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ミセスローゼンの道後日記

囀に雨の激しくなりにけり


ペンシルヴァニア旅行いらい、毎朝、駅まで自分で運転している。運転は何度やってもへた。それに比べてスキーは、三度のレッスンで、ブルー斜面をパラレルターンしながら降りられるようになったので、わりとむいてるかもしれない。お金をセーブして、チリの高級スキー場に行き、高級ホテルの横のドミトリーで一週間くらい合宿するのが夢だ。
スキーした後は、水泳の後と同じくらい眠くなる。二人で交替して走れたら楽だと思う。
先日それを思いつき、旅行の最終日、ブルーマウンテンでスキーした帰り、老前先生がうとうとし出したとき、運転を交代してあげた。「ジョージワシントン橋からニューヨーク市内は運転できません。少し寝たら代ってください」と頼んでおいたのに、先生が起きない。レストエリアにも入りそこね、ああ橋だ、と思ったら、あっという間に夜になった。ヘッドライトをどうにかしてつけて、ぎりぎりの(遅い)速度で走ってると、じれた後続車がスターウォーズみたいに左右からひゅんひゅん出て追い抜いていく。「もしもし、もしもし」と必死で叫ぶと、先生がやっと起きて、「あれ、もうニューヨークだよ。運転できるの?」と聞く。「できません。代ってください」と懇願するも、「こんなところに止められないよ」と言って、また目をつぶる。私が叫ぶ。
「寝ないでっ。どのレーンに行くか指示してくださいっ」
「標識を見てれば誰でもわかるよ」
「その標識が見えないんでっ」
「英語読めないの?」
「それもあるけど、見えないんで、言うの忘れてましたが、私夜は見えないんで、標識の字はすでに一文字も見えないんで、分岐点の境目も見えないんで、前の車との車間距離も定かでないんで、バックミラーの中すら見えないんで、じっさい、夜は私ほとんどブラインドなんで、鳥みたいにっ」
「なぜ?」
なぜと聞かれて困ってる間にも分岐点がやってくる。ぼやけた青い標識が見えてくる。
「どっちのレーンっ? どっちですかっ?」
「左にいくんだよ。なにやってんだ、左だ、今だ、ほら、今、今」
「でも後ろにライトがぎっしりなんで怖いっ」
「怖いのはこっちだよ、今行かなきゃ、アッパーイーストに行ってしまうよ、あっ、お前はばかか何かかっ、ウィンカーを出さずに、こんな至近距離で車線変更するやつがあるかっ、お前は死にたいかっ、俺を殺したいとか何かかっ? 左に行くんだよっ、ああもうだめだ、だめだ……」
「すみません、すみません、ウィンカー出します、でも左、行けました。ね? 次はどうすんですかっ?」
「君本当に見えてないのか? 鳥目なのか? 鳥目なんだな?」
「正確には鳥目というわけじゃないんですけど、私は近視を持ってて、でも最近老眼もきつくて、どっちかをあきらめるか、二つ眼鏡を持つか、悩んだ末に二つ持つのは嫌だから、本を読んだり書いたりする便利さを、映画を見るときの不便さよりも選んでしまって……」
「何言ってるか全然わからない。鳥目なのか? 鳥目じゃないのか? イエスか、ノーか?」
「イエス」
「ううう、なんで先に言わないんだっ」
先生が頭を抱えてうなってる間にも、料金所が近づいてくる。
「イージーパスオンリーのレーンに行くんだっ、そこじゃない、左だ、後ろを見ろよ、ほら車来てるじゃないか、今行くんだ、だめだ、今じゃない、いまだ、そこだ、そこじゃない、もう一つ左だ、ああ、そこじゃないったら、あっちだよ、何やってんだくそぼけ、くそ、かす、とうとう行けなかった、イージーパスオンリーレーンへ、われわれは行けなかった」
「どっちでもいいじゃんよ」
「だめだ」
「なぜ?」
「こんな車の列に並んで待ったりしたら、わしの気分が悪くなるからだ」
「じゃ歩けばいいですよ。ほらほら、車止めますからっ」
「こんなとこに車止められるわけねえだろがっ、法律違反だぞ、お前は正真正銘の愚か者か何かかっ? 」
 というような口喧嘩をえんえんしながら高速を降りた。路肩に止めて運転を代わり、助手席に座ったとたんに、生きててよかったという安堵の涙が出た。とたんに先生は、元の人格に戻って謝り出した。
「無礼な言い草を許してください。あなたがあまりに僕を恐ろしい目に合わせたから、つい、あれはあなたにではなくて、かっとなってしまった自分自身に対して怒っていたのですよ……」
「わかってます。ひどい運転をしてすみません。もう二度と運転しませんから」
「……」
「……」
翌朝、私が仕事に出る用意をして下りて行くと、先生が車を道端に止めて待っていた。先生は運転席のドアを開けて、私を座らせて、「さあ、運転の練習をしましょう!」と言って、手をこすり合わせた。
それいらい毎朝、運転の練習をさせられている。

コメント一覧

十七子
そうします。
次のお給料で、運転用サングラス(度つき、しかもコンタクトレンズの上からかける)を買おうかと考えています。
更紗
す、すみませんっ
命からがらのドライブをされたのに クスクス笑いながら読んでしまいましたっ、お許しください!

どうか運転お気をつけて。なお、眼鏡はあって困るもんじゃないからぜひ作ってください。
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