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東日本大震災(平成の大地震) -なぜか社長自ら大臣の耳に入れようとした

2012年07月01日 | 原発検証・備忘録
国会事故調は『全面撤退』について、そのような事実は見当たらないという見解のようだ。日経新聞には『清水氏が言う「退避」であれば、社長から経済産業相らに直接伝える必要があるほど重要なことだったのかだ』と疑問を呈している。

日経新聞、6月18日朝刊『核心』欄より
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発事故調が示す課題 国会に政策評価機関を 編集委員 滝順一 2012/6/18付
東京電力福島第1原子力発電所事故の真相解明にあたっている国会の事故調査委員会(黒川清委員長)は菅直人前首相らの参考人聴取を終え、報告書の取りまとめに入った。今月末にも公表の予定と聞く。
前首相や、東電前社長の清水正孝氏らの答弁で釈然としないことがいくつもある。その一つが昨年3月14~15日に起きた「全員撤退」の問題だ。
東電には全面撤退の意思はなく清水前社長は「(事故対応に必要な)一部を残すという大前提」で伝え、「撤退」ではなく「退避」と言ったという。
疑問に感じるのは、清水氏が言う「退避」であれば、社長から経済産業相らに直接伝える必要があるほど重要なことだったのかだ。
この時期、東電の連絡相手について「基本形は原子力安全・保安院」(清水前社長)だったが、「退避」に関しては、なぜか社長自ら大臣の耳に入れようとした。そこを事故調はより深く追及してほしかった。
東電が事故炉の放棄を早々に決めていたとは思えない。しかし首相官邸の複数名が「全面撤退」と受け取っていた事実もある。結果として誤解を招いたのは伝え方に問題があったわけだが、ほかにまだ隠された事情があるのではないか。
また、このときの官邸側は「その件はもういい」とばかり、東電の緊急時対策本部長である社長が繰り返しかけた電話にこたえなかった。無責任な対応と言わざるを得ない。
政府と東電が情報を共有せず相互に不信を強めたことが、事故対応の混乱を招いた。本来であれば、政府や電力会社、自治体の関係者は原発に近いオフサイトセンターに参集し現地対策本部を設営、そこで情報を共有する手はずだった。今回は肝心のセンターが機能しそうにないと早くからわかっていた。一刻も早く代わりの場所をつくることが必要だったが、だれも動かなかった。
結局、15日早朝に前首相が東電本店に行き、合同の対策本部を立ち上げて、情報共有の問題は解消した。これを前首相の「英断」と評価する見方もある。しかし災害発生から3日半たってからだ。その間、指揮系統の乱れを許した事実にこそ目を向けるべきだろう。
政府の原子力災害対策本部の事務局を務める保安院の責任は重い。寺坂信昭・前院長あたりがオフサイトセンターの機能代替について進言すべき立場にあったのではないか。
官邸での会合の詳細は記録がなく東電のテレビ会議録画にも欠落があるという。物的証拠なしでは真相究明に限りがある。参考人も真実を述べると宣誓しているわけでもない。
黒川委員長は「聴取は海外中継されている」と述べ、外からの視線を意識させ襟を正した証言を促したが、参考人たちの厚顔ぶりに対し効果は薄かった。
半年間の参考人聴取で、原発の安全対策と事故対応で枢要な立場にあった人々が自らの責任の自覚を欠き「自分なりに頑張ったのだが……」などと、どこかひとごとのように話す姿が印象に残った。行政や企業のトップのあり方が問われた。
報告書を受け取れば、今度は国会が世界の視線を浴びる番だ。
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時事ドットコムより
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放射能予測「限界認めてくれた」=国会事故調見解に-班目委員長 
国の原子力安全委員会の班目春樹委員長は11日の記者会見で、東京電力福島第1原発事故の国会事故調査委員会が、公表遅れを批判された緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)の活用は困難だったと指摘したことについて、「限界があることを認めていただいた」と述べ、妥当との考えを示した。
班目委員長は、SPEEDIは気象情報と放射性物質の放出源情報を合わせて使うものとした上で、「公表すべきとは思うが、公表したからといって(適切に)逃げる判断ができたかは疑問」と述べた。
一方、国会事故調が「首相官邸の過剰介入が現場を混乱させた」との見解を示した点については「立場上、コメントは控えたい」と話した。(2012/06/11-20:31)
http://jiji.com/jc/eqa?g=eqa&k=2012061100879
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6月12日付南日本新聞(373news.com)社説より
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[国会事故調見解] 歴史の評価にたえるか( 6/12 付 )
国会の東京電力福島第1原発事故調査委員会は、参考人聴取を踏まえた論点整理で「官邸による過剰介入で現場の混乱を招いた」との見解を示した。
政府の避難指示は「場当たり的だった」と批判した。また、政府が原発の緊急事態を伝える東電からの通報の意味合いを十分に認識できなかったために「初動対応が遅れた」とも指摘している。
菅直人前首相も認めている通り、国策で進めた原発の事故は国に最大の責任がある。原子力緊急事態宣言を出すのに手間取るなど、官邸の対応に問題があったことも間違いない。
政府は指摘を謙虚に受け止め、再発防止策や危機管理態勢づくりの教訓として役立てなければならない。
政府と東電で水掛け論になっていた「全面撤退」問題について事故調は、「(官邸の介入で)阻止したとは言えないというのが委員会の認識。最後まで持ち場を離れなかった作業員の使命感が、事故対応の重要なポイントだった」と結論づけた。
政府と東電との「コミュニケーションのミス」が原因で、「全面撤退」と勘違いした菅氏が東電本店に乗り込み、撤退を阻止した、と言わんばかりである。
だが、菅氏をはじめ、当時の経済産業相だった海江田万里氏や官房長官だった枝野幸男経産相は「全員待避と認識した」と口をそろえている。コミュニケーションの問題とあっさり片付けてしまうのは違和感が残る。
民間の立場で事故を検証した福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)は、菅氏が乗り込んだことで結果的に東電本店に統合本部ができ、作業が円滑化したとして一定の評価をしている。調査する機関が違うとはいえ、正反対の判断では国民は戸惑ってしまう。
大事なのは史上最悪レベルの原発事故がどのようにして発生し拡大したのか、当事者の電力会社や政府はどのように対処したのかをきちんと検証することだ。国会事故調には歴史の評価にたえる検証を求めたい。
現時点で東電が全面撤退を検討していたという証拠はない。だが、清水正孝前社長は参考人聴取で「もう少しきちんとコミュニケーションギャップを詰めておく余地はあったのかなと思う」と述べている。官邸との信頼関係が崩れていたことは間違いない。
報告書がどうであれ、東電の責任が軽くなるわけではない。「記憶がよみがえらない」の連発で、のらりくらりとかわすのではなく、明確な説明を求める。
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国会事故調が発表した論点整理のなかで、官邸の過剰介入が現場を混乱させてとの指摘に対し、菅元首相が自身のブログで反論している。
菅直人元首相のブログより
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国会事故調の論点整理 2012-6-10
6月9日に発表された国会事故調の論点整理において、官邸の「過剰介入」という指摘がなされ、注目が集まっている。たしかに、本来、原災法が想定していた仕組みでは、原子力発電所の敷地外(オフサイト)に関しては「オフサイトセンター」を中心に対応し、敷地内(オンサイト)での原子炉に対する事故対応は事業者である東電が中心に対応する仕組みになっていた。その意味では、事故発生から3月15日に政府・東電統合対策本部が東電本店内に設けられるまで、官邸が中心になって事故収拾に直接関与したのは異例と言えるだろう。
しかし、異例ではあるが、今回のような、東電も保安院も想定していなかったシビアアクシデント(過酷事故)が起きた状況においては、官邸として、そうせざるを得なかったのが現実であった。その事が、国会事故調に理解されていないとしたら残念である。
事故発生直後から、東電からは官邸や本部長である総理に、電源車の搬送への協力要請や、住民避難を必要とするベントの了解を求めてきた。さらに、今回のシビアアクシデントでは原子炉や使用済み燃料プールへの注水においても東電単独では実行できず、自衛隊、消防、警察など各方面に官邸から出動を要請するなど、オンサイトに関することも含めて事故対応に当たらざるを得なかった。本来、事故対応の中心となるべき原子力安全・保安院が、事故発生当初、組織として機能しない中で、もし官邸が動かなかったならば、結果はどうなったか。私は、他の政府機関が十分に動かない以上、官邸として、また原災本部長として、直接対応せざるを得なかったと、今でも考えている。
「撤退問題」では、発電所長をはじめ現場の皆さんは最後まで頑張る覚悟であったことは、その通りだと私も思っている。しかし、清水社長が経産大臣と官房長官に電話をし、両大臣が「会社としての撤退の意思表示」と受け止めたという事実は大きい。これを官邸の誤解と一蹴するのは、やはり一方的な解釈と言わざるを得ない。
こうした解釈の背景には、国会事故調が入手したいかなる情報があるのだろうか。例えば、国会事故調の担当委員は東電本店と福島第一サイトのテレビ会議の記録を見て調査したと述べている。そうであるなら、原発事故発生から今日までの記録を、私が東電本店で社長や会長など約200人の東電幹部を前に話した場面も含めて、国会事故調の責任において全て公開していただきたい。そのことによって、真実と真相が、より公正かつ正確の明らかになるのではないだろうか。
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産経web---『東電の調査報告書案「官邸の介入、無用な混乱助長させた」 2012.6.12 』
『東京電力福島第1原発事故での首相官邸の現場への介入をめぐり、東電が「対応に要員が割かれ、無用の混乱を助長させた」と批判する内容を、近くまとめる社内事故調査の最終報告書案に盛り込むことが11日、分かった。東電が事故後に原発からの「全面撤退」を官邸側に伝えたとされる問題については全面的に否定した。
報告書案は、官邸から第1原発の吉田昌郎所長(当時)への直接の問い合わせが相次いだため、本来は事故対応に当たる吉田所長らが官邸への対応を強いられたと指摘。事故2日後の昨年3月13日には官邸からの要請で、官邸と第1原発の間で専用電話回線が引かれた。現場への直接の問い合わせについて「所長を板挟みにするばかりで事故収束の結果を改善するものではなかった」と批判している。
事故発生翌日の12日には、菅直人前首相が知人から1979年の米スリーマイル事故と同じ進展になると聞き付け、吉田所長に電話。この電話の内容については「現場実態と乖離(かいり)した指導だった」としている。』
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120612/dst12061207010001-n1.htm
コメント

東日本大震災(平成の大地震) -「あれがなければと思うとぞっとする」東電清水元社長

2012年06月16日 | 原発検証・備忘録
2012年6月7日、国会事故調で参考人として出席した東電清水元社長は、重要免震棟の存在について「あれがなければと思うとぞっとする」という発言を行った。
恐ろしい発言だ。
が、さりげない発言であったためか殆どニュースにはなっていない。免震重要棟は2010年7月に完成している。事故のわずか8ヶ月前だ。本当の運が良かったとしかいいようがないだろう。この運の良さがなければ、福島からの全員撤退首都圏3000万人への避難勧告は現実のものとなっていたかも知れない。

また全員撤退問題について『第1原発では最悪の場合10人ほどを残して退避することが検討されていた』ことも明らかになった。(これは委員会側からの発言だったような気もするが)。国会事故調は東電側の主張を認め全員撤退は無かったと判断しているようだが『10人ほど』で最悪の状況に対して一体どのような対応が可能だったのだろうか。実質的には全員撤退と変わるところが無かったのではなかろうか。

以下、目についた記事。国会事故調での安全対策に対する斑目委員長の発言や、以下の記事を見ると今回の原発事故はやはり『人災』なのだろう。安全に対しても国民も含めみんなが『ゆでガエル』状態だったのか。

産経web---『全電源喪失、「対策不要」業界に作文指示、指針改定見送り 放射能漏れ 産経新聞 6月4日(月)11時39分配信』
『東京電力福島第1原発事故の原因となった長時間の全電源喪失について、国の原子力安全委員会の作業部会が平成4年、対策が不要な理由を文書で作成するよう電力業界側に指示し、東電が作成した文章をほぼ丸写しした報告書をまとめ、安全指針の改定を見送っていたことが3日、分かった。安全委は事実関係を隠蔽(いんぺい)してきたが、国会事故調査委員会が受理した同部会の内部資料で判明。規制当局側が業界側と癒着し、不適切な指針を容認してきた実態が明らかになった。
この作業部会は「全交流電源喪失事象検討ワーキンググループ」。海外で全電源喪失の事例が起きたことを受けて3年に設置され、有識者の専門委員のほか東電、関西電力、日本原子力研究所(当時)の外部関係者が参加した。
長時間の全電源喪失は原発の過酷事故につながる重大事態だが、2年に策定された国の安全設計審査指針は「長時間(30分程度以上)の全電源喪失は考慮する必要はない」としており、作業部会はこの妥当性について非公開の会議を開き検討した。
会議では、全電源喪失対策を指針に盛り込むことについて、関電が「指針への反映は行き過ぎ」、東電が「(過酷事故の)リスクが特に高いとは思われない」と反発。新たに対策が必要になると設備などでコストが増えるためとみられる。
これに応じる形で作業部会は4年10月、当時の安全委事務局だった科学技術庁原子力安全調査室経由で、東電と関電に「今後も長時間の全電源喪失を考えなくて良い理由を作文してください」と文書で指示。規制当局の安全委が、規制方針にかかわる文書作成を業界側に丸投げした格好だ。
これに対し東電は同年11月、「わが国の原発は米国の基準に比べると設計の余裕があり、十分な安全性が確保される」などと回答。報告書案にほぼそのまま盛り込まれ、5年6月に「重大な事態に至る可能性は低い」とする最終報告書が作成され、指針の見直しは見送られた。
安全委は福島第1原発事故を受け昨年7月、作業部会の議事などを公表し、関連資料はすべてホームページで公開したとしていた。しかし、全電源喪失の対策が不備だった経緯を調査している国会事故調が今年に入って、業界側とのやりとりを示す内部資料が隠蔽されている可能性を安全委に指摘、提出を求めていた。
原発の全電源喪失 原発に送電線経由で送られる外部電源と、ディーゼル発電機などの非常用電源がともに失われる緊急事態。国の安全設計審査指針では国内の原発で発生しても30分程度で復旧するとされ、長時間の発生は考慮する必要はないとされていた。しかし、東京電力福島第1原発事故で長期間にわたり発生し、原子炉の冷却機能が失われ炉心溶融などの深刻な事態を招いた。』
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120604-00000533-san-soci

毎日web---『<保安院>全電源喪失の恐れ スマトラ受け東電に指摘 5月15日(火)11時30分配信』
『経済産業省原子力安全・保安院が06年、04年のスマトラ沖大地震を受け、原発が津波で全電源喪失する恐れを東京電力に指摘していたことが分かった。保安院の担当者は「この時点で何か対応していれば福島第1原発事故を防げた可能性もある」としている。15日、閣議後の記者会見で枝野幸男経産相が明らかにした。
保安院によると、保安院は06年1月、原子力安全基盤機構や東電など電力会社とともに内部の勉強会を開催。スマトラ沖大地震による津波でインドの原発が、原子炉の熱を海に逃がす海水ポンプの機能喪失で停止したため、国内の原発への影響や対策を検討。同年8月、想定を超える津波による浸水で全電源喪失や、福島第1原発で海水ポンプが使用不可能になる危険性が指摘された。
しかし、東電は想定外の津波を視野に入れなかった。今月14日の国会の事故調査委員会で東電の勝俣恒久会長は「経営陣に伝わっておらず対策の検討はしていない」と述べた。【岡田英、奥山智己】』
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120515-00000035-mai-soci

毎日web---『福島第1事故:放出の放射性物質は90万テラベクレル 毎日新聞 2012年05月24日 21時35分(最終更新 05月24日 23時35分)』
『東京電力は24日、福島第1原発事故で放出された放射性物質の総量(ヨウ素換算)は推定約90万テラベクレル(テラは1兆倍)と発表した。東電が総放出量を公表するのは初めて。2、3号機からの放出が約4割ずつと大半を占め、福島県飯舘村など北西方向に汚染が広がった昨年3月15?16日の2日間で、全体の約3分の1の34万テラベクレルが放出されたとしている。 
事故直後の3月12?31日に原発周辺で計測された大気、土壌、海水中の放射性物質濃度から総放出量を逆算。格納容器の圧力変化や建屋爆発、格納容器内の気体を逃がすベント(排気)などの時刻と突き合わせて、どの原子炉からいつ、どれだけの放出があったかを推定した。
解析によると、2号機の圧力抑制室の圧力が急低下した15日、2号機から16万テラベクレルが放出。14日に水素爆発を起こした3号機の原子炉建屋から大量の白煙が上った16日には3号機から18万テラベクレルが放出された。』
http://mainichi.jp/select/news/20120525k0000m040107000c.html

読売online---『原子力機構、HPで女性を「放射性物質」…削除 (2012年6月5日11時40分 読売新聞)』
『独立行政法人「日本原子力研究開発機構」(茨城県東海村)の東海研究開発センター核燃料サイクル工学研究所のホームページに、「放射性物質」などの用語を女性が怒る様子に例える記述があり、苦情が相次いでいたことがわかった。
ホームページを運営する機構は4日、「誤解を招く表現があった」として該当部分を削除した。
削除されたのは、原子力に関する専門用語を分かりやすく説明するために開設しているコーナー。夫婦げんかをしている女性の様子のイラストを掲げ、「奥さんの“怒鳴(どな)り声”が『放射線』」「怒鳴り声を上げてしまうような奥さんの“興奮している状態”が『放射能』」「怒って興奮している奥さんそのものが『放射性物質』」と記述していた。』
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120605-OYT1T00448.htm?from=main5
→全く危機感のない意識が伝わってくるが、結構解り易いたとえに見える。女性からは顰蹙をかいそうだが。
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東日本大震災(平成の大地震) - 福島原発事故 その時私は 内閣審議官 下村 健一さん

2012年03月18日 | 原発検証・備忘録
大震災から1年を迎え、産経Webに『福島原発事故 その時私は』との回顧録が載っている。その中で下村内閣審議官の記事、短いが今回の事故の様子を的確に表していると思う。
産経web---『【福島原発事故 その時私は】[3・11~]内閣審議官 下村 健一さん(51)2012年3月11日』
『◆「菅さんに冷却水必要」とメモ 頭抱える班目さん。 固まった専門家たち
全電源喪失と聞いた時に、菅さん(菅直人首相=当時)は官邸の誰よりも早く反応しました。よく分かってたんですね。「これは大変なことだよ」と。以後、この言葉を何度聞いたか。独り言のように言い続けていた。
当時のノートに「なぜ非常用ディーゼルエンジン(発電機)まで止まるんだ」って書いてある。これ、菅さんの発言です。「菅さんに冷却水が必要」。かなりテンションが上がってましたが、あの段階では仕方ないと思います。何も分からなかったから。
とにかく早く電源車をかき集めないといけない。首相執務室にホワイトボードを持ち込んで、秘書官たちが手分けして電話して「インター通過」とか、どんどん書き込んだ。菅さんも携帯電話でどこかに電話して「必要な発電機の重さと大きさはどれぐらいなんだ」と。何で総理にそんなこと聞かせてるんだ…と思った。でも、専門家の人たちに「これってどうなってるの」と聞いても、「はい」って返事はするけど、固まって動かない。
仕方ないから僕が近くに行って「あなたの持ってる携帯電話を左手に持って、右手でボタンを押して相手の人にかけてください」と言うと、動きだした。これ、本当の話。こういうのが頭が真っ白って言うんだと思った。
組織としての備えがないから、電源車の用意さえ官邸が判断を重ねていったんです。
二十一時十四分の電話で、東北電力からの電源車の一台目が着いたと。庶務の女の人が「よかった!」って歓声を上げた。ホッとしました。これで何とかなると思ったんだけど…。
出入りの激しい執務室で、一瞬だけ菅さんと二人きりになった時に「(震災)現場に行くなっていう人が多いんだけど、どう思う」って聞かれた。僕は原発に降りることと気づかず、津波被害の状況把握を頭に置いて「ヘリで上空から見るんだったら、僕は(テレビキャスターだった時に)阪神大震災の初日からヘリでリポートしてたから、横で着目点の助言はできます」と言った。菅さんは「そうか」と。
1号機の爆発は、テレビをつけたらあの映像です。「爆発しないって言ったじゃないですか!」って、菅さんが班目さん(班目春樹・原子力安全委員長)に言ったら、これは映画かって思うくらい頭を抱えて。人生で一番ショックなシーンでした。この人が日本の最高権威なのかと。
専門家は何を聞いても、ふにゃふにゃしか言わない。菅さんから目をそらす。そんな中で唯一、明言していたのが「爆発は起きません」だったんです。
十五日に東電へ乗り込む時は、仮眠中で午前四時台にたたき起こされた。「東電が撤退するって言っているから、今から菅さんと一緒に行って」と。僕は後続の車。着いて二階に上がったら、秘書官が真っ青な顔をして「菅さんが今すごいこと言った」と、あの「撤退した時には、東電は百パーセントつぶれます」という演説のことを知らされました。
東電で案内された小部屋にはモニター画面があって、六分割されている。本店の非常災害対策室と福島第一原発の対策本部などみんな映ってる。官邸では様子が分からなかったのに「何だ、こんなのがあるの」って。菅さんは「いいね。じゃあ細野君(細野豪志首相補佐官=当時)ずっとここにいて」って言った。
菅さんのけんまくでまわりが言いたいことを言えなかったとすれば、本人にも問題がある。ただ、誰が首相でも、あれだけ情報が少なく矢継ぎ早に物事が起きる渦中では、語気が強まるのは当然と思う。
原子力を扱う人間にストレステストを課さなきゃだめです。スペースシャトルの乗組員は、想定外の状況で抜き打ちのトレーニングを受ける。今度何かが起きたとき、今の原子力技術のトップたちはまた何もできないだろう。一年たって強調しておきたいのは、「人間」の問題は何も解決していないということです。』
http://www.tokyo-np.co.jp/feature/tohokujisin/oneyear/120311-1-2.html
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東日本大震災(平成の大地震) - 米、原子炉建屋内爆破を検討 福島、注水冷却難航に危機感

2012年03月18日 | 原発検証・備忘録
・東京web---『米、原子炉建屋内爆破を検討 福島、注水冷却難航に危機感 2012年3月16日 10時46分』
『東京電力福島第1原発事故の直後、米エネルギー省内に、チュー長官に助言する専門家組織が設けられ、難航していた原子炉への注水冷却を強化して事態を打開するため、爆発エネルギーが一方向に集中する軍事用の「指向性爆薬」を原子炉建屋内で爆破させ、原子炉格納容器に注水用の穴を開けるよう提案していたことが16日、分かった。
最終的に採用はされなかったが、こうした「奇策」が真剣に検討された事実は、原子炉が十分冷却できなければ事態悪化を招くという米政府内の危機感を示している。』
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2012031601001171.html

・毎日jp---『保安院:防災強化に反対…指針改定見送り』
『原発の重大事故を想定した防災対策の国際基準を導入するため、内閣府原子力安全委員会が06年に国の原子力防災指針の見直しに着手した直後、経済産業省原子力安全・保安院が安全委事務局に対し「社会的混乱を引き起こす」などと導入を凍結するよう再三文書で要求していたことが分かった。結局、導入は見送られ昨年3月、東京電力福島第1原発事故が起きた。導入していれば周辺住民の避難指示が適切に出され、被ばく人口を大幅に減らせた可能性がある。【比嘉洋、岡田英】
安全委が15日、保安院からの文書や電子メールなど関連文書を公開した。
国の防災指針は79年の米スリーマイル島原発事故を受け、80年に策定された。しかし原子炉格納容器が壊れて放射性物質が大量に放出されるような重大事故は「我が国では極めて考えにくい」として想定しなかった。
02年、国際原子力機関(IAEA)が重大事故に対応する新たな防災対策として、住民の被ばくを最小限に抑えるため原発の半径3~5キロ圏をPAZ(予防防護措置区域)、30キロ圏をUPZ(緊急防護措置区域)に設定して効果的な対策を講じる国際基準を作成した。欧米の原発立地国の多くが導入し、安全委も06年3月から検討を始めた。
これに対し保安院は翌4月から6月にかけ、「原子力安全に対する国民不安を増大する恐れがある」「現行指針のEPZ(防災対策重点地域、10キロ圏)より広いUPZを設定すると財政的支援が増大する」などと、導入凍結を求める意見を安全委事務局に文書や電子メールで送付。安全委は07年5月、保安院の要求に応じる形で導入を見送った。
福島第1原発事故では、地震発生から約2時間後に原子炉が冷却機能を喪失。だが3キロ圏内の住民に避難指示が出たのはその4時間後で、10キロ圏内への避難指示は放射性物質の放出が始まった後になるなど、想定の甘さが露呈した。
保安院が再三圧力をかけた理由について、森山善範原子力災害対策監は15日の記者会見で「(国際基準の)メリット、デメリットを慎重に検討する必要があった。自治体の意見も聞く必要があり、拙速に議論すべきではないと考えた」と釈明。そのうえで「当時の対応は十分でなかった。国際的な動向を迅速に取り入れる姿勢に欠け、反省せざるを得ない」と述べた。
◇原子力防災指針◇
原子力事故に対応し国や自治体が策定する防災計画の前提。福島第1原発事故を受けて原子力安全委員会が見直し作業を進めており、PAZとUPZを設定する国際基準を導入する予定。放射性物質が大量放出されるような重大事故が起きた場合、UPZ内の住民は放射線量に応じて避難や屋内退避などの被ばく低減策を求められる。
◇保安院原子力防災課が安全委に出した意見概要◇ ※安全委が公開した文書から抜粋
◇06年4月24日
無用な社会的混乱を回避するため、「即時避難」という語句を使用することは控えていただきたい
◇06年4月26日
IAEAの考え方を導入した新たな原子力防災指針の検討を行うことは、中央省庁、地方公共団体のみならず地域住民にも広く浸透、定着しつつある現行防災スキーム(計画)を大幅に変更し、社会的な混乱を惹起(じゃっき)し、原子力安全に対する国民不安を増大する恐れがあるため、検討を凍結していただきたい。現行指針における原発から半径約10キロのEPZより広い原発から半径約30キロのUPZを設定すると、防災資機材などの整備を重点的に行う地域が拡大し、財政的支援が増大するのではないか
◇06年6月9日
PAZの設定の趣旨は現行指針に基づくEPZの考え方に含まれている
◇06年6月15日
我が国の防災対策の現状に特に問題点が見いだされない。貴課(管理環境課)は本件の社会的な影響の大きさも十分に認識していなかった。防災行政に責任をもつ当院(保安院)の意見、考え方を十分に確認せず、一方的に防災指針について改訂の検討を開始したことは、貴課の不注意と言わざるを得ず、誠に遺憾である
毎日新聞 2012年3月15日 21時45分(最終更新 3月15日 23時38分)』
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20120316k0000m040111000c.html
コメント

東日本大震災(平成の大地震) - 菅首相、死んだっていい俺も行く 

2012年03月18日 | 原発検証・備忘録
14日、国会事故調は当時東電副社長、現在東電の顧問である武藤栄氏の参考人聴取を行った。http://www.ustream.tv/user/jikocho で聴取の内容や黒川委員長の記者会見の模様を見ることができる。

・読売online---『菅首相指示、社内共有せず…東電前副社長認める』
『国会の「東京電力福島原子力発電所事故調査委員会」(黒川清委員長)は14日、東電顧問の武藤栄前副社長から参考人聴取を行った。武藤氏は、菅首相(当時)が昨年3月15日の早朝、東京・内幸町の東電本店に乗り込み、「(福島第一原発からの)全面撤退はあり得ない」と発言したことについて、「一部の作業員の撤退は検討していたが、全面撤退の議論は一切なかった。(菅氏の言動には)違和感があった」と述べた。菅氏の行動は事実誤認だったとの認識を示唆したものだ。
菅氏が事故発生翌日、第一原発を視察した際、吉田昌郎所長(当時)から携帯電話番号を聞いていたと説明したが、菅氏から吉田氏への電話での指示内容は「知らない」と述べ、首相指示が社内で共有されていなかったことを認めた。(2012年3月15日08時06分 読売新聞)』
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20120314-OYT1T01120.htm?from=main3

・東京web---『菅首相、死んだっていい俺も行く 福島原発危機的状況に 2012年3月15日 09時14分』
『水素爆発が相次ぎ福島第1原発事故が危機的状況に陥っていた昨年3月15日未明、菅直人首相(当時)が東京電力本店に乗り込んだ際の「60(歳)になる幹部連中は現地に行って死んだっていいんだ。俺も行く」などとの発言を、東電が詳細に記録していたことが15日、分かった。
菅氏の東電訪問は政府の事故調査・検証委員会の中間報告などでも触れられているが、記録からは、東電が第1原発から全面撤退すると考えた菅氏が、かなり強い口調でできる限りの取り組みと覚悟を迫っていたことがうかがえる。』
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2012031501000935.html?ref=rank

・共同通信---『【死んだっていい 俺も行く】原発危機的状況に前首相 東電が発言詳細記録』
『水素爆発が相次ぎ福島第1原発事故が危機的状況に陥っていた昨年3月15日未明、菅直人首相(当時)が東京電力本店に乗り込んだ際の「60(歳)になる幹部連中は現地に行って死んだっていいんだ。俺も行く」などとの発言を、東電が詳細に記録していたことが15日、分かった。
菅氏の東電訪問は政府の事故調査・検証委員会の中間報告などでも触れられているが、記録からは、東電が第1原発から全面撤退すると考えた菅氏が、かなり強い口調でできる限りの取り組みと覚悟を迫っていたことがうかがえる。
記録によると、本店2階の緊急時対策本部に入った首相は、政府・東電の事故対策統合本部の設置を宣言。「このままでは日本国滅亡だ」「プラントを放棄した際は、原子炉や使用済み燃料が崩壊して放射能を発する物質が飛び散る。チェルノブイリの2倍3倍にもなり、どういうことになるのか皆さんもよく知っているはず」と強い危機感を示した。
さらに「撤退したら東電は百パーセントつぶれる。逃げてみたって逃げ切れないぞ」と迫った。
東電の事故対応について「目の前のことだけでなく、その先を見据えて当面の手を打て」「無駄になってもいい。金がいくらかかってもいい。必要なら自衛隊でも警察でも動かす」と、改善を求めた。
15日未明の段階では、2号機も水素爆発の恐れがあった。状況説明に対し、菅氏が「何気圧と聞いたって分からないじゃないか」といら立つ場面もあった。
菅氏は対策本部に大勢の東電社員がいるのを見て「大事なことは5、6人で決めるものだ。ふざけてるんじゃない。小部屋を用意しろ」と指示、勝俣恒久(かつまた・つねひさ)会長ら東電トップと対応を協議した。
菅氏が撤退を踏みとどまるよう求めた発言と、対策統合本部の設置について、福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)は「(危機対応として)一定の効果があった」と評価している。
今月14日の国会の事故調査委員会では、菅氏の東電訪問時の映像(音声なし)が残っていることが明らかになった。
▽菅氏の主な発言
東京電力が記録していた昨年3月15日未明の菅直人首相(当時)の主な発言は以下の通り。
・被害が甚大だ。このままでは日本国滅亡だ
・撤退などあり得ない。命懸けでやれ
・情報が遅い、不正確、誤っている
・撤退したら東電は百パーセントつぶれる。逃げてみたって逃げ切れないぞ
・60になる幹部連中は現地に行って死んだっていいんだ。俺も行く
・社長、会長も覚悟を決めてやれ
・なんでこんなに大勢いるんだ。大事なことは5、6人で決めるものだ。ふざけてるんじゃない
・原子炉のことを本当に分かっているのは誰だ。何でこんなことになるんだ。本当に分かっているのか
(共同通信)2012/03/15 11:10』
http://www.47news.jp/47topics/e/226717.php
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