12月7日、日本初の金星探査機「あかつき」は金星をまわる軌道への投入に失敗しました。
金曜の朝から土曜の午後まで夜通し仕事で寝不足ですが今も仕事中なので、合間をぬって携帯から投稿します。
8日の時点で、エンジン噴射開始から数分後に突然大きく姿勢が崩れ、その後にエンジンがストップして予定通りの噴射が行われなかったため軌道投入に失敗してしまったこと、異常が発生したためにセーフホールドモードに入り、その結果通信の回復に時間がかかったことが明らかにされました。
軌道投入時の探査機のデータが全て揃い、それを分析したところ、新たに推進系の異常が明らかになりました。
また、姿勢系のデータ分析結果に一部誤りがあり、当初「噴射開始から143秒後に360度回転した」とされましたが、データを確認したところ「152秒後に42度回転した」ようです。
また、9日朝には去り行く金星を初めて撮影することに成功し、画像が公開されました。(上図:JAXA提供)
新たに出てきた事実と、今後の予定についてまとめます。
1. 噴射開始直後から異常は始まっていた
姿勢系のデータ上は、噴射開始から152秒後に大きく姿勢が乱れるまでは正常だったと思われました。ところが推進系のデータを分析したところ、それ以前に異常は既に始まっていたことが新たに分かってきました。
データの分析から、噴射直後から燃料タンクの圧力が少しずつ下がっていたことが分かりました。本来は燃料タンクは高圧ヘリウムタンクと配管で繋がっており、その間にある調圧弁で圧力が一定に保たれているはずです。
同時に機体の加速度も少しずつ下がっていました。通常、同じ力(=質量×加速度)で加速する場合、使った燃料分だけ機体全体の質量が小さくなるので、加速度は大きくなっていくはずです。
そして152秒後、機体の加速度は急激に低下します。これは姿勢が突然乱れたのとほぼ同時です。少しずつ起きていた異常が、この瞬間大きな異常を引き起こしたのでしょうか。
姿勢を戻そうと姿勢制御スラスタが作動し、一旦機体の加速度は少し回復します。それでも姿勢は乱れており、158秒後に姿勢制御はリアクションホイールによる姿勢維持モードに切り替わります。この際に推進剤のバルブが自動的に閉鎖され、燃焼が中断されました。この時からようやく燃料タンクの圧力は回復していきました。そして375秒後、姿勢維持モードからセーフホールドモードへと移行しました。
このことから、推進系の異常は噴射直後から始まり、152秒後に大きなイベントが発生して制御不能に陥ったことが示唆されます。
2. 不可解な燃料タンクの圧力低下
エンジンの燃料は、燃料と酸化剤とを混合させて行われます。酸化剤タンクの圧力は正常であったことが分かっています。燃料タンクの圧力だけが低下したことによって、両者の混合の割合が想定と異なってしまったと思われます。混合比が変わることでどのような現象が起こるのかは現在検証中ですが、恐らく燃焼の効率が下がり、その結果推進力も落ちるのではないかと考えられます。だとすれば、加速度が低下したのも納得がいきます。
しかし、地上での燃焼試験でこのような圧力の低下はなかったということです。また、6月に宇宙空間で実際に燃焼試験を行いましたが、異常はありませんでした。ただしこの時の燃焼はわずか13秒間だけなので、微妙な変化を捉えきれていない可能性があります。
また、158秒後の噴射停止でバルブを閉じてからは、燃料タンクの圧力は回復していきましたが、その回復にも時間がかかっており、何らかの異常が考えられます。一方、現在は燃料タンクの圧力は正常だということなので、バルブを閉じた状態では圧力の低下は起こらないようです。
3. 原因はどこにあるのか
データの分析は始まったばかりですが、少しずつ原因の特定への道筋が見えつつまります。
エンジンの噴射は先に説明したように燃料と酸化剤を混ぜて燃焼させる仕組みです。この燃料と酸化剤はそれぞれ別のタンクに入っています。タンクの中の圧力を維持するため、それぞれのタンクは高圧ヘリウムタンクと配管で結ばれており、その間に調圧弁があって圧力を調節しています。タンクの圧力が下がる原因は大きく2つです。一つはタンクを加圧する機構に異常がある場合、もう一つはタンクから圧力が逃げて加圧が追いつかない場合です。後者はすなわちタンクからのリークを意味します。しかしこの場合には、バルブを閉めた後も圧力の低下が続くはずなので、可能性は低いようです。一方前者の加圧機構の異常ですが、酸化剤タンクの加圧は正常で、加圧に使われる高圧ヘリウムタンクの圧力も正常であることから、高圧ヘリウムタンクと燃料タンクとの間の配管に異常がある可能性が現時点では最も高いという見解が示されました。恐らく配管内で詰まりが生じて、うまく加圧ができなかったのではないかというわけです。
しかし燃焼試験でこのような異常はなかったようで、詰まるとしてもどこに何が詰まったのか全く分かりません。動作の確認が可能なバルブは全てチェックしたとのことですが、直接確認ができない逆止弁も配管内にあるようです。
また同じ燃料を使う姿勢制御スラスタの機能には異常が見つかっていません。正常と思われるデータの中に異常が潜んでいる可能性もあるので慎重な検討が必要です。
また、152秒後に起きた急激な変化については、まだ原因が分かっていません。
4. 原因究明に向けて
まずはデータのさらなる分析が必要です。姿勢系と推進系以外の、電源系や通信系、データ処理系、熱制御系には今のところ異常がないようですが、それぞれのデータを照合して整合性を確かめる必要がありそうです。
また地上での燃焼試験の結果や国内外の文献等から、今回の異常に結び付きそうな手がかりを探すことが必要です。その上で実際に検証するために、地上での燃焼試験を適宜行っていく予定なのだそうです。その上で必要があれば宇宙空間で燃焼試験を行うこともあるかもしれません。
5. 金星の撮影に成功
データのダウンロードを全て完了した直後の9日朝9時頃、カメラの性能を確認するため、金星を初めて撮影しました。画像は人工的に色が付けられていますが、左側の青い画像が紫外線イメージャ(UVI)、中央のオレンジ色の画像が1μmカメラ(IR1)、右側のモノクロ画像が中間赤外カメラ(LIR)によって撮影されたものです。カメラは全部で5台ありますが、今回はすぐに起動できるカメラ3台を使って撮影されました。何れのカメラも正常に機能していることが確認されました。これから惑星間空間を旅することになるので、性能を確認できるチャンスは再接近までありません。この時「あかつき」と金星との距離は約60万km、「あかつき」から見た金星の見かけの大きさは1.2度でした。尚、4台目のカメラも年内に起動して機能評価をする予定です。
今回使われた3台のカメラは、目に見えない光を捉えるカメラです。まずUVIは365nmの紫外線を捉えるカメラです。紫外線は雲や大気中の微粒子によって反射されるので、そうした雲や高層大気の構造を調べることができます。IR1は0.9μmの近赤外線を捉えるカメラです。近赤外線は金星の分厚い大気を通り抜けることができるので、低い層の雲や地表の様子を撮影することができます。LIRは10μmの中間赤外線を捉えるカメラです。中間赤外線は主に熱放射であり、金星大気の温度分布を調べることができます。
今回は金星の夜の側から撮影されました。紫外線や近赤外線は太陽からやって来て金星で反射したものを見ているため、基本的には太陽が当たっている部分しか観測することができません。そのためUVIやIR1の画像では金星は細い三日月形に見えます。一方中間赤外線は金星自体の熱によって発せられるので、夜の側も見ることができます。
何はともあれ、これは日本独自の探査機が初めて撮影した金星の画像であり、歴史的成果です。
6. 6年後の軌道投入は可能か
今の軌道だと、約6年後に再び金星に接近するチャンスが巡ってきます。この際にもう一度軌道投入を試みようと検討が行われています。
まず何より重要なのはエンジンが使えるかどうかです。また今回と同じ失敗を繰り返してはいけないので、失敗の原因を探り、トラブルを解消する手立てがあるのかどうか、そのために何が必要なのかを十分検討する必要があります。また今回のトラブルでエンジンに破損等の致命的なダメージがあった可能性も十分考えられます。
もう一つは燃料の残量です。現在のところ不明で解析中ですが、もし今回のトラブルで大幅に消費されていたり、燃料漏れで多くを失っていたりする可能性もあります。仮に152秒間正常な噴射が行われていたとするならば、十分な量が残っているはずだと言います。まずは現在の残量の確認をし、そしてできるだけ燃料を節約する方法を考えることが大事でしょう。
さらにバッテリーも気になります。実は「あかつき」のバッテリーの寿命は本来4年半です。バッテリーを長持ちさせるため、充電をほぼ空にした状態でしばらく維持しようと考えられています。3ヶ月から半年間で機器の性能を調べたら、その後節電モードで運用することになります。その際は通信系も2系統のうちの片方だけを使うことになりそうです。
問題はそれだけではありません。機器が宇宙空間の放射線に曝され続けるため、その影響が心配されます。また、現在金星軌道よりも1000万km太陽に近い位置にあり、熱による異常が起こる可能性もあります。
このように6年後の再チャレンジを実現させるためにクリアしなければならない課題は山のようにあります。こうした技術面の問題の他に予算の問題もあり、場合によっては予算不足で中止という事態もありえます。何はともあれ、エンジントラブルの詳細が明らかにならないことには何も始まりません。週が明けたら、プロジェクトチームの挑戦が再び始まります。応援しましょう!
金曜の朝から土曜の午後まで夜通し仕事で寝不足ですが今も仕事中なので、合間をぬって携帯から投稿します。
8日の時点で、エンジン噴射開始から数分後に突然大きく姿勢が崩れ、その後にエンジンがストップして予定通りの噴射が行われなかったため軌道投入に失敗してしまったこと、異常が発生したためにセーフホールドモードに入り、その結果通信の回復に時間がかかったことが明らかにされました。
軌道投入時の探査機のデータが全て揃い、それを分析したところ、新たに推進系の異常が明らかになりました。
また、姿勢系のデータ分析結果に一部誤りがあり、当初「噴射開始から143秒後に360度回転した」とされましたが、データを確認したところ「152秒後に42度回転した」ようです。
また、9日朝には去り行く金星を初めて撮影することに成功し、画像が公開されました。(上図:JAXA提供)
新たに出てきた事実と、今後の予定についてまとめます。
1. 噴射開始直後から異常は始まっていた
姿勢系のデータ上は、噴射開始から152秒後に大きく姿勢が乱れるまでは正常だったと思われました。ところが推進系のデータを分析したところ、それ以前に異常は既に始まっていたことが新たに分かってきました。
データの分析から、噴射直後から燃料タンクの圧力が少しずつ下がっていたことが分かりました。本来は燃料タンクは高圧ヘリウムタンクと配管で繋がっており、その間にある調圧弁で圧力が一定に保たれているはずです。
同時に機体の加速度も少しずつ下がっていました。通常、同じ力(=質量×加速度)で加速する場合、使った燃料分だけ機体全体の質量が小さくなるので、加速度は大きくなっていくはずです。
そして152秒後、機体の加速度は急激に低下します。これは姿勢が突然乱れたのとほぼ同時です。少しずつ起きていた異常が、この瞬間大きな異常を引き起こしたのでしょうか。
姿勢を戻そうと姿勢制御スラスタが作動し、一旦機体の加速度は少し回復します。それでも姿勢は乱れており、158秒後に姿勢制御はリアクションホイールによる姿勢維持モードに切り替わります。この際に推進剤のバルブが自動的に閉鎖され、燃焼が中断されました。この時からようやく燃料タンクの圧力は回復していきました。そして375秒後、姿勢維持モードからセーフホールドモードへと移行しました。
このことから、推進系の異常は噴射直後から始まり、152秒後に大きなイベントが発生して制御不能に陥ったことが示唆されます。
2. 不可解な燃料タンクの圧力低下
エンジンの燃料は、燃料と酸化剤とを混合させて行われます。酸化剤タンクの圧力は正常であったことが分かっています。燃料タンクの圧力だけが低下したことによって、両者の混合の割合が想定と異なってしまったと思われます。混合比が変わることでどのような現象が起こるのかは現在検証中ですが、恐らく燃焼の効率が下がり、その結果推進力も落ちるのではないかと考えられます。だとすれば、加速度が低下したのも納得がいきます。
しかし、地上での燃焼試験でこのような圧力の低下はなかったということです。また、6月に宇宙空間で実際に燃焼試験を行いましたが、異常はありませんでした。ただしこの時の燃焼はわずか13秒間だけなので、微妙な変化を捉えきれていない可能性があります。
また、158秒後の噴射停止でバルブを閉じてからは、燃料タンクの圧力は回復していきましたが、その回復にも時間がかかっており、何らかの異常が考えられます。一方、現在は燃料タンクの圧力は正常だということなので、バルブを閉じた状態では圧力の低下は起こらないようです。
3. 原因はどこにあるのか
データの分析は始まったばかりですが、少しずつ原因の特定への道筋が見えつつまります。
エンジンの噴射は先に説明したように燃料と酸化剤を混ぜて燃焼させる仕組みです。この燃料と酸化剤はそれぞれ別のタンクに入っています。タンクの中の圧力を維持するため、それぞれのタンクは高圧ヘリウムタンクと配管で結ばれており、その間に調圧弁があって圧力を調節しています。タンクの圧力が下がる原因は大きく2つです。一つはタンクを加圧する機構に異常がある場合、もう一つはタンクから圧力が逃げて加圧が追いつかない場合です。後者はすなわちタンクからのリークを意味します。しかしこの場合には、バルブを閉めた後も圧力の低下が続くはずなので、可能性は低いようです。一方前者の加圧機構の異常ですが、酸化剤タンクの加圧は正常で、加圧に使われる高圧ヘリウムタンクの圧力も正常であることから、高圧ヘリウムタンクと燃料タンクとの間の配管に異常がある可能性が現時点では最も高いという見解が示されました。恐らく配管内で詰まりが生じて、うまく加圧ができなかったのではないかというわけです。
しかし燃焼試験でこのような異常はなかったようで、詰まるとしてもどこに何が詰まったのか全く分かりません。動作の確認が可能なバルブは全てチェックしたとのことですが、直接確認ができない逆止弁も配管内にあるようです。
また同じ燃料を使う姿勢制御スラスタの機能には異常が見つかっていません。正常と思われるデータの中に異常が潜んでいる可能性もあるので慎重な検討が必要です。
また、152秒後に起きた急激な変化については、まだ原因が分かっていません。
4. 原因究明に向けて
まずはデータのさらなる分析が必要です。姿勢系と推進系以外の、電源系や通信系、データ処理系、熱制御系には今のところ異常がないようですが、それぞれのデータを照合して整合性を確かめる必要がありそうです。
また地上での燃焼試験の結果や国内外の文献等から、今回の異常に結び付きそうな手がかりを探すことが必要です。その上で実際に検証するために、地上での燃焼試験を適宜行っていく予定なのだそうです。その上で必要があれば宇宙空間で燃焼試験を行うこともあるかもしれません。
5. 金星の撮影に成功
データのダウンロードを全て完了した直後の9日朝9時頃、カメラの性能を確認するため、金星を初めて撮影しました。画像は人工的に色が付けられていますが、左側の青い画像が紫外線イメージャ(UVI)、中央のオレンジ色の画像が1μmカメラ(IR1)、右側のモノクロ画像が中間赤外カメラ(LIR)によって撮影されたものです。カメラは全部で5台ありますが、今回はすぐに起動できるカメラ3台を使って撮影されました。何れのカメラも正常に機能していることが確認されました。これから惑星間空間を旅することになるので、性能を確認できるチャンスは再接近までありません。この時「あかつき」と金星との距離は約60万km、「あかつき」から見た金星の見かけの大きさは1.2度でした。尚、4台目のカメラも年内に起動して機能評価をする予定です。
今回使われた3台のカメラは、目に見えない光を捉えるカメラです。まずUVIは365nmの紫外線を捉えるカメラです。紫外線は雲や大気中の微粒子によって反射されるので、そうした雲や高層大気の構造を調べることができます。IR1は0.9μmの近赤外線を捉えるカメラです。近赤外線は金星の分厚い大気を通り抜けることができるので、低い層の雲や地表の様子を撮影することができます。LIRは10μmの中間赤外線を捉えるカメラです。中間赤外線は主に熱放射であり、金星大気の温度分布を調べることができます。
今回は金星の夜の側から撮影されました。紫外線や近赤外線は太陽からやって来て金星で反射したものを見ているため、基本的には太陽が当たっている部分しか観測することができません。そのためUVIやIR1の画像では金星は細い三日月形に見えます。一方中間赤外線は金星自体の熱によって発せられるので、夜の側も見ることができます。
何はともあれ、これは日本独自の探査機が初めて撮影した金星の画像であり、歴史的成果です。
6. 6年後の軌道投入は可能か
今の軌道だと、約6年後に再び金星に接近するチャンスが巡ってきます。この際にもう一度軌道投入を試みようと検討が行われています。
まず何より重要なのはエンジンが使えるかどうかです。また今回と同じ失敗を繰り返してはいけないので、失敗の原因を探り、トラブルを解消する手立てがあるのかどうか、そのために何が必要なのかを十分検討する必要があります。また今回のトラブルでエンジンに破損等の致命的なダメージがあった可能性も十分考えられます。
もう一つは燃料の残量です。現在のところ不明で解析中ですが、もし今回のトラブルで大幅に消費されていたり、燃料漏れで多くを失っていたりする可能性もあります。仮に152秒間正常な噴射が行われていたとするならば、十分な量が残っているはずだと言います。まずは現在の残量の確認をし、そしてできるだけ燃料を節約する方法を考えることが大事でしょう。
さらにバッテリーも気になります。実は「あかつき」のバッテリーの寿命は本来4年半です。バッテリーを長持ちさせるため、充電をほぼ空にした状態でしばらく維持しようと考えられています。3ヶ月から半年間で機器の性能を調べたら、その後節電モードで運用することになります。その際は通信系も2系統のうちの片方だけを使うことになりそうです。
問題はそれだけではありません。機器が宇宙空間の放射線に曝され続けるため、その影響が心配されます。また、現在金星軌道よりも1000万km太陽に近い位置にあり、熱による異常が起こる可能性もあります。
このように6年後の再チャレンジを実現させるためにクリアしなければならない課題は山のようにあります。こうした技術面の問題の他に予算の問題もあり、場合によっては予算不足で中止という事態もありえます。何はともあれ、エンジントラブルの詳細が明らかにならないことには何も始まりません。週が明けたら、プロジェクトチームの挑戦が再び始まります。応援しましょう!
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