブルクのゲーテ・インスティテュートでドイツ語を学び、私はハンブルクに移動、外アルスター湖畔の大邸宅の4階12㎡ほどの屋根裏部屋に住むことになった。ベッドは日中壁際に発条で立て、夜になるとそれを引き下ろして寝る、そんなものがあるとは知らなかった私には初めてのものだった。窓際に勉強机、ベッドの向いに小さな本棚、その横に簡易箪笥があった。入口の左に洗面台があり、料理は出来ず湯沸かしだけが付いている。
道路から鬱蒼とした大木の並んだ庭を進むと豪華なバルコニーがある四階建ての玄関に至る。その表とは異なり裏は直ぐ向こうのアパートと隔てる壁の間に私の部屋の窓を被うような細い木が二、三本並んでいるだけだったが、早朝4時頃には明るくなる北欧の早い朝の訪れを枝の間から小鳥のさえずりが告げてくれる。
玄関前に大理石の階段が5,6段あり、大きなドアを押して建物に入るともう一度大理石の階段が4,5段続き、その上の玄関ホールには歴代の奥さんの肖像画だろうか、5枚ほど壁に架かっていた。家主さんは初老の女性一人で、二階の左翼に住んでおり、それ以外は4階までそれぞれ両側に2,3部屋のアパートとなっており、各階には一人部屋もいくつかあった。昔はハンザ都市の富豪が一家族で住んでいたようだが、今は落ちぶれ間借りで生活を立てているのだろう。私の部屋の下の3階に我々一人部屋の住人用の共同浴室があったが、シャワ-を使うと使用料を1、2マルク取られた。この家には夏学期だけお世話になり、冬学期からはハーゲンベック動物園の近くの学生寮に移った。
ハンブルクでは外アルスター湖畔にある瀟洒な建物のジャーナリスト養成アカデミーとハンブルク大学現代ドイツ文学科から入学許可をもらっており、最初の週は入学手続きに追われる。ジャーナリスト養成アカデミーは6カ月のジャーナリストの卵を実践と憲法ゼミなどで鍛えるところだが、私は日本から来た元新聞記者の恐らくは初めての日本人ということで例外的に入学許可をもらったようだ。最初の日には所長の部屋に呼ばれ、歓迎されたので驚いた。
ハンブルク大学はいわばすべり止めのような気持で入学許可を取っていた。当初はアカデミーで6カ月学んだ後、半年ヨーロッパを回って日本に帰る予定で、大学に通う気はなかった。しかし、アカデミーに2,3週間通う内に私のドイツ語能力ではまったく意味をなさないことを悟り、退学させてもらった。まずはドイツ語を学び直す心算で大学に通うことにしたのだ。当初は一年在学しドイツ語をマスターして日本に帰る予定に変更したのだが、一年たってもドイツ語能力はあまりにも拙いレベルでしかなく、これでは日本に帰れないと、本格的にドイツ文学を学びながら人生の一エピソードに終わらない語学力をつけることにした。
ただ、滞在が長引くと手ぶらで日本には帰れないことを自覚、紙だけでもと卒業証書を取ることにした。貯金は底を突き、学費は学期中はやらないこと、日本の会社ではしないことを原則に二年から休みごとにあらゆる種類のアルバイトで稼いだ。当時のドイツの大学はいきなり博士論文を書くことができ、私の学友の何人かも教員にならない者はそうしたが、私にはあまりにも恐れ多く思われ、まずは修士論文を書くことにし、5年ちょっとで卒業した。ただ、その予感が最初からなかったわけではなく、大学に入ると毎日のように修士論文のテーマにしたハンス・マグヌス・エンツェンスベルガーの詩を青のボールペンでそれこそ綴りの一字一字を確認しながら写し、その横に赤で今読むと赤面するような和訳をつけていた。こうして最初の詩集三冊をすべて写し訳した。恥ずかしながらそのコピーを一枚ご笑覧願います。

“明日なんてくれてやらぁ”

寂しさのハンブルクに雨はいらない
いつもの街角にたたずむ
“あの娘はもう死にました”
関係の溶解する二つ目の窓の中
赤はどうしていいつも悲しさがつきまとうのか
お前のカーテンに木霊する
ヒーローのいない街
世界の表でウジムシ供が騒ぐ
明日なんてくれやらぁ
俺には欺され続けた昨日がある
曲芸師に横取りされた路上の机
あれは確かに世界だった
あしたからはまた旅に出よう
きょうまでは監獄だったが
出られなったら夢
出迎えが来たらバスで帰ろう
しなやかに伸びる雨足
楽しかった切手集めも
そのために一人の人間が堕ちた
遠くでこだまするあれは汽笛か
もう地球はあきた
宇宙はガキの頃から見ている
知らないのは死界だけだっていったら
少々気取りすぎだろうか

“カフェの夢見る老人たち”

陽を浴びて街に向かう
旅人はマントをとらない
<これが僕にはぴったりなんだ>
街角のカフェで人々に優しい視線を送る
老人たちの夢はまだつきない
そこの若いの
休んで一杯コーヒーでも飲まないかい

“モニカの夢”

モニカが男に欺されたって
僕はちっとも驚かない
いつも捨てばちの彼女が
本気になっただけだ
<地球は膿んでいるから私は好き>
ハイデの小さな村に
モニカの想い出はもう無い
たった一年で
すべてを忘れた彼女に枯葉色のコートが似合う
<宇宙は現実だから恐くはないわ>
全てを受け入れて
モニカの夢は消えた
今はただ
僕にサヨナラを言うだけ
<明日が出口なら私は行かない>
いつも忘れない朝の挨拶だったが
いつも忘れる投票日
温い形而上学に
モニカの夢は沈んでいった
<彼は昨日出て行ったわ>

“停滞した精神”

黄昏の街は嫌いだ
また寝つかれない夜を
一人で過ごさなければならない
なにもなくても
街をさ迷っている方がいい

一人の女に出会って
一条の視愛を送る
≪君は受け取れ≫
二人ならなにもかもうまくやれる

哄笑と騒音の街
緑だけが息づく
全てが虚しく
ただ通りにあふれている

停滞した精神に
腹立ちまぎれの愛を
投擲した
波たつ水面も
空をうつして今は初夏

「北ドイツ通信」番外一編
下は多分ドイツから帰国した当時広告のビラに書きなぐったもので、ノートに挟んだのが見つかった一編です。ご笑覧願います。

“腐り爛れた二十世紀後半に叫ぶ“

あがった朝陽に
憧憬の讃嘆を贈呈するほど
資本主義生産様式はナイーヴじゃないんだ
誰だ・・・
もう顔をしかめているのは
それほどお前たちの言葉が腐っているというのを
俺は
親切に教えてやろうというのに
軽薄、噓、卑屈
それこそが僕達の現実であるとき
鋭利な感性の持ち主は
ひなげしの花や
朝陽の中で銀色に輝く水々しい玉を
優しく
美しく
織っているそうだ

突然
滑り落ちた地獄の底で
泥に
まみれて
見上げた空に
腐ってただれた二十世紀後半の
希望のことごとくに
いちゃもんをつけて
俺は
大胆
不敵
卑怯
千万
億年の彼方にこだまする
二十世紀後半の魂の呻吟を

“椅子の上で禅を組み世界と対峙する”

目を閉じて
あずき色のここは盲界
脂ぎった人間どもに汚穢された地球を離れて
ここはもう俺の世界だ

大学図書館の椅子の上
禅を組む
投げ出されたカフカが
「父への手紙」の中で呻く

≪僕に宇宙はなかった≫

エンツェンスベルガーの罵るドイツに
俺もまた反吐をかける

≪お前らの親切は薄汚い意図だらけだ≫

視線をはずして
ここはもう俺の宇宙だ

下宿の部屋
椅子の上に膝を組む
いつの日か襲ってきた胃痛が
今も波状攻撃をやめない
なだめずに
俺は世界と対峙する

“揺れる大樹に世界が呼応する”

揺れる
うねり、もだえ、よじらせて揺れる
風が
揺れる大樹に
世界が呼応する

時計を止めて
世界を切断し
印象の中に焼き付けようとする意図は
見事に
見事に風が阻止した

風が揺れる
窓の外へ全てを誘い出し
コンクリートの
掃き浄められた谷間

人が歩く
車が街角を徐行する
うねる大樹は
風の陶酔に
もう千年も揺れ続けて
今もなお溺れる

“僕の停滞と視覚を喪ったカメラマン”

切り裂かれた
生活の断面に時が欠落していた
時代は確かに移った
僕だけを残して

僕の停滞はドイツで始まったのではない
ドイツで始まったものは何一つない
この着ぶくれて
ビール腹に悪臭の膿をためた国

そんなところで始まるものは
際限のない憎悪と
墜ちてゆく自立の精神の
嗚咽ぐらいだ

正方形の丸窓の中
視覚を喪ったカメラマンは
過去の作品集をめくりながら
はるか前方にピントを合わせる
時を呪って
ついに視覚を喪う時を
阻止することのできなかったカメラマン
過去は回帰し
喪われた時を求めてさ迷う
今さら
視力に頼ったところで
≪君がいけるのはそこまでだ≫
君には
もう視覚がないのだから
視る資格が!

“しかし、生きる”

一日の初め
早朝に小鳥たちの囀りを聴く
一日の終わり
黄昏に小鳥たちは別れの挨拶を忘れない
君達は自由に礼儀正しい
腐臭の激しい人間どもが
贅沢の限りをつくして
香水に身をひたしても
君達のたった一つの音色にも
及ばない
人間は化膿し
ただれた精神に花嫁衣装をつけて
劇化された自己不信を隠蔽し
贅沢に限りをつくす

ののしりつづけて
ののしりつかれたら
ののしるのはやめよう

泣きつづけて
泣きつかれたら
泣くのはやめよう

走りつづけて
走りつれたら
走るのはやめよう

しかし、生きる

“見えすいた手だ”

風が吹く
五月の風
何も無い風が
何もない僕を吹き抜ける

さらし抜かれた布のように
忙として立つ僕を
五月の風が
しなやかに吹き抜ける

切断し、破砕して
もぎとった言葉を
積み重ねて
アポロンの丘に建つ
地の底の恐怖を
宙に解き放つ

≪見えすいた手だ≫

頭上はるかに響く
拡声器の演説は
ただ
≪見えすいた手だ≫
と繰り返す

“少年達はジャックナイフを手放さない”

机の上に
刃をむき出して
横たわるジャックナイフ
ジャックナイフという言葉を
選んだ意図は
そのエキゾチックな不埒さにある
言葉の響きを
四方をとりまく日常性に向って
発射する
ジャックナイフ

不埒に
世界に挑んで
少年達は今もジャックナイフを手放さない

固有の日常を
ジャックナイフで守る少年達は
自らも牙をむき
世界に向う
血迷って右往左往し
ネクタイを締め忘れないのが
≪俺たちの敵だ!≫

“小さな悪意”

それはあまりにも小さなことだった
子供のように無邪気な悪意が
世界に満ちて
ついに宇宙が降りてきた
僕達は今暗く寒い
快活な笑顔を思い出したのではない
優しかった散歩が懐かしくなったのでもない
僕達はただ歩きつづけ
それがあまりにも小さな悪意だったので
気づかなかっただけだ

人を信じるという事に
僕達は軽率だった
それはあまりにも簡単だったので
酷寒の宇宙を見ることができなかった
後悔しているのではない
絶望などすでに忘れて久しい
僕達は今ただ暗く寒いだけだ
思考能力の限界点が
ついに宇宙に達し得ず
僕達は宇宙に沈んでいく


“だから明日からは・・・ね”

安らぎが降りてくるから
今日も人々は哀しかった
路面電車と渡し船が
サーカス団の支配人ように罵られ
石つぶてを背に消えてゆく

凍てつく荒原の上
十五度の仰角を保って停滞する太陽
赤茶色の泥絵具を
ぶちまけた様に
薄汚く空を汚す

後ろめたい気持ちが拭えないから
今日も人々は快活だった
音を超えた飛行機も
アトムで潜む潜水艦も
ついに地上に停滞する時が来た

凍てつく荒原の端
ほのかにゆらめく野火
突然鮮やかに燃え上がり
世界を焦がし
地球を溶解し
宇宙はついに今はもう闇

≪だから明日からは・・・ね≫

“今朝届いた本”

一冊の本が届いた
待ち焦がれついに諦めていた本が
今朝届いた
まだ印刷の匂いが新鮮に漂う
そんな感じの真新しい本だ

本の中に詰め込まれた呻吟が
僕の感性に共鳴し木霊する
≪私たちはいったい何処へ・・・≫
誰もが識らないことを
時代の最先端に己を置いて
私は世界に教示する
それが詩人の運命だとある詩人がいった

恐ろしい思い上がりが心地よい
不埒な真摯さに
身を寄せて
活字の中に己を託す哀れさが
実に清々しい読後感を想起させる

そう思って開いた
今朝届いた本の中にも夢はなかった
ヨーヨーのように
一点に固着し行きつ戻りつ
いつか伸びてしまいもう動かまい
一気に駆け上がり
頂上寸前で力つき
滑り落ちてきた君は誰だ

“君が友だった日って・・・?”

だからやめろと言ったんだ
背後で囁く悪意の申し子に
今は
ただすり切れた魂を売り渡す
地上に
へばりついて膿を流す
腐敗していゆく
巨象より不様に
千年の昔から
魂の舞踏会に招待されなかった
悪意はない
哄笑と饒舌と
饐えた女陰の色じかけ

≪様々なことって
何も無いことなんだって≫

毒牙を隠してすり寄る少年に
快心の往復ビンタを喰らわす

≪何も無いとは
いつも同じだと言うことだ≫

猜疑を忘れて
見事に
見事に足をすくわれた
君!
君が友だった日があったのか?

“六月十三日、僕の誕生日”

だから遠くで木霊する
なつかしい裏切りの哄笑が
林立するコンクリートの林の中で
強姦された雌犬の呻吟を
明らかに
嘲っている
罵られて
嘲っている裏切り者に
爽やかな六月の風が吹くのを
嫉妬なしには見られない
可哀そうな奴

六月十三日に裏切られた者は
六月十三日に
輝く溜息の深さを祝え!
裏切り続けられた者が
ベトナムの戦場で
ついにガムの戦士を放逐した
噛みくだかれた
人骨のカスを犬に投げ与え
遠くで木霊する
聞き飽きた愛の溜息に
もう一度
裏切りの季節よめぐれ

”蘇生を願望する滑稽さ“

蘇生を願望する滑稽さ“
そして
いつものように窓は閉じられ
世界を切断し
囀る木々たちに別れを告げて
内部に蹲る
千年を賭けて移動する氷河の
呻きも
宇宙に届くことはあるまい
クレタの浜辺で焼けただれた躯を
オリンポスの丘で蘇生させようとする意図は
明らかに
明らかに滑稽だ
すでに窓は閉じられたというのに…
女の奥底に秘む陰に向けて発射された
一条の未練がましいもう一つの生命の使者が
陰くされた草毛にからめとられて
開かれた窓に到達し得なかった
よくあることさ
人間はすでに万年を生きた
そして
いまなお幼年時代に遊ぶ
バッカスの落とし子よ
夢よりも速い宇宙船を
時よりも確かに
閉じられた星々の子宮に向って
今は
発射する時がきた 

“水晶の門衛たち”

乾いた肺を癒すために
石炭質の溜息を奥深くもらす
ともすれば
誰かに語りかけたくなる五月だった
未経験の儚い沈黙は
軽やかに宙に舞って
肩を通り抜けた金色の風に
若葉のように色めく
すでに
風の革命に向けて
態勢は整えていたはずなのに
カフカのように内に固執して
胃の痙攣を際に追いあげ
そして
対峙した水晶の門衛たちは
きらめく槍を
心臓の上に止めて不動だ
動くな!
一瞬石化した大動脈が
軽やかに宙に舞って
肩を通り抜けた金色の風に
若葉のように再び躍る
動くな!
再び怒号する水晶の門衛たちは
すでに心臓射止めた槍を
弾き返して飛び散る
赤く燃えたぎる私の血を浴び
溶解した

私が咲いていた草の道の君に
濡れそぼって
語りかけたのは
そんな勇気の後だった

“諦めるということは難しい”

壮大な小鳥達の宴は
午前三時の夜明けを待って
今は
深い闇の底で停止する
何もないということの
言葉の奥に秘む
恐ろしい諦念の触手に抗して
それでも
何とか身をたて直す
諦めるということは難しい

“安らかな裏切り”

ひきちぎられた神々のテントの中に
座して一点に固着する
さすがに
北の国にももう初夏の風が吹く
忘れて久しい
日々の労働のあけっぴろげの快活さは
背広の袖だけに気をつかいすぎて
ついに
着ることの出来なかった一群の人間供の
溶け込むようなアジテーションを前にして
とにかく再びさえずり始めた

安らかな裏切りだったが
それでも
時よりも遠く響くことは出来なかった
六月の北国に
嫁入り前の星々が冴える
さすがに
風は音楽よりも軽やかに吹く
だからといって
午前五時の朝靄の中で
手配師達のおいちょ賭博に
目を輝かした日々を
あれは
抽象化された欺瞞だったとは
言わせない

“スーパーマルクとのペテン師に母国を想う”

スーパーマルクとの
一ペニヒのペテン師
躍る買い物客の自己満足につけ込み
値段表になぐり書き
-本日のお勧め品、四十九ペニヒ
あなたの夢がこのトマトの中に-

一つの断章を日常生活に確認し

再び耐えられない一般性の中で
無力に頭を抱えて己を嘲う

なんときめ細かに裁断された分離だろう
二万キロを一気に疾駆し
辿り着いたここは黄泉の原
一列に並んだ千の死刑囚と対峙し
わかれたばかりの
いわゆる“母国”を追憶する
本当に
“母国”のことを想う
もう夏だから
全ての白昼の表通りで溶解する

“母国”は僕を捨て
僕は“母国”を憎悪する

“愛する彼女に!”
このころ私はアメリカの少女に恋をしていた。大学でドイツ語能力試験を受ける当日彼女が話しかけて来た。何をすると訊くので学食に行くというと、ついて来てもいいかと問われ、なんとオープンなと最初に驚かされた。次に、学食で自分は食べないとレジを先に通り、外で待っている彼女が、私が支払いを終え出てくると、ナイフとフォークをもう取ってくれていた。その優しさは私には未経験で、異国の文化は二人の間で揺れ続け、一学期間、私はアメリカの女性に次々と驚かされるのだったが、学期が終わると彼女は私を残してアメリカに帰って行った。

≪君はもうマッキンレーに登りましたか≫
林立するコンクリートの森の中
一際高く聳えるあのガラスの山
マッキンレー
 路上に横たわるつばめの死骸
 腐乱することなく脱水する
 振り返らない市役所の職員は
 どこへ急ぐ?

酷寒のアラスカ
零下五十度の大気に浄化され
鋭く遠く壮大に聳える
北の孤独マッキンレー

 悪夢にうなされ少女が目覚める
 匂う闇
 誰かが秘かに凝視めている
 ここはどこ?
≪君はもうマッキンレーに登りましたか≫
その泪がはるかなユーコンの流れとなって
七つの海を越え
ついに
プラトーに達する
マッキンレー

 資本主義的生産様式が
 みずみずしい風と五月の若葉の中で
 人間の猜疑を放逐するのは
 いつ?

すべてを凝視めてすべてを許し
カナリアの囀りに耳を傾け
優しいネブラスカの父を想う
冬の高貴なマッキンレー

 這い寄る黒死病、呻くコンピュータ
 人間の最も崇高な作品 百年戦争
 ネロの復活を待つニューヨーク
 まだ他に?

≪君はもうマッキンレーに登りましたか≫
輝くオーロラの下
千年の雪を抱いて
まっすぐ北極星に向かって起つ
マッキンレー

 風景を喪った教室
 化学薬品に毒された哲学を教える教授
 自殺を夢見る少女は正当である
 だろ、そうじゃないか?

夕陽を浴びて
魂の呻吟を千マイルの彼方に反射し
独りで何も恐れず
ただ中天を凝視める
マッキンレー

 ブエナンヴェンチュラ・ドゥルーティについて:
 スペイン市民戦争と反革命
 自由が要求した形容詞‐絶対!
 ファシズムが要求した名詞‐奴の死!
 君は何を要求する?

≪君はもうマッキンレーに登りましたか≫
その頂で神々が集い
氷河の移動速度について
大地に助言を求める
マッキンレー

 さ迷う歴史の法則の中で
 サクラソウを摘む少女に
 過去も未来も放棄して
 凍てつく氷原をさ迷う
 君はピエロ?

風が吹く
雪が叫ぶ
雨が哄笑する
全てひっくるめて
合唱するフォークソング“八月のマゾヒスト、フォスター”
独りで
不安も恐怖もなく
時を忘れ、家族を忘れ、母国を忘れ
飛行船“ミッキーマウスの真理”号に乗って

原子爆弾が走る
私生児が反乱する
七十五億人が怒号する
全てひっくるめて
奏でるシンフォニー“二十一世紀の風”

君と
不安も恐怖も腹一杯につめ
時を止めて家族を呪い祖国に恋する
アメリカ


≪君はもうマッキンレーで人間を見ましたか≫
まだ・・・です

全ては愛
君の太平洋

ドイツに来てほぼ10カ月、日本語が細っていく一方、ドイツ語はまだ日常の表現にも足らない表現力しかない。それは精神の現状であり、自分が消えて行く過程でもあるが、その向こうには新しい私が地平線に微かな朝陽のように浮かんできていることを予感させてくれる。だから、絶望より希望の中の曖昧模糊とした日々だったが、不安に苛まされる日々でもあった。

“祖先の霊に訴える”

落着かない祖先の霊よ
今、地上に素敵な恋人たちの解釈論が
充ちているのを
あなたは識っているか
一つでも多くの信頼を分析しようと
千鳥足でうろつく
饐えた預言者の説教を
弾き返す
あなたの力が欲しい!

:高揚した自尊の構造が
粘液質の現代に摑まってしまった

それでもたゆたう祖先の霊よ
もう、地上に否定する者は
いないのを
あなたは識っているか
関係が入り組む
諦念のインターチェンジで
とりわけ男女関係が
あなたの通過を待っている

:燃えあがる魂で肉体を焼くには
少々狂気が足らない

くつろぐ祖先の霊よ
だから、地上に明日が来るのを
期待するものなどいないのを
あなたは識っていいるか
連続する今日の向こうに
だからこそ
具体的な名詞が
あしたをイマージネイションするため
あなたの復活を
机の上で期待している

“昨日、今日、明日も午後は・・・“

頭が痒い
皮膜が炎症を起こして
思考の継続を遮断する
だから
白い机に向かって
白い壁、白い床、白い天井
の部屋の中
白い椅子に座り
白いままのノートに
≪明日も午後は散歩≫
と書く

髪が汚れた
午後はずっと街角に立っていたので
行き交う人々に睨まれた
でも
僕の恋人、僕の父、僕の友
僕の従姉妹、僕の敵
僕の味方
は一人として
行き交う人々の中にいなかった
白いノートの次の行は
≪今日も午後は沈黙≫

頭が響く
野外コンサートの常連客と
何故か一緒に大合唱
そして
青空に清き透る
ロック、ブルース、ジャズ
クラッシックもオペラも
たさおがれてゆく・・・ああ秩序
音階のないノートに
≪昨日の午後は合唱≫
と書いた

明日からは
頭を洗って髪を切り
ヒゲをそって
思考する
僕の夢、僕の希望、僕の未来
僕の世界、僕の宇宙
僕の計算
に合う数式は宇宙膨張説
のベクトル上にあるはずだ
ノートの最後の行は
≪->恐怖(不安)―>≫

”歩く“

歩く
一直線に歩く(まっすぐ)
ふらふら歩く(よろめき)
人を追い越して
まっすぐ歩く
独りで
柔らかい羽毛のように
よろめきながら
軽やかな乙女の息いを切って
わきめも振らず
歩く

歩く
平原を一直線に歩く
一マイルの彼方におちた
頭の影をめざして
今は
なだらかな丘を下る
独りで
小川の畔の民家にたちより
少年と少女
その両親とともに
二階のテラスでお茶を飲む
夕陽が落ちた

≪僕は西から来た
東に帰る≫

“君の訪問”

ラジオのニュースを聞きながら
不意に訪れた友を迎える冷や汗
君がとても大切な人だから
万全の態勢で迎えたかった僕
は不必要に汗をかく
昨日まで一カ月間
誰も訪れなかった僕の部屋
明日から一カ月間
誰も訪れないだろう僕の部屋

ラジオが開いた扉の向こうに
世界が閃いた
人間は今日も悲しい
不意に訪れた友を迎える喜びに
慄える口元が不様に
僕は君を待っていた
一カ月来君を待っていた僕は
また一カ月後に
忘れなければ・・・

ラジオでモーツアルトを聞きながら
帰って行った友のことを憶う
乱れた寝具の寝台の上
僕が世界を感じるのは
一カ月に一度
不意に訪れる君の
優しい襲撃の時だけだ

だから
乱れた寝具の寝台に横になり
不様だった歓迎ぶりに
再び君の不意の訪れを期待する
一カ月後
もし忘れなければ・・・

“壊滅的な会話”

美しい音楽の中に
迷い込んだ
戦慄が挑発するように
空々しい思念の底で
低迷する明日の構造に
一撃を加えた
ああ
と唸って蹲る不様な私が
処女を求めて漂泊していたなんて!
嘲笑うように
きしむヴァイオリン
夢という奴には
ほとほと飽きていた私であれば
美しい音楽の中で
不覚の泪を見せることもあるまい
いや
きしむヴァイオリンが
むせぶ夢の魅練を包んでいる
昼間の夏
乾く表通りをまっすぐ
暴力的に前進する戦慄に乗って
私も
また
湖畔のテラスで
壊滅的な会話を妻と交わす
≪いつも耳をそばだてる貴方に我慢ができない≫
≪去年の夏は確か辞表を出したんだったけ≫
≪離婚届は歩くことより邪魔臭いわ≫
≪だから
もう一杯コーヒーをくれないか≫

“漂泊する世界の出来事”

午前二時のニュースを聴く
漂泊する世界の出来事も
無難に仕上げられた原稿用紙の中に
押し込められ
恐らくは筋書き通りのドラマのように
アナウンサーと向き合っているに違いない
昨日
今日
明日
漂泊する世界の出来事は
特派されたペン先で
標本箱に固定されて
生々しい血もまた
見事に
漂泊されているに違いない
 午前二時のニュースの後
 ガラス製の静寂を叩き割るように
ドラムスが
乾きわめく
ひきつるように唸るリード・ギター
タカ・タカ・タカ・タカ
ビーンビビビビビ
ドッ、ドッ、ドッ、ドドドワァーン
ベースが低空でステップする
おお
漂泊する世界の出来事が
エイト・ビートに乗ってやってくるならば
午前二時のニュースも
少しは僕をウキウキさせるだろうに!

“肉体の論理を探せ”

透きとおるように溶解した
高炉の銑鉄にも似て
夏は
人気のない昼下がりの街角で
太古の静寂を
もう一度
世界の壊滅的な信頼関係に
対峙する
必要なのは
立ちつづける己の力
見つめて目をそらさない己の勤勉か
いや
何よりも必要なのは
諦念の構造に肉薄する
系統的な祖先の霊の
分類を
未来に向けて
真夏の昼下がりに
日射病で倒れることなく
記録しつづける
肉体の論理の発見だ
沈黙し
無言で祈祷し
沈黙し
無言で読経し
人気のない昼下がりの街角で
太古の静寂を
夏の
全てを抽象化する陽光の中で
もう一度
絵画的に突き破る
肉体の論理を
創造しなければ・・・

“静止した魂”

一匹の虫を
中指で圧し潰し
真白の紙の上に線を引く
黄緑の線
灯に吸い寄せられた
夏虫
動かない感性
静止したままの魂
時は止まり
大地は空をささえて無表情
私だけが
夏虫のように不様な姿をさらし
夏の陽光を浴びて
路上で干乾びて行く
ここは異国、ここは私のいない国
そこに今の私はある

夏学期が終わった。何を得、何を失ったのだろう。新しい友に出会い、故郷が遠ざかる。それは文化と文化が混じり合い、吸収し、排除して新しい私が形作られ、結晶していく過程のようだが、何とも脆弱で、人前に曝されるのが辛い。しかし、逃亡は解決ではない。不安の中に敢えて入っていき、そこで欠乏感に耐え、少しづつ見えてくる自分を信頼する、ということ以外、未来への道はないように感じて、孤独と闘っていた日々だった。当面の課題は下宿を出て学生寮に入ることだったが、幸運か偶然か直ぐハーゲンベック動物園の近くの寮に一部屋当てがわれ、トランク一つ持って無事引っ越した。これを機に「北ドイツ通信」は終了したい。

“今日から少年になるのだ”

早朝五時
霧の立ち込める湖畔に立つ
昨日を呪い
今日から一歩も動かないことを決意する
事務机に向かって
一切の挨拶を放棄して
周囲に轟く大いびきを
赤児の息を止める
祈祷師の呪文のように
果てしなく響かせる
- なら
  今日からお前はお払い箱だ
- 結構
  今日から俺は西へ旅立つ

早朝五時
重くたちこめる鉛色の大気を突き破り
千年の森を彷徨する
昨日の決意は明日忘れる
家族会議で
一切の血脈を切断し
ぽっかり口を開けた
真昼のように輝く大地の底へ
飛び降りる
- もう
  お前は人間ではない
- 結構
  俺は人間を超え
  裏切りを忘れて
  猜疑を放棄し
  ああ
  少年になるのだ

“創世記”

熱を喪った太陽
蒼白の光線を正面十五度の
仰角において
射す
独り
摘出された机は
右四十五度の仰角において
中空に漂う
影が凍てる
キラリ!あっ
前ぶれもなく左四十五度の地平線上
に銀色の球体出現
瞬間
低迷する太陽に向かって
素晴らしい速度で飛び発った
銀色の尾火を引き
まっすぐ太陽に接近
するにつれて光度を増す太陽
ああ!
雄々しい銀球が
衝突
貫通
黄金
おお、太陽は燃え上がり
銀は
クリスタルグラスより鮮やかに黄金転化
輝く糸を引き
次の射的へ
まっすぐ
わきめもふらず
教条主義者の明解さで
漂う机へ
黄金球体は
激突
墜落
燃え上がる真紅の地平線
地獄のエンマを追放し
黄泉の原を焼き払え!
右九十度の地平線上に
都市建設の時
のろしはあがった

“孤立する“

プロローグ

仕組まれた朝焼けの空に
それでも
隠しきれない弁明の意図が
消えてはまた顔を出す
見えすいた朝焼けだから
一度だって
人民の敵を照らしはしない

I

陰険に満ちた朝焼けの空
ルーレットのように
多様な犯罪の同心円を描いて
今日
不可侵条約は
生者と死者に
決定的な調印を要求した
廻れ
地球よ
からくりの朝焼けの空を
ルーレットのように

II

たち込める不健康な刻を
鉄の規律で突破する
おお
我らの援軍は夜露の
今の耳そばだてる牧場で
ラジオ体操を始めたではないか
おいちにい
さあんしい
おいちにい
さああんしい

III

かすかに慄える西の空
あきらかにおびえる中空の星
はるかに遠のいた東の恋人

IV

通りで孤立する
呻く不安の原子核を
遠心分離器にかけ
いま
あなたにつき出す私の意図を
あなたは嘲おうというのか
なら
廻る地球はコペルニクスを棄てることもあるまい
眠る天皇が身を焦がすこともあるまい
躍る私が泪をみせることもあるまい

“敵前逃亡の伝令”

詔勅を強奪された伝令が
荒原を駆け抜け
都市についた
喘ぎながら
白い息を吐く
今朝
今年初めての氷が
張りつめた
無関係にたたずむ
剥離するビルディングの間
都市は晩秋か
指弾の前で
懸命に弁明する伝令よ
都市は
お前の敵前逃亡を
いかなる理由によっても(根拠においても)
承認する訳にはいかぬ
都市の
掟は酷寒
都市の
判決は投石死
冬は
伝令よ
お前にとって冬は
もう
大胆な冒険の規律を教えはしない
伝令よ
お前はよく逃亡しよく弁明した
更に良く抗争せよ
そして都市と冬を捨て
ゆけるならゆけ
お前にたずさえるものは
私には
もうない