
ヒロくんのピアノ・レッスンにて。
しばらく練習していたベートーヴェンの「ピアノ・ソナタ 第20番 ト長調 Op.49-2」の第1楽章がもうじき仕上がりそうです。
軽快なテンポで通奏できるようになりました。
そこでソナタ形式にふさわしく、もうすこしテーマごとの性格づけをきちんと把握して、曲の部分や、場面の転換が聴き手によくつたわるように演奏してもらいたいと思いました。
ソナタ形式には主題がふたつあります(第1主題、第2主題)。
Op.49-2の第1楽章の第1主題は、冒頭から第15小節あたままで。最初のト長調のⅠの和音(ソ・シ・レ)の強奏と、3連符をはさんでレガートで徐々に上行する後半の弱奏のコントラストが印象的です。
ベートーヴェンの音楽はあいまいさがなく、表現のちがいがはっきりしています。第1小節のフォルテが、第2小節ではすでにピアノになっているほどです。
第1主題部の後半には、半音階をつかった艶のあるフレーズが付加されています。第9小節や、第10小節あたまの「レ♯」や、「ド♯」は和音の音に衝突する「倚音 いおん」と呼ばれる非和声音です。倚音に向かって自然なクレッシェンドがかかり、この音にフレーズの重心をおくと、とてもうつくしい効果でひびくことを意識してもらいます。
第1主題は物語でいえば主人公のようなものですが、ヒーローには力強さばかりでなく、こうした心ゆたかな情感もそなわっているのです。
3連符のリズムで進行する6小節間は、推移部といいます。第1主題から第2主題への橋わたしをするところです。音楽的には転調のセクションです。この曲においては、推移部といえどもあとから大きく展開されて、提示部終結をかたちづくる重要な役割を演じます。
3連符のリズムを生かして、元気よく弾きます。めりはりをきかせるため、右手のフレーズは指がとどいたとしても、かならず切って奏します。
第2主題は第20小節のアウフタクトから登場します。調性は第1主題のト長調にたいして、ニ長調にかわっています。原調の5度上の調でひき継がれるのは、もっとも古典的な手法です。
第2主題はレガートで、ピアノです。主人公にたいするヒロインととらえます。レガートとスタッカートをともなうフレーズは女主人公のかわいらしさ、可憐さ、軽妙さをあらわしています。ソナタ形式で重要なことは、こうしたふたつの主題の性格のちがいをきちんと演奏であらわすことです。
ヒロくんは第25小節からはじまる可憐なリズムが苦手です。フレーズ最後のスタッカートの音を弱めに弾きたいのですが、スタッカートであるために鍵盤を過度にはじきすぎて強くなってしまいます。おしりの大きなヒロインでは困ってしまいますね。
フレーズを弱くおさめなさいと注意すると、こんどは第1拍のレガートの重み自体がなくなってしまいます。これは弱く弾こうとして指さきの緊張感をゆるめてしまうからです。弱奏のときにフワッとタッチするのは、ピアノ弾きの大きな誤解のひとつです。弱く弾きたいのなら、指さきのコントロールがフォルテよりも微妙になるため、むしろ緊張させ、固めたほうがよいのです。スラーのついた第1拍はしっかり出ます。あとの音はみじかく、軽く。
第2主題が終わると、提示部終結です。さきにいったように、推移部の3連符のリズムが生かされています。基本的に強く、音階の上行形にはクレッシェンドがともないます。
展開部ではふつう主題の要素がもちいられて、さまざまな調に転調してゆきます。音楽上の展開とは、一般的に転調と主題の変奏をさします。
第1主題の和音の強奏と、やわらかな第2主題のレガートの音型が組みあわさって登場します(第1主題の「p」のフレーズとも考えられますが、第2主題の伴奏形がもちいられているので第2主題とみなすのが妥当です)。ベートーヴェンの工夫の一端がうかがえる変奏です。主人公とヒロインをうまく会話させてあげてください。
主題の性格は、変奏されても基本的におなじです。「ああ、これは前に聴いたこの部分だな」と聴き手に想起させることが、ソナタ形式の構成や論理をかたちづくってゆきます。ですから、変奏されていても気まぐれに性格づけや表現をかえたりせず、第1主題と第2主題の諸要素は、前の部分のイメージを踏襲させて弾きわけます。
第1主題がもどってくる再現部の前で、いったん全パートの音域が高めにあがります。左手の下行音形が3回にわたって降りてくるところに、音楽的な緊張感の高まりを感じましょう。音域がぐっとひろがって、第1主題の力強い和音がもどってくることを準備するのです。
再現部では第1主題、第2主題が繰りかえされますが、たんなる繰りかえしだったら反復記号などで曲の最初にもどせばすむことです。ここをわざわざ楽譜に書くということは、あらたな展開があることを意味しています。とくにベートーヴェンは、展開部をしのぐほどの変奏を再現部でおこなうことが特徴の人です。
第1主題の後半は省略されているかわりに、3連符の推移部がひきのばされています。第2主題の調性はニ長調ではなく、原調のト長調です。変化しているところは変化させるかわりに、主題の性格づけは一貫させます。
全曲の終結部は提示部終結と同様ですが、3連符のフレーズが1オクターヴ下に移されたり、ふたたび高くあがったりするたびに音量の変化をつけます(楽譜に記号によって示唆されています)。
手が大きく移動してきたあとの部分が弱いとき、手の勢いをできるだけ殺して弾かなければなりません。気持ちの上で「弱く弾こう」と思っても、じっさいにピアノに触れるのは指さきですから、弾きかた自体が変化しなければ無意味です。
ヒロくんには手が跳躍しても音が飛びださないように、事前の準備が大切であることを伝えました。
主題の性格を弾きわけて、古典派らしい論理的な演奏を期待して次週のレッスンを待つことにします。(こうき)
レッスン日 2008年2月6日(水) 19:00
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます