
■ソ連時代の記憶を持ちながらのウラジオストク訪問でしたが、極秘とされていた軍港都市を初めて歩く興奮が薄れると、やはり消そうにも消せない「匂い」としか表現できない得体の知れない物が漂っている事に気が付きました。シベリア鉄道の客車を満たしている石炭の臭いや、質の悪い燃料が発する僅かな異臭、そして、廃棄物に対する野放図な扱いから発する臭い…社会主義国特有の、言うなれば労働意欲を根こそぎにしてしまう絶望的な物理的な臭いは、今でも古い建物に入った時などに感じましたが、それ以上に人々の皮膚から立ち上るような精神的な「匂い」は、もしかすると絶対に消えないのかも知れません。何処かで誰かが監視している。或いは、突然、身に覚えの無い容疑で拘束されて人生が終わる緊張感とでも言うような、何とも言えない息苦しさと、乏しい文才ではそんな表現しか出来ませんが……。
■その匂いと臭いは、北京などの中華人民共和国の町を歩いている時にも鼻腔と心に沁み込んで来ます。航空会社や旅行社が盛んに中国観光を宣伝していますが、綺麗なポスターや趣向を凝らした宣伝映像からは、見事にこの感覚が洗い落とされています。変な話ですが、某航空会社のテレビ宣伝に長嶋茂雄さんが起用されて、北京の胡同あたりに残っている伝統的な四合院の中庭で人民服を着て、今の長島さんに「ニイハオ」と声を掛ける白髪の長島さんの姿を見た時に、ちょっと嫌な感じを受けたのでした。何処にでも長島さんは長島さんのままで溶け込んでしまう異才を持っている方ですが、ちょっと、あのCMには違和感が有りましたなあ。戦後のアメリカ天国時代に育って、ベースボールの申し子として登場した長島さんは、ロシアやチャイナには一番似合わない人のような気がします。
■ウラジオストクを歩いていても、ドストエフスキーやチェーホフの香りがしないのは、こちらの浅はかさかも知れませんが、ドストエフスキーはシベリアに流刑となっていますし、チェーホフは樺太までも足を伸ばして悲惨な生活を記録して、どちらもウラル山脈の東に広がる馬鹿みたいに広い土地を明確に異界として描いています。その異界に暮らしているロシア人達は、自分達はロシアの歴史に直結しているというアイデンティティを必死で模索しているような気がするのです。でも、革命以前に短命に終わりはしましたが極東共和国が成立した歴史も有るので、北方領土を引き込むために、「ロシア系日本人」という地位を確立して、個人的に取り込んで行くだけの文化の許容量を増やす努力をして行けば、環日本海ネットワークに新しい展望が得られるのではないかなあ?と、極東ロシア人達の微妙に揺れるアイデンティティを実感しながら考えました。それは遠い未来への課題としても、複雑怪奇な歴史を背負っているロシア人を理解しようとせずに、一括りにして好悪の対象にするような流儀は、前世紀の遺物として何処かに仕舞い込んでも良いかも知れませんなあ。
■1930年代のコミンテルンの謀略や1945年の火事場泥棒が、日本に刻み付けた「ロシア許すまじ」の歴史感覚は記録されるべきですが、明治以来の歴史を考えると、ロシアの文化に親近感を覚えて日本の近代は育った事は否定できませんし、うっかり共産主義を万能薬と信じ込んだ歴史も、日本を相対化して反省する道具を提供してくれた面は有りました。勿論、本家本元で、「もう懲り懲りだ。」と言っているのですから、今もマルクス・レーニン主義の信仰を持っている人は、是非ともロシアに行って「お清め」を受けた方が良いでしょう。ロシアに対して敬意を持って接しようとする時には、社会主義革命の失敗を言い立てたりスターリンの恐怖政治を罵るのではなく、モンゴルによる過酷な支配の後でも19世紀まで「農奴制」が残こされていた歴史や、産業革命を通過しないままに社会主義革命が起こってしまったり、それが崩壊してみたらマフィア利権が跳梁跋扈するという不条理に翻弄されながらも極寒の地で生き残っているしぶとさを前提にするべきでしょうなあ。
■欧州と対等に付き合う為に、ローマ帝国の権威とギリシア正教の伝統を受け継いでみれば、そんなものは欧州の歴史のゴミ捨て場から拾って来たような代物ですから、尊敬されるどころか気味の悪い国だと思われただけですし、モンゴルを押し戻す時には大汗の位を継承した事にしてみれば、アジアでは草原帝国の時代は終わっていました。どうも周回遅ればかり繰り返していて具合が悪いので、思い切って欧州で流行し始めていた「未来の思想」を信じて社会主義革命を起こして、世界史の最先端に飛び出そうとしましたが、どうやら方向違いだったようです。共産党が残したのは、革命を守る為に磨き上げた軍事技術だけでしたが、アフガニスタンの山岳ゲリラにさえも敗れてしまったので、これも大きな遺産とは言えないようです。「詩と数学の国」と或る人がロシアを表現したのを聞いた事が有りますが、今回のウラジオストクの実情を見て、それは本当かも知れないなあ、と再確認した思いがします。どちらも歴史を越えた普遍性を求めるものですから、ロシア人には一番合っているようです。
■同じように社会主義革命を起こした中華人民共和国も、北方民族が建てた清朝を継承しながらも、伝統文化を破壊して歴史の最先端に出ようとしましたが、共産党の宣伝ビラだけでそんな事が実現するはずもなく、痩せた大地と膨大な人口を抱えた慢性的な貧しさに苦しみ続ける歴史は連続していて、権力を握った少数が富を独占して圧倒的多数は貧困に耐えるという社会構造は変りません。支配者側は常に疑心暗鬼になって権力闘争を繰り返し、下々の民は遠慮などしていたら飢え死にするだけだと骨の髄まで沁みこんでいる人口過剰社会が刻み込んだ習慣と体質を持ち続けています。表では盛んに団結を宣伝して民族と領土の統一を主張していますが、裏に回れば国境を越えて人口流出をする工夫に熱心です。それも、政府など一切信用せずに、自分の一族だけは生き残る可能性を模索しているからです。政府の動員に応じてコブシを振り上げて団結を誓って見せるのも、御近所の同志を出し抜く算段をカムフラージュしているだけのような気もしますなあ。
続きは「浦潮記 其の六」で
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■当ブログの目次
どこから読んだら良いか迷ったら目次がわりにお使いください
■こちらのブログもよろしく
旅限無(りょげむ) 本店。時事・書想・映画・地平線会議・日記
五劫の切れ端(ごこうのきれはし)仏教の支流と源流のつまみ食い
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■その匂いと臭いは、北京などの中華人民共和国の町を歩いている時にも鼻腔と心に沁み込んで来ます。航空会社や旅行社が盛んに中国観光を宣伝していますが、綺麗なポスターや趣向を凝らした宣伝映像からは、見事にこの感覚が洗い落とされています。変な話ですが、某航空会社のテレビ宣伝に長嶋茂雄さんが起用されて、北京の胡同あたりに残っている伝統的な四合院の中庭で人民服を着て、今の長島さんに「ニイハオ」と声を掛ける白髪の長島さんの姿を見た時に、ちょっと嫌な感じを受けたのでした。何処にでも長島さんは長島さんのままで溶け込んでしまう異才を持っている方ですが、ちょっと、あのCMには違和感が有りましたなあ。戦後のアメリカ天国時代に育って、ベースボールの申し子として登場した長島さんは、ロシアやチャイナには一番似合わない人のような気がします。
■ウラジオストクを歩いていても、ドストエフスキーやチェーホフの香りがしないのは、こちらの浅はかさかも知れませんが、ドストエフスキーはシベリアに流刑となっていますし、チェーホフは樺太までも足を伸ばして悲惨な生活を記録して、どちらもウラル山脈の東に広がる馬鹿みたいに広い土地を明確に異界として描いています。その異界に暮らしているロシア人達は、自分達はロシアの歴史に直結しているというアイデンティティを必死で模索しているような気がするのです。でも、革命以前に短命に終わりはしましたが極東共和国が成立した歴史も有るので、北方領土を引き込むために、「ロシア系日本人」という地位を確立して、個人的に取り込んで行くだけの文化の許容量を増やす努力をして行けば、環日本海ネットワークに新しい展望が得られるのではないかなあ?と、極東ロシア人達の微妙に揺れるアイデンティティを実感しながら考えました。それは遠い未来への課題としても、複雑怪奇な歴史を背負っているロシア人を理解しようとせずに、一括りにして好悪の対象にするような流儀は、前世紀の遺物として何処かに仕舞い込んでも良いかも知れませんなあ。
■1930年代のコミンテルンの謀略や1945年の火事場泥棒が、日本に刻み付けた「ロシア許すまじ」の歴史感覚は記録されるべきですが、明治以来の歴史を考えると、ロシアの文化に親近感を覚えて日本の近代は育った事は否定できませんし、うっかり共産主義を万能薬と信じ込んだ歴史も、日本を相対化して反省する道具を提供してくれた面は有りました。勿論、本家本元で、「もう懲り懲りだ。」と言っているのですから、今もマルクス・レーニン主義の信仰を持っている人は、是非ともロシアに行って「お清め」を受けた方が良いでしょう。ロシアに対して敬意を持って接しようとする時には、社会主義革命の失敗を言い立てたりスターリンの恐怖政治を罵るのではなく、モンゴルによる過酷な支配の後でも19世紀まで「農奴制」が残こされていた歴史や、産業革命を通過しないままに社会主義革命が起こってしまったり、それが崩壊してみたらマフィア利権が跳梁跋扈するという不条理に翻弄されながらも極寒の地で生き残っているしぶとさを前提にするべきでしょうなあ。
■欧州と対等に付き合う為に、ローマ帝国の権威とギリシア正教の伝統を受け継いでみれば、そんなものは欧州の歴史のゴミ捨て場から拾って来たような代物ですから、尊敬されるどころか気味の悪い国だと思われただけですし、モンゴルを押し戻す時には大汗の位を継承した事にしてみれば、アジアでは草原帝国の時代は終わっていました。どうも周回遅ればかり繰り返していて具合が悪いので、思い切って欧州で流行し始めていた「未来の思想」を信じて社会主義革命を起こして、世界史の最先端に飛び出そうとしましたが、どうやら方向違いだったようです。共産党が残したのは、革命を守る為に磨き上げた軍事技術だけでしたが、アフガニスタンの山岳ゲリラにさえも敗れてしまったので、これも大きな遺産とは言えないようです。「詩と数学の国」と或る人がロシアを表現したのを聞いた事が有りますが、今回のウラジオストクの実情を見て、それは本当かも知れないなあ、と再確認した思いがします。どちらも歴史を越えた普遍性を求めるものですから、ロシア人には一番合っているようです。
■同じように社会主義革命を起こした中華人民共和国も、北方民族が建てた清朝を継承しながらも、伝統文化を破壊して歴史の最先端に出ようとしましたが、共産党の宣伝ビラだけでそんな事が実現するはずもなく、痩せた大地と膨大な人口を抱えた慢性的な貧しさに苦しみ続ける歴史は連続していて、権力を握った少数が富を独占して圧倒的多数は貧困に耐えるという社会構造は変りません。支配者側は常に疑心暗鬼になって権力闘争を繰り返し、下々の民は遠慮などしていたら飢え死にするだけだと骨の髄まで沁みこんでいる人口過剰社会が刻み込んだ習慣と体質を持ち続けています。表では盛んに団結を宣伝して民族と領土の統一を主張していますが、裏に回れば国境を越えて人口流出をする工夫に熱心です。それも、政府など一切信用せずに、自分の一族だけは生き残る可能性を模索しているからです。政府の動員に応じてコブシを振り上げて団結を誓って見せるのも、御近所の同志を出し抜く算段をカムフラージュしているだけのような気もしますなあ。
続きは「浦潮記 其の六」で
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