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ミセスローゼンの道後日記

爪切つて時計を巻いて春寒く

古本屋の仕事を終え、エプロンと名札を外し、グランドセントラルステーションまで走って行く。夜遊びに行く高校生みたいに、駅のトイレで黒いブラウスとスカートに着替え、香水と真珠のネックレスをつけ、目と口だけ化粧する。ショルダーバッグにスニーカーを押し込み、黒のハイヒールに履き替える。地上へ出て、靴をかんかん鳴らして早足に、1ブロック先のセンチュリークラブまで歩き、ドアの前で待つとやがて、グレーの韓国車がやってくる。本人と同じだけくたびれた背広に古くさい蝶ネクタイを締めた朗善先生が運転席から出てきて、助手席のドアを開けてくれる。私を座らせてドアを閉め、急いで運転席へ回ってハンドルを持ち、「では参りましょうか」とにっこりする。タイヤを鳴らして車を出し、西百丁目の彼の元妻の住むアパートまで猛スピードで走らせる。
アパートの前から電話すると、先生の息子のティムと娘のシビルが降りてくる。シビルとは先日、私の娘達のコンサートの帰り、一緒にスウプを飲んだ。シビルは、ハーイといって、黒のワンピースにはワイルド過ぎる皮のブーツを気にしてる。黒い小さな獅子頭みたいなものがくっついたネックレスをほめると、シビルは嬉しそうに、「この前の休暇に母とフロリダへ行ったときに買ったの」、と言いながら、よく見せようとして私の前にかがんだ。そして鼻をくんくんさせて、「あなたの香水って母のと同じかも。なんていう香水?」と聞く。「パロマピカソ」と答えると、「やっぱりそうだ」とシビルが言う。兄のティムは素晴らしくハンサムで、黒っぽいセーターを着て、ズボンのポケットに本を突っ込んでいる。握手した時、「私も本を持ってくればよかった」と言うと、ティムが父親と同じ目でにっこりした。ティムとシビルがロベルタを抱いて後部座席に乗り込む。ロベルタは、朗善先生のチェロの名。飛行機に乗せる(座席を一つ取る)とき名前がいるというのでシビルがつけた。
雨が降ったりやんだりしてる。「車がパークしやすいからパークアヴェニューと言うんだよ」などと先生は言いながら、今度は東七十丁目のパークアヴェニューまで、車をすっ飛ばす。アパートの玄関のまん前に車を止めると、ドアマンが駆け寄り、私とシビルとロベルタを助け下ろす。
エレベーターの中でシビルが、「七十五回目の誕生日なんてすごく投げやりな気持ちだろうな」というと、「僕を含む出席者全員が彼の患者だよ」と朗善先生が教える。「いい響きだね?」とティムが私の顔を見る。「ええほんとに、私それを見に来たの」と答えると、ティムとシビルが吹き出した。NYのミュージシャンの間ではヒーラーとして有名な精神科医の誕生パーティーが始まるのだ。
四人そろって深呼吸すると、エレベーターマンが、パーティーを楽しんで、と言った。同時にドアが開き、エレベーターから降りたときには四人ともゴージャスな黒人ウェイターの差し出す盆の上に立ち並ぶシャンパングラスをつかんでた。(続く)

お店で流れてる曲。ラブサイケデリコのLAST SMILE

コメント一覧

十七子
半分以上フィクション
短編小説のモチーフなので、現実とはちょっと違いますが、お楽しみください。
(そうそう、このところ素晴らしいスタインウェイを二台続けてみましたよ。)
sh子
アッパーイーストの夜
なんだか展開が映画みたいになってきましたね!ワクワク・・・・R先生イケメンジュニアの写真みたいなあ。シャンパン飲んで、それからそれから~!続き求む!
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