美しい地球と伴に生きる

この美しい地球を「地球という名の牢獄」にしないため、世界のリスク情報の発信や人間としての生き方を考えてみたいと思います。

国家と国民を分断し統治せよ!(奴隷国家に賢者は不要と考える世界支配層)

2011年10月12日 22時33分14秒 | 日記
昨日の投稿で少し考えました。なぜ、日本の著名な御用学者や評論家は考えが浅いのか? よく考えると、思慮深い政治家、学者や評論家は世界支配層にコントロールされた官僚やマスコミにとって邪魔な存在であるからなのです。だから、小沢さんが3年近く攻撃されているのです。だから、中川昭一さんやNHKの長谷川守さんが殺されたのです。原発問題でもそうです。福島第一原発・超小型水爆爆破テロによる放射能問題についてマスコミに登場した御用学者や評論家はいずれも「原子力村」に所属する輩たちで、政府や東電、保安院の報告をほとんど鵜呑みにして解説していました。しかし、その政府、東電、保安院が発表する内容に疑問を投げかけ、本当のことを追求する本来の学者である京都大学の小出さんたちが主張したことのほうが正しかったと、その後の事実追認で明らかになりました。このように、よくマスコミに登場する専門家といわれる御用学者や評論家の多くは思考が浅く軽薄な判断力の持ち主が多いようです。また、そうした色々なことに疑問を抱かない軽薄で素直な人間のほうが官僚やマスコミにとって都合がいいからだと思われます。いろんな事象に対し、鋭い疑問や深い考察をする学者や評論家はその事象の本質やその裏に潜む真実までも浮き彫りにしてしまう可能性があるので、彼らからするとやっかいで危険な人物となるのでしょう。だから、御用学者や評論家はあまり物事を深く考えない軽薄で素直な人物のほうが好まれるということになります。つまり、「無能で軽薄な人間」のほうが都合が良いということになるのでしょう。そして、この「無能で軽薄な人間」が現在の日本社会の中心に座っているのではと思います。私の考え過ぎでしょうか。政治家、官僚、マスコミ、大学、経済団体や大企業等々のあらゆる組織で「無能で軽薄な人間」が登用され、「有能で思慮深い人間」は排斥される。その傾向が30年程前から現れ始め、この十数年その傾向が顕著になってきたものと思われますが、これも私の思い違いでしょうか。最近の政治家、官僚、マスコミ人、経済団体の代表といわれる方々はいずれも「有能で思慮深い」人たちには到底見えません。むしろ、「無能で軽薄な」人たちといったほうがピッタリ当てはまるように思います。どうも、わざわざそのような人物を各代表に選んでいるのではと勘ぐりたくなります。疑い過ぎでしょうか?。
世界支配層が考える奴隷の管理人は、彼らがコントロールするマスコミにおだてあげられた人気者で愚かで買収しやすい人間であればあるほど都合がよいと考えているのではないでしょうか。
アメリカの隷属国家である日本国に賢者は不要であると考えているのではないでしょうか。
いや、日本国家だけでなく世界の国々についても程度の差があるとはいえ同じように考えているのではないでしょうか?。
ここ数年の世界金融・経済危機に対する世界の首脳陣の対応を見ていると、まさに「愚者」そのものであると言わざるを得ません。
その「愚者」を見ている各国の市民は益々政治家を信用しなくなっており、国家の行政を信用しなくなります。
まさに、市民と国家行政の分断です。
そうです。「分断して統治せよ」世界支配層の策略だと思われます。

余談
現在の裏総理といわれる財務次官の勝栄二郎さんは思慮深い賢者なのでしょうか?
私にはそう思えません。なぜなら、勝栄二郎さんのコントロール下にあるといわれる野田総理が繰り出す政策はいずれも愚者の選択だと思うからです。
私は、勝海舟を尊敬しています。激動の江戸末期、明治維新を卓越した人生観で生き抜いた偉人だと思っています。勝栄二郎さん“勝海舟”さんの卓越した生き様をけっして汚さないようにお願いします。もっとも、その勝海舟さんと勝栄二郎さんは何の関係もないと週刊誌で表明されているそうですが、是非そうあって欲しいと思っています。

以下、ウイキペディア 勝海舟 江戸無血開城の顛末
勝は交渉に当たり、幕府側についたフランスに対抗するべく新政府側を援助していたイギリスを利用した。英国公使のパークスを使って新政府側に圧力をかけさせ、さらに交渉が完全に決裂したときは江戸の民衆を千葉に避難させたうえで新政府軍を誘い込んで火を放ち、武器・兵糧を焼き払ったところにゲリラ的掃討戦を仕掛けて江戸の町もろとも敵軍を殲滅させる焦土作戦の準備をして西郷に決断を迫った。
この作戦はナポレオンのモスクワ侵攻を阻んだ1812年ロシア戦役における戦術を参考にしたとされている[注 17]。 この作戦を実施するに当たって、江戸火消し衆「を組」の長であった新門辰五郎に大量の火薬とともに市街地への放火を依頼し、江戸市民の避難には江戸および周辺地域の船をその大小にかかわらず調達、避難民のための食料を確保するなど準備を行っている。また慶喜の身柄は横浜沖に停泊していたイギリス艦隊によって亡命させる手筈になっていた。
この会談の後も戊辰戦争は続くが、勝は旧幕府方が新政府に抵抗することには反対だった。一旦は戦術的勝利を収めても戦略的勝利を得るのは困難であることが予想されたこと、内戦が長引けばイギリスが支援する新政府方とフランスが支援する旧幕府方で国内が2分される恐れがあったことなどがその理由である。
以下、ウイキペディア 勝海舟 お時間のある方は是非ご覧下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8B%9D%E6%B5%B7%E8%88%9F