あなたと夜と音楽と

まあ、せっかくですから、お座りください。真夜中のつれづれにでも。
( by 後藤 純一/めるがっぱ )

映画「日本のいちばん長い日」を見て

2015年09月21日 11時03分34秒 | Weblog
  映画「日本のいちばん長い日」を見た。
原田真人監督・脚本。2015年作品。

 ポツダム宣言を受諾するかどうか紛糾するなか、クーデターを起こそうとする
兵士に皇居が一時占拠され、天皇の玉音盤が危うくなるなど、戦争終結までの
「長い日」を書いた、
半藤一利原作の映画化。
 

       Ⅰ

 岡本喜八監督の「日本のいちばん長い日」が昭和42年・1967年の公開と
知って、驚いた。ついこの前見たかのような気でいた。
半世紀前である。
両者の違いが面白い。

 今度の原田真人版で、一番面白かったのは鈴木貫太郎首相だった。
演じる山崎努を見ていて、良い役者だなあとおもった。
終戦という重いテーマの映画の背骨を支えるだけの俳優だなと見ていて、
そこに岡本版で同じ鈴木貫太郎を演じた笠智衆の姿が重なって見えてきた。
山崎努は今年79歳、実在の鈴木貫太郎は終戦時に77歳であり、
ほぼ同年齢だ。
山崎の鈴木首相は老人と見えてかなりの「くせ者」である。
二・二六で銃の弾をいくつも受けながら生き抜いた人物である。
戦争終結の任を託された首相の骨太さを感じさせる。
調べると、笠智衆は1904年生まれだからあの映画公開時は
63歳である。
笠の鈴木首相も「くせ者」だったが、それはあの飄々として
好々爺然とした個性を前面に出した「くせ者」だった。
三船敏郎の阿南陸相に詰め寄られても、にこにことしていた。
頼りなさそうな、今にも倒れそうでいて、振り子のようにぶれない
個性だった。
どちらの個性が実在の鈴木貫太郎像に近いかという問題ではなく、
二人の俳優の際立った個性が面白く、楽しんだ。

        *

 特筆すべきは、本木雅弘の演じる昭和天皇だ。
本木の昭和天皇の優れているのは、この俳優の持つ天性の孤独感が
天皇が周囲から孤立隔絶した存在であることを、よく描いていたことだ。
出来るなら、本木に(8月15日だけでなく)昭和史を通覧したドラマでも
天皇を演じてもらいたいと思ったほどだ。

       **

 主役は役所広司演じる阿南陸相である。
岡本版では三船敏郎が圧倒的な存在感で演じただけに、どうなるのかと
思ったが、杞憂であった。家庭人の側面を強調しながら組織の
トップとして責任を担う男をよく描いていた。


        Ⅱ

 今度の原田真人監督作品を見て、これはオペラだと思った。
半世紀前には共通の記憶だったものも戦後70年で振り返れば歴史の
かなたの事件であり、どう思い出すかは簡単ではない。
(監督・脚本の原田は昭和24年・1949年生まれ)。
ここはエンターテインメントと割り切り、「日本のいちばん長い日」物語として
描こう、監督がそう思ったかどうかは分からないが、そういう想像が湧いてくる。
オペラという言葉が浮かんだのは、「昭和天皇」「鈴木首相」「阿南陸相」を
一種の疑似家族として描き、次男、父、長男の家族愛として捉えてる
点にもある。
三人の俳優が演じる人物は史実を越えて動き出していると感じられるからだ。
またそれほど、本木雅弘、山崎努、役所広司、三人の主役の演技とその
個性の描き方は良かった。
三人のキャスティングが決まった段階で、この映画の成功はほぼ八割がた
決まったと言いたくなるほどだ。
人物像をここまで俳優から引き出す監督の力量を感じさせる。

 阿南が陸軍省の廊下でラジオから流れる英語の歌に思わず聞き入る
シーンがある。明日8月15日に重大なラジオ放送があるとのアナウンサー
のあとで、偶然入った海外放送の女性歌手の歌に、それまでの緊張が
一瞬とけるという場面だ。
見る側は史実かと思うが、実はこれは映画の創作だ。
この描き方がこの映画の手法をよく象徴している。
史実から大きく離れはしないが、その範囲で自由な発想で物語を
紡いでいる。
 映画を見てすぐに思ったのは、美術(撮影場所、舞台装置)の面白さ
だった。
いずれもたっぷりとした広がりをもった雰囲気のある建物・室内を
(史実の場所とは無関係に)舞台としている。
代表例が陸軍省本部だろう。岡本版でも大地図を天井からさげた
大部屋に映されるが、原田版は体育館ほどの広さを取り、その撮り方も
空間上の対角線を意識したものになっている。
天皇が鈴木に総理を引き受けるよう非公式に告げる宮城内の日本間も
格式とゆったりとした広さがあった。
実は京都の大覚寺なのだとか。
すでに朽ちて存在しない建物も多いのであれば、思い切って時代考証から
離れて、監督のビジョンとして作ればよいという考えがここにあると
言っていいだろう。
終戦が決まり書類を焼却するシーンも面白かった。
岡本版では陸軍省の正面前の庭を舞台としていた。白黒の画面に書類を
焼く煙が画面をくすめる周囲を青年将校が憮然とした表情で力なく歩く、
映画全体を代表するシーンの一つとなっていた。
原田版では、恐らくこの岡本版を逆に意識したのだろう、この焼却場面を
あえて段差のある土地に置いて描いていた。兵士が書類を焼く様子を
一段高い土地から見つめているのだ。
野辺送りを模したのであろうか。
言うまでもなく、陸軍省、現在の防衛省の市ヶ谷にこれほどの段差のある
土地はない。
(なんとロケ地は滋賀県の伊吹山なのだとか)
この自由な発想が原田版の全体構想にあると思えた。
オペラと呼ぶ由縁だ。


         Ⅲ

 映画は天皇、首相、陸相の三人の人物像ほど、青年将校を描くのには
成功していない気がした。
特に肝心のクーデターの中心人物畑中少佐(松阪桃李)、その先輩である
井田中佐(大場泰正)に、監督がなにを託しているのかが、見えてこなかった。
(青年将校を群像劇として描こうという意図が、やや情報過剰で
未整理な印象を残す)。

 岡本版で印象深いのは、井田を演じた高橋悦史だった。
その頬骨の出た風貌に土の匂いを感じた。
農家の長男かと思わせる彼を通して青年将校の向こうに
庶民の姿が透けて見えた。
岡本版の成功のひとつは、この高橋悦史の起用にあったといっても
過言ではない。
高橋がいたからこそ、黒沢年雄のややバタ臭い風貌のオーバーアクト
とも言える熱演が際立ちその戦争継続を主張する反乱将校の狂気の向こうに
庶民の心情と一部重なるものさえ感じさせた。
一方で、高橋の冷静さがもともとこのクーデターは火薬が湿っていて
頓挫するしかなかったと納得させるものがあった。

 今村昌平の「楢山節考」(1983)に、日本映画はもう「貧しさ」を描けなく
なっていると驚いたことを覚えている。
子どもの頃に見た木下恵介の「楢山節考」(1958)がそれだけ印象が強かった
せいでもあろうし、今見直してみればまた違った印象をもつかもしれないが、
今村作品を見た当時の驚きが記憶に鮮明にある。
原田版にこの思いを新たにした。
松坂桃李を中心とする青年将校の描き方が空回りしていると感じさせ
る理由(のひとつ)は、この点にもあるのでは。

(そう見てくると、この映画に出てくるのは豪華なお屋敷ばかりであり、
戦争期にあって鈴木家、阿南家に衣食の貧しさはその片鱗もうかがえない。
鈴木は葉巻が趣味であり、阿南はトランプや西洋音楽を楽しむ家庭人として
描かれている。
ロンドンやカリフォルニアで映画作りを修業したという原田は、伝統的な
日本の「貧しさ」を毛嫌いしているのかとさえ、思わせる。
結果として、庶民の視線は薄く、この映画は支配層の生活圏の外に出ていない。)


        Ⅳ

 「日本のいちばん長い日」というドラマを、「家族愛」を通して描くことに、
違和感を覚えた。
「家族の前では、みんな、ほんとうはいいひとだ」という一点で、戦争という
悲劇も、戦後70年という時間の距離も、天皇と庶民という無限の距離も、
この映画では消えてしまう。

 国と庶民との間には、時に利害の一致しない、越えられない線が
あるというのが、昭和の知恵だったのでは。