小豆島は自然の風景だけではなく、人と自然との調和の取れた美しい風景もまた、その魅力といえるでしょう。
そのような風景のひとつ、海岸から離れた内陸部の中山という地区に広がる見事な棚田である、千枚田を眺めに行きました。
山の斜面を段状に重なるようにして覆い尽くした733枚の棚田は、年月を重ねた今日ではすっかりこの地区の景観として、周囲の山肌の自然と違和感なく溶け合うように、静かな佇まいを見せていました。
733枚の棚田で山腹を覆った、中山千枚田。
香川県で唯一、「日本の棚田百選」に選定されています。
このような厳しい条件の土地でも米を作ろうとした先人の執念すら感じさせる、壮観な眺めです!
千枚田を下ったところにある、中山農村歌舞伎舞台。
「中山の舞台」として、重要有形民俗文化財に指定されています。
天保年間(1830年~1843年)の建造といわれ、毎年10月10日には「農村歌舞伎(香川県の無形民俗文化財)」が奉納されるそうです。
舞台の前には桟敷を配していて、春日神社に隣接しています。
桟敷と春日神社とが見えています。
画像の右すぐ外の辺りに、舞台があります。
天皇陛下と皇后陛下も、農村歌舞伎をご覧になったようですね。
舞台の正面、桟敷の奥に鎮座している、春日神社。
流石に奉納されるだけあり、神様が一番いい場所で歌舞伎を眺められる感じですね!
舞台の脇から、千枚田を見上げて。
こうして見上げるように眺めると、かなりの急傾斜に石垣を積んで、小さな棚田を重ねるように開墾した様子が良く分かります。
私が訪れたのは11月も下旬で、稲刈りもとうに終わった冬の田んぼ…刈られた後の切り株だけがわずかに名残をとどめるだけの寂しい光景でしたが、夏には緑に美しく萌える美田が連なる素晴らしい風景が広がるのでしょう。
そうした時期にも訪れてみたいものです^^
天皇陛下、皇后陛下は、農村歌舞伎と共にここから、中山千枚田をご視察になったのですね。
自然と調和した景観としては大変美しい千枚田ですが、今日もなお小さな棚田で耕作を維持していくのは、大変なご苦労があろうかと思います;
後継者の確保も中々難しく、耕作放棄地も出てきているとのこと。
地域一体となって、この美しい風景を後世へ伝えるべく取り組んでいるそうです。
山肌の上半分は紅葉に色付き、下半分は人の手になる美しい千枚田…安らぎすら感じる、見飽きることのない眺めに見入りながら再びタクシーに乗り込み、中山地区を後にします。
内陸の中山から、海辺の土庄町中心部へと戻ってきました。
土庄中学校のすぐ隣にある、富丘八幡神社の桟敷です。
背後の山(山上に富丘八幡神社があります)の斜面を利用した多数の石造りの桟敷は、その数およそ360面あまり…戦前は420面程もあったそうです!
こちらのブロガーさんのブログにお祭りの時の画像が掲載されており、御神輿の背後に桟敷として使われている様子が写っていました。
今日でも、こうした桟敷からお祭りを楽しむ慣習が生き続ける小豆島、伝統が今なお身近に生き続けている息吹のようなものをひしひしと肌で感じられた、中山からここまでの行程でした♪
そのような風景のひとつ、海岸から離れた内陸部の中山という地区に広がる見事な棚田である、千枚田を眺めに行きました。
山の斜面を段状に重なるようにして覆い尽くした733枚の棚田は、年月を重ねた今日ではすっかりこの地区の景観として、周囲の山肌の自然と違和感なく溶け合うように、静かな佇まいを見せていました。
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733枚の棚田で山腹を覆った、中山千枚田。
香川県で唯一、「日本の棚田百選」に選定されています。
このような厳しい条件の土地でも米を作ろうとした先人の執念すら感じさせる、壮観な眺めです!
千枚田を下ったところにある、中山農村歌舞伎舞台。
「中山の舞台」として、重要有形民俗文化財に指定されています。
天保年間(1830年~1843年)の建造といわれ、毎年10月10日には「農村歌舞伎(香川県の無形民俗文化財)」が奉納されるそうです。
舞台の前には桟敷を配していて、春日神社に隣接しています。
桟敷と春日神社とが見えています。
画像の右すぐ外の辺りに、舞台があります。
天皇陛下と皇后陛下も、農村歌舞伎をご覧になったようですね。
舞台の正面、桟敷の奥に鎮座している、春日神社。
流石に奉納されるだけあり、神様が一番いい場所で歌舞伎を眺められる感じですね!
舞台の脇から、千枚田を見上げて。
こうして見上げるように眺めると、かなりの急傾斜に石垣を積んで、小さな棚田を重ねるように開墾した様子が良く分かります。
私が訪れたのは11月も下旬で、稲刈りもとうに終わった冬の田んぼ…刈られた後の切り株だけがわずかに名残をとどめるだけの寂しい光景でしたが、夏には緑に美しく萌える美田が連なる素晴らしい風景が広がるのでしょう。
そうした時期にも訪れてみたいものです^^
天皇陛下、皇后陛下は、農村歌舞伎と共にここから、中山千枚田をご視察になったのですね。
自然と調和した景観としては大変美しい千枚田ですが、今日もなお小さな棚田で耕作を維持していくのは、大変なご苦労があろうかと思います;
後継者の確保も中々難しく、耕作放棄地も出てきているとのこと。
地域一体となって、この美しい風景を後世へ伝えるべく取り組んでいるそうです。
山肌の上半分は紅葉に色付き、下半分は人の手になる美しい千枚田…安らぎすら感じる、見飽きることのない眺めに見入りながら再びタクシーに乗り込み、中山地区を後にします。
内陸の中山から、海辺の土庄町中心部へと戻ってきました。
土庄中学校のすぐ隣にある、富丘八幡神社の桟敷です。
背後の山(山上に富丘八幡神社があります)の斜面を利用した多数の石造りの桟敷は、その数およそ360面あまり…戦前は420面程もあったそうです!
こちらのブロガーさんのブログにお祭りの時の画像が掲載されており、御神輿の背後に桟敷として使われている様子が写っていました。
今日でも、こうした桟敷からお祭りを楽しむ慣習が生き続ける小豆島、伝統が今なお身近に生き続けている息吹のようなものをひしひしと肌で感じられた、中山からここまでの行程でした♪
その意味で以前taろうさんがご紹介されていたチリの「ジュタ溪谷」の灌漑をつかった砂漠の中の緑野は印象的でした。あの乾いた広大な土地に緑野をつくるために一体どんなドラマがあったのか空想はつきません。
映画Jean de Floretteの影響を受けすぎているのかもしれません。
それ故に、心の琴線に響くものがあるのかもしれません。
チリのジュタ渓谷の眺めも、あの砂漠を見事な緑谷へと変貌させた開拓者のご苦労に対するリスペクトの念が自然と湧き上がって、忘れ難い記憶として刻まれるのでしょうね^^
ジュタ渓谷を眺めて味わった感動を、私は一生忘れないでしょう。
素敵な感性をお持ちのプー太郎さんと同じ印象を抱けて、嬉しいです!
ヨーロッパにも棚田はありますが、やはり稲の緑の美しさにはかないません。
佐渡には小さな能舞台を備えた小さなお寺がいくつかありますが、その多くが今は使われることなく、年々腐ちて行ってしまうのが実に残念。
歌舞伎を演じられるのは農家の方でしょうから、稲刈りも終り、その年の収穫に感謝して歌舞伎を奉納するのでしょうが、棚田が一番美しい季節に、こういう伝統的な催し物があれば、もっと観光客が増えそうですね。
やはり、稲作については日本に一日の長があるのでしょうね。
こうした能舞台は、かつてはどこの農村でも普通に見られた光景だったのでしょうね。
伝統の維持は小豆島でも難しくなりつつあるようですが、何とか後世へ伝えていってほしいものです。
重機もない、あってもこれ程の傾斜地にこんな棚田を作るのは、人手に頼らざるを得ないでしょうし、昔の人の偉大さに思いを馳せていました。
豊かな農産品に恵まれた小豆島、もう少し長く滞在したかったです。