
娘がボーイフレンドを連れて帰省してる。こんな時でもないと行かれないので、私と子供達と三人で、ニックはお留守番で、富士山の氷穴へ入ってみようと言うことになった。道後の石手寺のお胎内くぐりのようなもんだろう、と思ったら全然違った。まず洞窟は横に伸びてなくて、縦に21メートルも下らねばならんかった。濡れて氷ってつるつる滑る石段をしばらく降りると、いきなりしゃがみ歩きか、四つん這いにならねば進めない、低い岩天井の、人一人しか一度に通れない狭い穴が、5メートルくらい続くところに来てしまった。前にも人、後ろにも人、いったんここをくぐったら前進するしかない。後戻りはできない。よく悪夢で見るような狭い濡れた穴である。
「ここを抜けたらまたやや広い所に出て、一番下まで降りたら氷の柱の並ぶ美しい氷穴に到達するから、それはきれいだろうね。」
と、一瞬声に出して、自分自身と子供達を励ました。だが次の瞬間、目の前の濡れて冷たい穴と、ヘルメットを被って後続する観光客の団体を見たらもう無理であった。私も子供達もげらげら笑いながら、一斉に上まで逃げ帰った。げらげらげら。人が怖くなる瞬間は一斉に訪れる。うちらのすぐ背後の中国人の男の子二人連れもつられて逃げた。げらげら笑ってた。ちゃんと入口に書いてあった、閉所恐怖の人には無理ですと。うん。見た見た。それに娘はミニスカートにむき出しの膝小僧だし、チェリストとピアニストの手を怪我させたくなかったしね。恐怖に負けたんじゃない。勇気ある撤退。そうあれは勇退であった。

穴に入る前、今から入りまーす、と笑っている。この後どんな怖い目に合うかまだ知らずに。