膝の人工関節置換手術をする事にした。
前回膝を手術したのは2018年。ニセコのスキー場で転倒し倶知安病院でレントゲン。山梨の国立機構甲府病院にて内視鏡術。その時既に人工関節の可能性を説明されたが、まだ自前でいけるとたかを括ってた。
今回の自転車の事故は、膝が強ければ回避できた。ちょっとこけただけで陥没骨折するのは違う。伊佐爾波神社の石段ちゃんと降りられん。猫背でダサい靴ばかり履くのは嫌だ。自前の膝では埒が開かん。全置換いつやるの? 今でしょ。
そうと決めたら早いがいい。冬にはNYへ行く予定がある。と言う事で来週入院する。ゴールデンウィークにリハビリをみっちりやって、明けには杖なしで歩きます! ここからの余生を健康な足で楽しみます!!
その前にやる事が一杯ある。自分の血を取って手術用輸血バッグを作る。NYへ小包送る。ニックのサマーカット。シーツ洗濯。超音波検査で足の血栓の有無を確認。パーチェムで脱毛しときゃよかった。俳句英訳と英語添削。狂犬病の予防接種 。かぼちゃんもサマーカット。松廣歯科で健診。取材テープ起しを入院中一気にやりたい、マッサージも行っときたい。ニックとゴミサミット。ゴミカレンダー英語版があってもいいかもね。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/25/2b/9b7803702644ecdf3ee45c0b9453e272.jpg?1681873315)
「句集野路菊より」
母のいてこそ故里よ母の日よ 信野
青田風おむつ一棹ゆれている 同
友の来て松山の空五月晴れ 同
新茶くむ祈れば心安からん 同
自分の母や姑の事も思って詠んだ母の日の句。母の晩年は、「自分がいてこそ故里」が口癖であった。グループホームに住んで、認知症が進んでもなお、「自分が故里に居なければ、みんなの帰る場所がない。」という責任感に苛まれていた。その度に、「母さんがおる所がふるさと。今はここが私らの故郷やけん。ここにおってくれたらええけんね。」と何千回となく話して聞かせた。