
インドで生まれた仏教は、シルクロードをたどりながら東へと伝わり、やがて中国の地へとたどり着いた。
仏教伝搬の足跡を残すかのように、シルクロード沿いには、バーミヤン(アフガニスタン)、キジル(東トルキスタン)、
敦煌(中国甘粛)…といった大規模な石窟寺院が造営されて、シルクロードで仏教文化が花開いていった。
シルクロードから中国中原へと入った仏教は、そこで中華文明と出会い、中国独自の仏教文化が生まれた。
それ以来1500年以上の長きに渡って造られ続けた石窟寺院が、黄河上流・シルクロード旧道近くの山奥に今もひっそりと佇む。
その名は「炳霊寺石窟」。
「炳霊(へいれい)」とは、チベット語で「十万の仏」を意味する。
蘭州滞在2日目は、
シルクロードの仏教文化を今に伝える、「炳霊寺石窟」を訪れた。
■炳霊寺石窟を目指すが...
炳霊寺石窟は、蘭州から南西約100km離れた黄河沿いの山奥にある。
100kmというとそれ程遠くなさそうだが、途中黄河をせき止めた劉家峡ダムがあり、巨大なダム湖が行く手を阻む。
ダム湖上流の石窟へ行くには車では行けず、ボートしか移動手段が無いとても不便な場所にある。
早起きして7:30にはホテルを出て、1路の路線バスに乗り蘭州西バスターミナルへ。
蘭州西バスターミナルの建物。

まずは蘭州西バスターミナルからバスに乗って劉家峡ダムを目指す。
この日は連休中ということもあり、チケット売り場は多くの人民達で賑わっていて、チケットを買い求める人たちの長い列が。

長い列に並んでバスのチケットを購入する。
ガイドブックやネットで、蘭州のある甘粛省では外国人がバスで移動する場合、省の定めた旅行保険に加入しなければならない、
という情報があったが、保険に加入しなくても難なくチケットが購入できた。
中国人と見た目がほとんど変わらない日本人だから外国人とバレなかったのか(もしくは中国人っぽかったから?)、
今は保険加入が必要なくなったのかは不明だが、まあ何にしても無事チケットをゲット。
さっそく劉家峡行きのバスに乗り込む。

劉家峡行きのバスは頻繁に出ていて、8:20ごろ出発。
バスは蘭州中心部を東西に流れる黄河沿いを西へと向い、途中道端で乗客を拾いながら快調に飛ばす。

黄河沿いを数十キロ走ったところでバスは南へ進路を変え、曲がりくねった山道を進んでいく。
周囲はうっすら表面に草が生えた茶色い禿げ山が延々と続く。

9:40ごろ、山あいの町が見えてきた。
どうやら劉家峡の町のようだ。
バスは幹線道路を外れて町の中心部へと向かっていった。
そして町中の狭い道路を走り、やがてバスターミナル前に停車した。
「終点だ、降りろ」
バスの運転手はそう叫び、乗客たちは荷物を担いでゾロゾロとバスを降りていく。
このあとバスはダムへ向かうのか?と一瞬思ったが、やがて僕以外の乗客全員がバスを降り、仕方なく僕もバスを降りた。
どうやら本当にバスの終点のようだ。
バスは直接劉家峡ダムまで行くと思い込んでいたので、いきなりどこか分からないところで降ろされて焦る。
ここからダムまで近いのか、遠いのか… よく分からない。。。
そこで偶然目の前に停まったタクシーの運ちゃんに、「ダムに行けるか?」と聞いてみるが、
「ダムはいかないよ」と、つれない返事。
それでもめげず、通りがかった別のタクシーを捕まえてダムに行けるか聞いてみると、
「20元で行くよ」との返事。迷わずそのタクシーに乗り込んだ。
タクシーの運転手はおばちゃんだった。
というか、劉家峡の町を走るタクシーを見ていると、なぜだかおばちゃん運転手が多い。半分ぐらいはおばちゃん運転手だった。
乗り込んだタクシーはバスが通った道をそのまま戻っていき、10分ほどでダムの入り口らしき場所へ到着。
なんだ、めっちゃ近いじゃん、料金20元てじつは高いじゃん、と思うが後の祭り。
ダム入り口は広い駐車場になっていて、ここから多くの観光客がダムを眺めていた。
タクシーを降りて周囲をウロウロすると、ボート乗り場の標識を見つけ、道なりに歩いていく。
途中、お土産屋が並ぶ場所があり、さらに道なりに進んでいくと、多くのボートが停泊している桟橋を見つけた。

■偶然出会ったスペイン人、タイ人とボートの旅
ボートがたくさん停泊しているダム湖の桟橋には人の気配はなく、仕方なくもう一度お土産屋が並んでいる場所へと戻った。
そしてお土産屋の向かいにチケット売り場の建物があるのを見つけた。
建物の中に入ると、カウンターにチケット売りの小姐がいて、炳霊寺石窟行きの船は、
普通船と、快速ボートがあると説明してくれた。
一番速いのが快速ボートで石窟まで片道1時間、普通船だと2時間以上かかるという。
石窟までの移動で往復4、5時間もかけてたら蘭州に帰れなくなってしまうので、
迷わず快速ボートを選ぶが、ボートが定員(乗客7名)になるまで待たなければならないという。
ちなみにこのとき、快速ボートを待っているは僕ただ一人。
待つのが嫌ならチャーターしろと言う。
チャーターしたら幾らか聞くと、700元(約12,000円)。。。ということで、人数が集まるまで待つことに。
ダム湖周辺の地図。右上が現在地、左下がこれから目指す上流の石窟。距離は50kmほどある。

間もなく、一人の中年男性がボートのチケットを買いにきた。
側耳を立ててカウンターの小姐との話を聞いていると、どうやら同じく快速ボートに乗って石窟に行くらしい。
よかった、まず一人増えた。残り5人。
中年のおじさんは見た目は中国人ぽいが、身なりが小綺麗で、話す中国語もちょっとつたない感じだった。
そこで、どこから来たか聞いてみると、中国系(華僑)タイ人でバンコクから来たのだという。
名前はティムさん。
敦煌、蘭州、西安など中国西部を一人旅中とのこと。
ティムさんと二人でベンチに座り待っていると、白人の集団がゾロゾロとチケット売場の建物へ入ってきた。
お、この人たちは石窟へ行くんじゃないかと、ティムさんと二人で立ち上がった。
この白人たちは5人組で、老夫婦2組と若い女性1人。
若い女性は中国語が少し出来るようで、カウンターの小姐と交渉を始めた。
カウンターの小姐はちょうど7人そろうから快速ボートにしなさい、と半ば強引に5人を説き伏せて
結局この5人とティムさん、そして僕のちょうど計7人で、快速ボートに乗って石窟へ向かうこととなった。
これにより快速ボート代は一人100元で済んだ。
チケット売場の小姐に案内されて、ボートに乗る桟橋までぞろぞろ7人で歩いて移動。
ボート乗り場まで移動中、白人たちに話しかけてみると、若い女性が答えてくれた。
彼女たちはスペイン人だという。
女性の名前はマリアさん。彼女は中国語が少々と英語が話せる。
タイ人のティムさんは中国語より英語の方が堪能なので、会話は自然と英語となるが、
スペイン人老夫婦2組はスペイン語しか解らない。
マリアさんが老夫婦2組を連れて中国内陸部をバックパック旅行しているそうだ。
僕が「ジャパニーズ」と言うと、老夫婦のおじいさんの一人が、
「オー、ハポーン、ハポーン」と、スペイン語で妙にテンションが上がっていた。
それにしても、こんな中国の奥地に老夫婦がバックパック旅行するなんてすごいなあ。
言葉が全然解らないので、すべてマリアさん頼りのようだが。
ボートに乗る前、みんなで救命具を身につける。

これから乗る快速ボート「金輝2号」。思ったより小さい。

ボートの入口は狭く、身体の大きいスペイン人のおじいさんたちは乗り込むのに一苦労。
最後にボート運転手の中国人のおじさんが乗り込み、いざ出発。
スペイン人5名、タイ人1名、日本人1名という、ナゼかこんな中国の山奥でインターナショナルな乗客7名を乗せて、
ダム湖上流の炳霊寺石窟へ向けて快速ボートのエンジンがうねりを上げ進み始めた。

■ダム湖を駆け抜けて黄河上流の石窟へ
快速ボートは桟橋を離れると、ものすごいスピードでダム湖の水面を突き進んだ。
劉家峡ダムは黄河上流を塞き止めた巨大ダムで、1974年に完成した。
主に水力発電用に使われているが、過去に大きな被害をもたらした黄河の大洪水から蘭州など下流域を守る役割もある。
湖の周囲は土がむき出しの茶色い山々が連なる。
ボートは劉家峡ダムの巨大ダム湖を上流に向かって進んでいくが、黄色く濁っている黄河の水が、
ダム湖では濁っていないことに気づく。

あんなに黄色く濁っている黄河が青く澄んでいるのがとても不思議だ。
後で調べてみると、黄河を黄色く染めている土砂はダム湖の底に沈んで堆積しているそうで、
途中別の川が流れ込んでいるところは見事に水の色が分かれていた。

ボートはほとんど波風立たない静かな湖面を滑るように突き進んでいく。
静かな湖にボートのエンジン音だけが鳴り響く。

時おり激しいしぶきを上げて猛スピードで突き進む快速ボートでの移動はなかなかスリリング。
半分ぐらい進んだところで、ボートの運転手が急にスピードを緩め、ボートのエンジンを切った。
湖のど真ん中で急にボートが止まって、何が起きたのか分からず「どうしたんだ?」とみんなざわつく。
もし故障でこんな湖の真ん中で止まってしまったなら、、、とみんな不安顔。
すると運転手のおじさんは、ボートの後ろに行き、エンジンにガソリンを注ぎ始めた。

どうやら燃料が無くなり、給油するため一旦ボートを止めたようだ。
事情が分かり、みな一安心の笑顔。

給油が完了して、再び石窟へ向けて出発。
やがて湖の幅がだんだん狭くなり、周囲には切り立った崖が迫る景色へと変わってきた。
どうやらダム湖を過ぎて、黄河の上流を進み始めたようだ。

河の色も元の濁った黄河の色に変わった。
奇妙な形の岩山が河のすぐそばにそびえ立っている。

なんだか秘境にやってきたような感じで、テンションが上がる。
ボートがスピードを落とし、曲がりくねった河をさかのぼっていくと、崖に「炳霊寺」という文字が見えた。
ダムの桟橋を出発してちょうど1時間。どうやら石窟に到着したようだ。

石窟入口前の船着場。

■炳霊寺石窟を見学
ボートを降りた我々7人は、1時間後にまた船着場に戻ってくることをボート運転手と約束して、
炳霊寺石窟の入口へと向かった。

炳霊寺石窟は、桂林を彷彿とさせる奇岩に囲まれたひっそりとした石窟だ。

入口でチケットを買ってさっそく中へ。
入場料は50元(約800円)。
入口をすぎてしばらく黄河沿いの歩道を道なりに歩いていく。
途中、崖の上の小さな寺院があり、急な階段を上っていくが、スペイン人のおじいちゃんは息が上がってキツそう。。
崖の途中に造られた小さな寺院からは、黄河の流れと周囲の奇岩がそびえ立つ景色がよく見えた。

再び階段を下りて遊歩道を進むと、黄河に流れこむ涸れ川が見えてくる。
左に進むと涸れ川沿いに続く歩道、右に進むと涸れ川に架かる橋を渡ることになるが、左に進んで涸れ川沿いに歩いていく。

遊歩道の左側には、頭上にせり出すほどの切立った崖が続いている。

その崖に、あった。無数の石窟。

炳霊寺石窟は、4世紀の西秦の時代から20世紀初頭の清の時代まで1500年以上の長きに渡って造られ続けてきた。
最も多く掘られたのは、シルクロードが最盛期を迎えていた唐の時代。
以後も、大小さまざまな仏像が掘られ、仏教壁画が描かれてた。

新疆ウイグル自治区などシルクロード沿いの仏教遺跡は、後の時代に入って来たイスラム教徒に破壊されたり、
19~20世紀初頭の欧米探検家たちに持ち去られたりして原型を留めていないものも多い。
しかし、ここ炳霊寺石窟は、人が近づきにくい黄河上流の険しい渓谷にあったため破壊を免れることができた。
多くの貴重な仏像には、風雨による劣化から守るため扉が付けられている。

炳霊寺石窟の仏像の大半はそれほど大きくないため、扉が付けられているものは何だか仏壇に見えてしまう…。
崖の岩をそのまま掘り出した小さな仏像が無数に掘られている。

さらに道なりに進むと、見えました。
炳霊寺石窟最大の仏像で一番の見所である、高さ27mもある大磨崖仏だ。

おもいっきり見上げないと全体が見えない大きさ。

これを掘るのにどのくらいの時間がかかったのだろう。
ちょっと離れて改めて全体像を眺める。

インドで生まれた仏教はガンダーラ(現パキスタン)の地でアレクサンダー大王が残したヘレニズム(ギリシャ)文化と出会い、
仏像が多く造られるようになった。
最初の仏像は、ギリシャ彫刻の影響を受けたものだったが、その後シルクロードを通って中国へ入って来た後、
中国風の仏像へと変わっていった。
1000年以上の時を見守り続けたこの大仏も中国風。

涸れ川に架かる橋を渡って向こう岸へ。

橋から見た涸れ川。奥には険しい岩山が続く。

石窟はこの川沿いの崖に造られているのだが、今は干上がってしまって水は流れていない。
かつては水をたたえた川に船を浮かべて、川から石窟を眺めることができたらしい。
涸れ川を挟んで対岸から見た大仏。


スペイン人らと一緒に石窟をまわって見学しながら、色々話をさせてもらった。
マリアさん曰く、彼らはこの後、炳霊寺石窟から南へ行った臨夏という回族の町へ、そしてさらに奥地へ進んで
チベット文化圏に入り、チベット人の住む町・夏河へと向かうそうだ。
そんな奥地まで年配の人たちが自分たちだけでバックパック旅行で行くなんて、ヨーロッパ人は旅慣れているというか、
すごいと感心してしまう。
自分がそのぐらいの年齢になった時、同じ事ができるだろうか??と考えてしまう。
臨夏へ一緒に行かないか?と誘われたけども、めっちゃ残念だけどそこまで行ける時間は無いのでお断りした。
時間さえあればすごく行きたい場所だったけど。。。

■出会った旅仲間と別れ、再び蘭州市内へ戻る
さて、一通り石窟を見学して船着場まで戻ってきた。
時間もちょうど待ち合わせの時間だ。
7人そろったところで再びボートへ乗り込む。

マリアさんらスペイン人5人は、炳霊寺石窟からダム湖の南側にある蓮花港でボートを途中下船して、
そこから回族の町・臨夏へと向かう。
再びボートは黄河を進んでいく。

蓮花港へは約20分ほどで到着した。
ここでスペイン人5人とお別れ。短い時間だったけど一緒に旅ができた楽しかった。
お互いの旅の成功を伝え合った。

ここからはタイ人のティムさんと二人で、引き続きボートに乗ってもと来たダム湖入口の船着場まで戻る。
行きと同じ代わり映えしない景色のため、行きよりもボートに乗っている時間が長く感じた。

炳霊寺石窟を出て1時間15分ぐらい経って、やっとダム湖入口の船着場まで到着。
ボートを降りて、ティムさんと二人でダムの入口前の道路まで歩いて行く。
さて、ここから二人とも蘭州の町まで戻らなければならないのだが、どうやって戻ろうか二人で相談。
劉家峡の町中から蘭州行きのバスが出ていてダム入口前の道路を10分おきぐらいに通って行くが、
どのバスも満席のようで、手を挙げてもバスは止まってくれない。
劉家峡の町中まで戻るタクシーを待ってみるがなかなか来ない。
そこにたまたま劉家峡の町から蘭州方向へ走るタクシーが一台通りかかった。
すかさず二人で手を挙げて止める。蘭州市内まで戻るタクシーのようだ。
そして運転手と料金交渉。
ティムさんと二人で60元、一人30元(約500円)で交渉成立。
バス(19.5元)と比べてもそんなに高くない。
そのままティムさんと二人、タクシーで蘭州市内へと向かった。
蘭州までの移動中、ティムさんとお互いの旅の話をした。
ティムさんは、敦煌・嘉峪関など甘粛省のシルクロード沿いの町を西から順番に旅してきたようで、蘭州へ戻った後、
列車で西安へと向かうらしい。
ティムさんは年齢は50歳ぐらいだが、優雅に一人旅をしていて何だか羨ましい。
日本にも何度も旅行したことがあるらしく、東京や北海道に行った時の写真をデジカメでたくさん見せてもらった。
色んな所を旅して、金持ちだなあ、ティムさん。
バンコクのスワンナブーム空港近くに住んでいるらしく、タイに来た時は遊びに来てと言ってくれた。
そんなこんなで話をしているうちにタクシーはダムを出発して1時間程で蘭州市内へと入った。
バスに比べてだいぶ速い。
17時ごろ、朝にバスに乗った蘭州西バスターミナル前に到着。
タクシーを降ろしてもらう。
ここでティムさんともお別れ。
ボートでのスリリングな移動や、秘境の中にある石窟見学ももちろんよかったが、
思いがけず、中国の山奥でスペイン人・タイ人・日本人という国際色豊かなメンバーが出会い、
一緒に小旅行が出来てとても楽しかった。
一人旅だとこういう旅先で思いがけない出会いがあって面白い。
ちょっとした出会いがこの日の旅の良いアクセントとなり、より楽しい旅となった。

蘭州西バスターミナルから1路の市バスに乗って18時ごろホテルへと戻る。
ホテル近くの食堂で簡単に夕食を済ませ、明日に備えて早めの就寝となった。
翌日は蘭州市内の見所を回ります。
(つづく)
※2014年5月4日追記:
2014年5月3日の報道によると、ユネスコ諮問機関が中国・カザフ・キルギス3カ国で共同申請された「シルクロード」の
世界文化遺産登録を勧告したとのこと。
今回登録された「シルクロード」は、西安・洛陽から天山回廊を経て中央アジアへ至る部分で、中国国内は22カ所の遺跡などが
登録されるようだ。その22カ所の中に、今回訪れた「炳霊寺石窟」も含まれるらしい。
偶然にも登録前の世界文化遺産を訪れることができた。
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仏教伝搬の足跡を残すかのように、シルクロード沿いには、バーミヤン(アフガニスタン)、キジル(東トルキスタン)、
敦煌(中国甘粛)…といった大規模な石窟寺院が造営されて、シルクロードで仏教文化が花開いていった。
シルクロードから中国中原へと入った仏教は、そこで中華文明と出会い、中国独自の仏教文化が生まれた。
それ以来1500年以上の長きに渡って造られ続けた石窟寺院が、黄河上流・シルクロード旧道近くの山奥に今もひっそりと佇む。
その名は「炳霊寺石窟」。
「炳霊(へいれい)」とは、チベット語で「十万の仏」を意味する。
蘭州滞在2日目は、
シルクロードの仏教文化を今に伝える、「炳霊寺石窟」を訪れた。
■炳霊寺石窟を目指すが...
炳霊寺石窟は、蘭州から南西約100km離れた黄河沿いの山奥にある。
100kmというとそれ程遠くなさそうだが、途中黄河をせき止めた劉家峡ダムがあり、巨大なダム湖が行く手を阻む。
ダム湖上流の石窟へ行くには車では行けず、ボートしか移動手段が無いとても不便な場所にある。
早起きして7:30にはホテルを出て、1路の路線バスに乗り蘭州西バスターミナルへ。
蘭州西バスターミナルの建物。

まずは蘭州西バスターミナルからバスに乗って劉家峡ダムを目指す。
この日は連休中ということもあり、チケット売り場は多くの人民達で賑わっていて、チケットを買い求める人たちの長い列が。

長い列に並んでバスのチケットを購入する。
ガイドブックやネットで、蘭州のある甘粛省では外国人がバスで移動する場合、省の定めた旅行保険に加入しなければならない、
という情報があったが、保険に加入しなくても難なくチケットが購入できた。
中国人と見た目がほとんど変わらない日本人だから外国人とバレなかったのか(もしくは中国人っぽかったから?)、
今は保険加入が必要なくなったのかは不明だが、まあ何にしても無事チケットをゲット。
さっそく劉家峡行きのバスに乗り込む。

劉家峡行きのバスは頻繁に出ていて、8:20ごろ出発。
バスは蘭州中心部を東西に流れる黄河沿いを西へと向い、途中道端で乗客を拾いながら快調に飛ばす。

黄河沿いを数十キロ走ったところでバスは南へ進路を変え、曲がりくねった山道を進んでいく。
周囲はうっすら表面に草が生えた茶色い禿げ山が延々と続く。

9:40ごろ、山あいの町が見えてきた。
どうやら劉家峡の町のようだ。
バスは幹線道路を外れて町の中心部へと向かっていった。
そして町中の狭い道路を走り、やがてバスターミナル前に停車した。
「終点だ、降りろ」
バスの運転手はそう叫び、乗客たちは荷物を担いでゾロゾロとバスを降りていく。
このあとバスはダムへ向かうのか?と一瞬思ったが、やがて僕以外の乗客全員がバスを降り、仕方なく僕もバスを降りた。
どうやら本当にバスの終点のようだ。
バスは直接劉家峡ダムまで行くと思い込んでいたので、いきなりどこか分からないところで降ろされて焦る。
ここからダムまで近いのか、遠いのか… よく分からない。。。
そこで偶然目の前に停まったタクシーの運ちゃんに、「ダムに行けるか?」と聞いてみるが、
「ダムはいかないよ」と、つれない返事。
それでもめげず、通りがかった別のタクシーを捕まえてダムに行けるか聞いてみると、
「20元で行くよ」との返事。迷わずそのタクシーに乗り込んだ。
タクシーの運転手はおばちゃんだった。
というか、劉家峡の町を走るタクシーを見ていると、なぜだかおばちゃん運転手が多い。半分ぐらいはおばちゃん運転手だった。
乗り込んだタクシーはバスが通った道をそのまま戻っていき、10分ほどでダムの入り口らしき場所へ到着。
なんだ、めっちゃ近いじゃん、料金20元てじつは高いじゃん、と思うが後の祭り。
ダム入り口は広い駐車場になっていて、ここから多くの観光客がダムを眺めていた。
タクシーを降りて周囲をウロウロすると、ボート乗り場の標識を見つけ、道なりに歩いていく。
途中、お土産屋が並ぶ場所があり、さらに道なりに進んでいくと、多くのボートが停泊している桟橋を見つけた。

■偶然出会ったスペイン人、タイ人とボートの旅
ボートがたくさん停泊しているダム湖の桟橋には人の気配はなく、仕方なくもう一度お土産屋が並んでいる場所へと戻った。
そしてお土産屋の向かいにチケット売り場の建物があるのを見つけた。
建物の中に入ると、カウンターにチケット売りの小姐がいて、炳霊寺石窟行きの船は、
普通船と、快速ボートがあると説明してくれた。
一番速いのが快速ボートで石窟まで片道1時間、普通船だと2時間以上かかるという。
石窟までの移動で往復4、5時間もかけてたら蘭州に帰れなくなってしまうので、
迷わず快速ボートを選ぶが、ボートが定員(乗客7名)になるまで待たなければならないという。
ちなみにこのとき、快速ボートを待っているは僕ただ一人。
待つのが嫌ならチャーターしろと言う。
チャーターしたら幾らか聞くと、700元(約12,000円)。。。ということで、人数が集まるまで待つことに。
ダム湖周辺の地図。右上が現在地、左下がこれから目指す上流の石窟。距離は50kmほどある。

間もなく、一人の中年男性がボートのチケットを買いにきた。
側耳を立ててカウンターの小姐との話を聞いていると、どうやら同じく快速ボートに乗って石窟に行くらしい。
よかった、まず一人増えた。残り5人。
中年のおじさんは見た目は中国人ぽいが、身なりが小綺麗で、話す中国語もちょっとつたない感じだった。
そこで、どこから来たか聞いてみると、中国系(華僑)タイ人でバンコクから来たのだという。
名前はティムさん。
敦煌、蘭州、西安など中国西部を一人旅中とのこと。
ティムさんと二人でベンチに座り待っていると、白人の集団がゾロゾロとチケット売場の建物へ入ってきた。
お、この人たちは石窟へ行くんじゃないかと、ティムさんと二人で立ち上がった。
この白人たちは5人組で、老夫婦2組と若い女性1人。
若い女性は中国語が少し出来るようで、カウンターの小姐と交渉を始めた。
カウンターの小姐はちょうど7人そろうから快速ボートにしなさい、と半ば強引に5人を説き伏せて
結局この5人とティムさん、そして僕のちょうど計7人で、快速ボートに乗って石窟へ向かうこととなった。
これにより快速ボート代は一人100元で済んだ。
チケット売場の小姐に案内されて、ボートに乗る桟橋までぞろぞろ7人で歩いて移動。
ボート乗り場まで移動中、白人たちに話しかけてみると、若い女性が答えてくれた。
彼女たちはスペイン人だという。
女性の名前はマリアさん。彼女は中国語が少々と英語が話せる。
タイ人のティムさんは中国語より英語の方が堪能なので、会話は自然と英語となるが、
スペイン人老夫婦2組はスペイン語しか解らない。
マリアさんが老夫婦2組を連れて中国内陸部をバックパック旅行しているそうだ。
僕が「ジャパニーズ」と言うと、老夫婦のおじいさんの一人が、
「オー、ハポーン、ハポーン」と、スペイン語で妙にテンションが上がっていた。
それにしても、こんな中国の奥地に老夫婦がバックパック旅行するなんてすごいなあ。
言葉が全然解らないので、すべてマリアさん頼りのようだが。
ボートに乗る前、みんなで救命具を身につける。

これから乗る快速ボート「金輝2号」。思ったより小さい。

ボートの入口は狭く、身体の大きいスペイン人のおじいさんたちは乗り込むのに一苦労。
最後にボート運転手の中国人のおじさんが乗り込み、いざ出発。
スペイン人5名、タイ人1名、日本人1名という、ナゼかこんな中国の山奥でインターナショナルな乗客7名を乗せて、
ダム湖上流の炳霊寺石窟へ向けて快速ボートのエンジンがうねりを上げ進み始めた。

■ダム湖を駆け抜けて黄河上流の石窟へ
快速ボートは桟橋を離れると、ものすごいスピードでダム湖の水面を突き進んだ。
劉家峡ダムは黄河上流を塞き止めた巨大ダムで、1974年に完成した。
主に水力発電用に使われているが、過去に大きな被害をもたらした黄河の大洪水から蘭州など下流域を守る役割もある。
湖の周囲は土がむき出しの茶色い山々が連なる。
ボートは劉家峡ダムの巨大ダム湖を上流に向かって進んでいくが、黄色く濁っている黄河の水が、
ダム湖では濁っていないことに気づく。

あんなに黄色く濁っている黄河が青く澄んでいるのがとても不思議だ。
後で調べてみると、黄河を黄色く染めている土砂はダム湖の底に沈んで堆積しているそうで、
途中別の川が流れ込んでいるところは見事に水の色が分かれていた。

ボートはほとんど波風立たない静かな湖面を滑るように突き進んでいく。
静かな湖にボートのエンジン音だけが鳴り響く。

時おり激しいしぶきを上げて猛スピードで突き進む快速ボートでの移動はなかなかスリリング。
半分ぐらい進んだところで、ボートの運転手が急にスピードを緩め、ボートのエンジンを切った。
湖のど真ん中で急にボートが止まって、何が起きたのか分からず「どうしたんだ?」とみんなざわつく。
もし故障でこんな湖の真ん中で止まってしまったなら、、、とみんな不安顔。
すると運転手のおじさんは、ボートの後ろに行き、エンジンにガソリンを注ぎ始めた。

どうやら燃料が無くなり、給油するため一旦ボートを止めたようだ。
事情が分かり、みな一安心の笑顔。

給油が完了して、再び石窟へ向けて出発。
やがて湖の幅がだんだん狭くなり、周囲には切り立った崖が迫る景色へと変わってきた。
どうやらダム湖を過ぎて、黄河の上流を進み始めたようだ。

河の色も元の濁った黄河の色に変わった。
奇妙な形の岩山が河のすぐそばにそびえ立っている。

なんだか秘境にやってきたような感じで、テンションが上がる。
ボートがスピードを落とし、曲がりくねった河をさかのぼっていくと、崖に「炳霊寺」という文字が見えた。
ダムの桟橋を出発してちょうど1時間。どうやら石窟に到着したようだ。

石窟入口前の船着場。

■炳霊寺石窟を見学
ボートを降りた我々7人は、1時間後にまた船着場に戻ってくることをボート運転手と約束して、
炳霊寺石窟の入口へと向かった。

炳霊寺石窟は、桂林を彷彿とさせる奇岩に囲まれたひっそりとした石窟だ。

入口でチケットを買ってさっそく中へ。
入場料は50元(約800円)。
入口をすぎてしばらく黄河沿いの歩道を道なりに歩いていく。
途中、崖の上の小さな寺院があり、急な階段を上っていくが、スペイン人のおじいちゃんは息が上がってキツそう。。
崖の途中に造られた小さな寺院からは、黄河の流れと周囲の奇岩がそびえ立つ景色がよく見えた。

再び階段を下りて遊歩道を進むと、黄河に流れこむ涸れ川が見えてくる。
左に進むと涸れ川沿いに続く歩道、右に進むと涸れ川に架かる橋を渡ることになるが、左に進んで涸れ川沿いに歩いていく。

遊歩道の左側には、頭上にせり出すほどの切立った崖が続いている。

その崖に、あった。無数の石窟。

炳霊寺石窟は、4世紀の西秦の時代から20世紀初頭の清の時代まで1500年以上の長きに渡って造られ続けてきた。
最も多く掘られたのは、シルクロードが最盛期を迎えていた唐の時代。
以後も、大小さまざまな仏像が掘られ、仏教壁画が描かれてた。

新疆ウイグル自治区などシルクロード沿いの仏教遺跡は、後の時代に入って来たイスラム教徒に破壊されたり、
19~20世紀初頭の欧米探検家たちに持ち去られたりして原型を留めていないものも多い。
しかし、ここ炳霊寺石窟は、人が近づきにくい黄河上流の険しい渓谷にあったため破壊を免れることができた。
多くの貴重な仏像には、風雨による劣化から守るため扉が付けられている。

炳霊寺石窟の仏像の大半はそれほど大きくないため、扉が付けられているものは何だか仏壇に見えてしまう…。
崖の岩をそのまま掘り出した小さな仏像が無数に掘られている。

さらに道なりに進むと、見えました。
炳霊寺石窟最大の仏像で一番の見所である、高さ27mもある大磨崖仏だ。

おもいっきり見上げないと全体が見えない大きさ。

これを掘るのにどのくらいの時間がかかったのだろう。
ちょっと離れて改めて全体像を眺める。

インドで生まれた仏教はガンダーラ(現パキスタン)の地でアレクサンダー大王が残したヘレニズム(ギリシャ)文化と出会い、
仏像が多く造られるようになった。
最初の仏像は、ギリシャ彫刻の影響を受けたものだったが、その後シルクロードを通って中国へ入って来た後、
中国風の仏像へと変わっていった。
1000年以上の時を見守り続けたこの大仏も中国風。

涸れ川に架かる橋を渡って向こう岸へ。

橋から見た涸れ川。奥には険しい岩山が続く。

石窟はこの川沿いの崖に造られているのだが、今は干上がってしまって水は流れていない。
かつては水をたたえた川に船を浮かべて、川から石窟を眺めることができたらしい。
涸れ川を挟んで対岸から見た大仏。


スペイン人らと一緒に石窟をまわって見学しながら、色々話をさせてもらった。
マリアさん曰く、彼らはこの後、炳霊寺石窟から南へ行った臨夏という回族の町へ、そしてさらに奥地へ進んで
チベット文化圏に入り、チベット人の住む町・夏河へと向かうそうだ。
そんな奥地まで年配の人たちが自分たちだけでバックパック旅行で行くなんて、ヨーロッパ人は旅慣れているというか、
すごいと感心してしまう。
自分がそのぐらいの年齢になった時、同じ事ができるだろうか??と考えてしまう。
臨夏へ一緒に行かないか?と誘われたけども、めっちゃ残念だけどそこまで行ける時間は無いのでお断りした。
時間さえあればすごく行きたい場所だったけど。。。

■出会った旅仲間と別れ、再び蘭州市内へ戻る
さて、一通り石窟を見学して船着場まで戻ってきた。
時間もちょうど待ち合わせの時間だ。
7人そろったところで再びボートへ乗り込む。

マリアさんらスペイン人5人は、炳霊寺石窟からダム湖の南側にある蓮花港でボートを途中下船して、
そこから回族の町・臨夏へと向かう。
再びボートは黄河を進んでいく。

蓮花港へは約20分ほどで到着した。
ここでスペイン人5人とお別れ。短い時間だったけど一緒に旅ができた楽しかった。
お互いの旅の成功を伝え合った。

ここからはタイ人のティムさんと二人で、引き続きボートに乗ってもと来たダム湖入口の船着場まで戻る。
行きと同じ代わり映えしない景色のため、行きよりもボートに乗っている時間が長く感じた。

炳霊寺石窟を出て1時間15分ぐらい経って、やっとダム湖入口の船着場まで到着。
ボートを降りて、ティムさんと二人でダムの入口前の道路まで歩いて行く。
さて、ここから二人とも蘭州の町まで戻らなければならないのだが、どうやって戻ろうか二人で相談。
劉家峡の町中から蘭州行きのバスが出ていてダム入口前の道路を10分おきぐらいに通って行くが、
どのバスも満席のようで、手を挙げてもバスは止まってくれない。
劉家峡の町中まで戻るタクシーを待ってみるがなかなか来ない。
そこにたまたま劉家峡の町から蘭州方向へ走るタクシーが一台通りかかった。
すかさず二人で手を挙げて止める。蘭州市内まで戻るタクシーのようだ。
そして運転手と料金交渉。
ティムさんと二人で60元、一人30元(約500円)で交渉成立。
バス(19.5元)と比べてもそんなに高くない。
そのままティムさんと二人、タクシーで蘭州市内へと向かった。
蘭州までの移動中、ティムさんとお互いの旅の話をした。
ティムさんは、敦煌・嘉峪関など甘粛省のシルクロード沿いの町を西から順番に旅してきたようで、蘭州へ戻った後、
列車で西安へと向かうらしい。
ティムさんは年齢は50歳ぐらいだが、優雅に一人旅をしていて何だか羨ましい。
日本にも何度も旅行したことがあるらしく、東京や北海道に行った時の写真をデジカメでたくさん見せてもらった。
色んな所を旅して、金持ちだなあ、ティムさん。
バンコクのスワンナブーム空港近くに住んでいるらしく、タイに来た時は遊びに来てと言ってくれた。
そんなこんなで話をしているうちにタクシーはダムを出発して1時間程で蘭州市内へと入った。
バスに比べてだいぶ速い。
17時ごろ、朝にバスに乗った蘭州西バスターミナル前に到着。
タクシーを降ろしてもらう。
ここでティムさんともお別れ。
ボートでのスリリングな移動や、秘境の中にある石窟見学ももちろんよかったが、
思いがけず、中国の山奥でスペイン人・タイ人・日本人という国際色豊かなメンバーが出会い、
一緒に小旅行が出来てとても楽しかった。
一人旅だとこういう旅先で思いがけない出会いがあって面白い。
ちょっとした出会いがこの日の旅の良いアクセントとなり、より楽しい旅となった。

蘭州西バスターミナルから1路の市バスに乗って18時ごろホテルへと戻る。
ホテル近くの食堂で簡単に夕食を済ませ、明日に備えて早めの就寝となった。
翌日は蘭州市内の見所を回ります。
(つづく)
※2014年5月4日追記:
2014年5月3日の報道によると、ユネスコ諮問機関が中国・カザフ・キルギス3カ国で共同申請された「シルクロード」の
世界文化遺産登録を勧告したとのこと。
今回登録された「シルクロード」は、西安・洛陽から天山回廊を経て中央アジアへ至る部分で、中国国内は22カ所の遺跡などが
登録されるようだ。その22カ所の中に、今回訪れた「炳霊寺石窟」も含まれるらしい。
偶然にも登録前の世界文化遺産を訪れることができた。
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