内分泌代謝内科 備忘録

内分泌代謝内科臨床に関する論文のまとめ

2022/02/21

2022-02-21 07:42:42 | 日記
クッシング症候群の検査前確率を推定する臨床スコア
Front Endocrinol (Lausanne) 2021; 12: 747549

研究の背景

クッシング症候群はさまざまな合併症を来たし、死亡率が高いことから、早期診断が重要である。しかし、特徴的とされる臨床所見はいずれも特異度が低く、検査値もばらつきがあるので、クッシング病の診断は難しい。

最近の報告によると、クッシング症候群の症状出現から診断までの期間は最大で 4年で、診断までに平均で 4.6人の内科医を経る。

内分泌学会のガイドラインでは、クッシング症候群のスクリーニングのために、1. 尿中遊離コルチゾール、2. 深夜唾液中コルチゾール、3. 1 mg デキサメタゾン抑制試験のいずれか 1つ以上を行うことを勧めている。

いずれの検査も正確であることは確かめられているが、結果が一貫しないことはしばしばある。そのため、複数のグループがクッシング症候群のスクリーニングを行う前にクッシング症候群らしさを評価しておくことが重要だと述べている。

Cipoli らは、クッシング病の診断についてはクッシング病かそうでないかを決する二分法よりも、ベイズ推定をくり返してクッシング病らしさを高めていくアプローチの方が現実的であると述べている。クッシング症候群の診断のためにベイズ推定を利用するのは方法論的には妥当で、検査値を正しく解釈することを可能にするだろう。しかし、ベイズ推定を行うためには検査前確率が分かっている必要があるが、クッシング症候群の検査前確率を推定する信頼できる方法はなかった。

そこで著者らは、クッシング病の検査前確率を推定する臨床スコアモデルを開発することを目的に観察研究を行った。

2. 研究の方法

対象はイタリアの 3次医療機関の内分泌内科 5科でクッシング症候群が疑われ (代謝異常を少なくとも 2つ以上認めることは必須) 生化学検査が行われた患者とした。

患者の登録は前向きに行い、解析は後ろ向きに行った。事前に決めておいた クッシング症候群 150 例とクッシング症候群が否定された 300 例を組み込んだ時点で登録を終了した。想起バイアスを除くために、臨床所見については生化学的検査を行う前に報告されたもののみを解析の対象とした。

得られた臨床所見のデータに対して多重ロジスティック回帰分析 (変数増減法 stepwise backward selection algorithm) を行い、クッシング症候群の検査前確率を推定する臨床スコアモデルを作成した。

得られたモデルの内的バリデーションは 10-分割交差検証で検証した。

3. 結果

150 名のクッシング症候群の患者のうち、76.0% (114名) がクッシング病、19.3% (37名) がACTH 非依存性クッシング症候群 (35名が副腎腺腫、2名が副腎癌) 、7% (4.6%) が異所性 ACTH 産生腫瘍だった。

クッシング症候群に特徴的とされる所見の頻度 (クッシング症候群 V.S. 非クッシング症候群) は以下の通り。中心性肥満との相関は明らかでなく、BMI 30 kg/m2 以上の肥満とは逆相関を認めた。

満月様顔貌: 67.3% V.S. 27.7%, P 0.001 未満
顔面紅潮: 45.3% V.S. 15.3%, P 0.001 未満
赤色線条: 32.7% V.S. 16.0%, P 0.001 未満
易出血: 31.3% V.S. 10.0%, P 0.001 未満
近位筋萎縮: 49.3% V.S. 11.3%, P 0.001 未満
近位筋筋力低下: 35.3% V.S. 16.7%, P 0.001未満
多毛または脂漏症: 46.0% V.S. 32.7%, P=0.006
精神症状: 41.3% V.S. 23.0%, P 0.001未満
野牛肩: 54.0% V.S. 20.0%, P 0.001未満
中心性肥満: 68.9% V.S. 72.0%, P=0.468
肥満 (BMI 30 kg/m2 以上): 36.0% V.S. 64.0%, P 0.001未満
高血圧: 70.7% V.S. 51.0%, P 0.001未満
糖尿病: 36.0% V.S. 24.3%, P=0.010
脂質異常症: 60.7% V.S. 49.0%, P=0.019
骨密度正常: 46.7% V.S. 80.7%, P 0.001未満
骨減少症: 21.3% V.S. 11.0%, P 0.001未満
骨粗鬆症: 32.0% V.S. 8.3%, P 0.001未満

多重ロジスティック解析から得られた臨床モデルでは下記項目に付された点数の合計からクッシング症候群の検査前確率を推定する。モデルに対して ROC 分析を行うと、AUC 0.871 と計算された。

40歳未満: 3点
40-59歳: 2点
満月様顔貌: 1点
顔面紅潮: 1点
近位筋萎縮: 1.5点
多毛または脂漏症: 1点
野牛肩: 1.5点
肥満 (BMI 30 kg/m2) ではない: 3点
高血圧: 2点
糖尿病: 1点
骨減少症: 1.5点
骨粗鬆症: 2.5点

合計点
0-5.5点: 低リスク 検査前確率 0.8%
6.0-8.5点: 低~中等度リスク 検査前確率 2.7%
9.0-11.5点: 中等度~高リスク 検査前確率 18.5%
12.0-17.5点: 高リスク 検査前確率 72.5%

4. 議論

著者らは臨床モデルの合計点が 6点以上であれば高コルチゾール血症のスクリーニングをしても良いのではないかと述べている。臨床的にクッシング症候群をあまり疑わない状況にあれば 9点以上でスクリーニングを行うのも良いかもしれない。

最近のメタ分析によれば 3つのスクリーニング検査の結果の解釈は検査前確率に影響されることが示されている。特に検査前確率が低い場合にはスクリーニング検査で陽性であってもクッシング症候群ではないことがあり得る。

臨床スコアを用いて検査前確率を評価すると、検査前確率が低い場合に不要な検査を行うことが避けられるし、仮にスクリーニング検査が陽性でも信頼性が低いことが分かる。逆に検査前確率が高い場合は、スクリーニング検査の結果が一致しない場合でも確信を持って確定的な検査に進むことができる。

本研究で得られた臨床スコアでは肥満がないことがクッシング症候群の強力な予測因子だった。これは一見すると矛盾のようだが、本研究はクッシング症候群が疑われる患者を対象にしており、これらの患者の多くはメタボリック症候群であることを考えれば不思議ではないかもしれない。

本研究の臨床スコアでは若年であることも強力な予測因子である。これは 40歳未満で二つ以上のクッシング症候群に関連する代謝異常 (高血圧、糖尿病、骨減少症/骨粗鬆症など) を認める場合はクッシング症候群のスクリーニングを検討するべきとしている国際ガイドラインとも一致する。

今回得られた臨床モデルの外的バリデーションは前向きコホート研究で検証されるべきだろう。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8524092/#!po=11.7021

2022/02/20

2022-02-20 05:51:41 | 日記
COPD に対する抗コリン薬吸入が尿閉を増やすかどうかを検討した後ろ向きコホート研究
Arch Intern Med 2011; 171: 914-920

6年間の観察期間で 565073名の COPD 患者のうち、男性 9432例、女性 1806 例で尿閉を認めた。

吸入抗コリン薬投与群では対照群と比較して尿閉の頻度が多かった ( HR 1.42, 95%CI 1.20-1.68) 。もともと前立腺肥大が指摘されている男性に限ればさらに尿閉の頻度は高かった ( HR 1.81, 95%CI 1.46-2.24) 。

180日あたりの尿閉発症の NNH は 263 (95%CI 200-361) だった。

吸入コリン薬でたしかに尿閉は増えるが、頻度は高くない。

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21606096/

2022/02/19

2022-02-19 07:47:07 | 日記
晩発性皮膚ポルフィリン症についての総説
Liver Int 2012; 32: 880-893

晩発性皮膚ポルフィリン症 ( porphyria cutanea tarda: PCT ) は世界で最も多いポルフィリン症である。他のポルフィリン症は先天的な代謝異常であるのに対し、PCT は後天的な肝疾患であり、アルコール多飲、鉄過剰、慢性 C 型肝炎、エストロゲン療法、喫煙が誘因になる。他に HFE 遺伝子の変異も認めることがある。

PCT の病態生理は複雑で、一様ではないが、肝における過剰な鉄蓄積と酸化ストレスが中心的な役割を果たしていると考えられている。PCT における鉄蓄積はふつう軽度~中等度で、本格的なヘモクロマトーシスと比べると軽度である。アルコール多飲と C 型肝炎ウイルス感染は HFE 遺伝子変異と同様に肝細胞におけるヘプシジンの発現を低下させる。ヘプシジンが低下すると腸管からの鉄の吸収が亢進し、肝に鉄が蓄積する。その結果、肝の酸化ストレスが亢進すると、ウロポルフィリノーゲン脱炭酸酵素 (uroporphirinogen decarboxylase: UROD) の発現が低下しポルフィリノーゲンが蓄積する。ポルフィリノーゲンは非酵素的にポリフィリンに酸化される。皮膚に沈着したポルフィリンは波長 400-410 nm の可視光を吸収するため、光線過敏症の原因となる。

活動性の PCT の 治療は瀉血 ( phebotomy ) と貧血にならない程度の鉄制限である。低用量の抗マラリア薬 ( キニーネ, cincona alkaloid ) も有効である。

1.臨床像

PCT の有病率は地域によって異なり、5000-70000 人に 1 人である。

PCT は典型的には緩徐に進行する慢性の皮膚障害で、水疱、小水泡や粟粒腫を手背や前腕に認める。

臨床症状は肝臓の UROD の活性が 75%以上低下しないと出現しない。UROD はヘム合成経路の 5番目の酵素である。UROD 欠乏の多く (75-80%) は後天的だが、一部 (20-25%) に家族性の PCT があり、遺伝的に UROD の活性低下 (~50%) を認める。しかし、後者の場合でも後天的な要因が加わって UROD の活性が 75% 以下に低下しないと PCT を発症しない。

2. 病態生理

PCT は 3つのサブタイプに分けられる。タイプ I は 75-80%を占める後天性のもので、肝臓に限局して UROD の活性が低下する。タイプ II は全身の UROD の酵素活性が遺伝的に低下 (~50%) もので、20-25%を占める。タイプ III はおそらく未知の遺伝子変異により、肝臓に限局して UROD の活性が低下するもので極めて稀である。

PCT の病態生理は今までのところは以下のように考えられている。まずアルコールの過量摂取やエストロゲン療法によってチトクロム P-4501A2 の活性が亢進し、鉄が過剰になると活性酸素種が発生する。その結果、ポルフィリノーゲンあるいはヒドロキシメチルビラン (ウロポルフィリノーゲンの前駆体であるテトラピロール) に由来する UROD の阻害因子が蓄積する。UROD の活性が低下すると、ウロポルフィリンとヘプタカルボキシルポルフィリンが蓄積する。両者ともに多くのカルボキシル基を持ち、水溶性なので細胞質やリソソーム内に蓄積する。また尿や便中に排泄される。ポルフィリンは 400-410 nm の波長の光を吸収するため、PCT 患者の露出部には光による皮膚障害を認める。

晩発性皮膚ポルフィリン症についての総説その3。
臨床症状、血液・尿所見、病理所見、危険因子

PCT 患者では日光に曝されてから、数日から数週間後に手背や前腕などの露出部に水疱、小水泡、粟粒腫を認める。これらの皮膚病変は夏季に増悪し、数週間から数ヵ月間持続する。慢性的な皮膚の障害により、水疱や粟粒腫が生じた部位の皮膚が瘢痕化したり、色素沈着したりする (リンク参照) 。他の皮膚所見としては眼瞼のヘリオトロープ疹、顔の側面の多毛、ざ瘡、皮膚硬化、潰瘍をともなう異栄養性石灰化、脱毛、爪甲剥離がある。

PCT の患者では大量のポルフィリンが尿中に排泄されるため尿が、ピンク、赤、茶色に変色することがある。特に尿を空気や光に曝すと変色がはっきりする。ポルフィリンは鉄を含んでいないので、ヘム (鉄イオンが配位結合したポルフィリン)、ヘモグロビン、ミオグロビンを検出する尿検査は全て陰性となる。

活動性の PCT 患者では血清のアミノトランスフェラーゼや γ-グルタミルトランスペプチダーゼが軽度上昇する。ルーチンの血液検査では、PCT に特異的な所見はないので、PCT を診断するためには特異的な検査が必要である。最初に行う検査とし有用なのは、直接血漿を分光測定することである。症候性の PCT 患者では、血漿のポルフィリンは~400 nm の波長の光で励起され、~620 nm の波長の光を放出する。これらの蛍光パターンが観察されたら、診断確定のために、尿中のポルフィリンおよびポルフィリンの前駆体、あるいは便中のポルフィリンを測定する。

PCT 患者では、尿中のウロポルフィリン、ヘプタカルボキシルポルフィリン、便中のイソコプロポルフィリン、血漿の 7-, 8-カルボキシポルフィリンの濃度が上昇している。一方、赤血球のポルフィリンはほとんど上昇していない。尿中のデルタ-アミノレブリン酸は正常~軽度上昇 (基準値上限の 2倍以下) で尿中ウロポルフィリノーゲンは正常である。後者は急性肝性ポルフィリア (acute hepatic porphiria) との鑑別に有用である。

肝組織は固定しない状態で赤い蛍光を認める 。他に不均一な脂肪肝、鉄沈着、炎症、壊死を認めるが、いずれも PCT に特異的な所見ではない。PCT におけるヘモジデローシスはふつう軽度~中等度である。他に針状の親水性の細胞内封入体を認め、ウロポルフィリンまたはヘプタカルボキシルポルフィリンの結晶であると考えられている。これらの封入体はフェリチン顆粒の近傍にあり、鉄によってポルフィリノーゲンが酸化される結果、ポルフィリン結晶が形成されるのかもしれない。

鉄がウロポルフィリンの過剰産生を引き起こす機序についてはいくつかの経路が考えられている。ひとつは活性酸素種がウロポルフィリノーゲンやポルフィリノーゲンからそれぞれウロポルフィリン、ポルフィリンへの酸化を促進するというもの。もうひとつは鉄が UROD の活性を阻害する分子 (ヒドロキシメチルビランかウロポルフィリノーゲンに由来する分子が疑われている) の産生を促すというもの、3つめは鉄がウロポルフィリノーゲンやウロポルフィリンの原料であるアミノレブリン酸の細胞内の濃度を上昇させるというものである。

PCT の病態生理において鉄の沈着は重要だが、鉄の沈着だけではウロポルフィリンの過剰産生には不十分で、他の誘因が必要である。現在までに知られている PCT の危険因子としては、飲酒、喫煙、UROD の遺伝子変異、肝毒性がある芳香族炭化水素、P4501A2 およびグルタチオン-S トランスフェラーゼ GSTM1 の遺伝的多型、肝腫瘍 (良性、悪性、転移性) 、透析、サルコイドーシス、エストロゲン療法、C 型肝炎ウイルスや HIV の感染がある。

4. 治療

他の皮膚ポルフィリン症と同様に日光を避けることが皮膚障害を予防するためには最も効果的である。日光を避けるためには、遮光効果の高い服や亜鉛や酸化チタンを含む日焼け止めを使用する。日光を避ける以外に PCT の誘因を除去または制御することが重要である。

PCT の病態生理に基づく根治療法としては鉄制限と肝臓やその他の組織からポルフィリンを除去する作用がある抗マラリア薬がある。これらの治療の中で、瀉血は安価で安全で効果的であることが示されている。

具体的な瀉血の方法としては、血清フェリチン 25 ng/mL 未満になるまで毎週または隔週に 400-500 mL の瀉血を行うことが推奨されている。臨床的な治療効果は 2-4 L を瀉血したあたりから明らかになってくる。実際、推奨されている瀉血のレジメンを継続すると、2-3ヶ月で水疱、6-9 ヶ月で皮膚の脆弱さを認めなくなり、13ヶ月で生化学的な異常を認めなくなる。瀉血を行うときの注意点として、瀉血を行う前には Hb 11 g/dL 未満にならないようにする必要がある。貧血や低蛋白血症は瀉血の相対的禁忌である。

食事からの鉄摂取の制限 (レバーや赤身肉) の制限も推奨される。鉄を除去すると、反応性に鉄の吸収が亢進するからである。瀉血により、血中のヘプシジンが低下すると、フェロポエチンの発現が亢進し、腸管からの鉄の吸収が促進すると考えられている。ヘム鉄は特に吸収が良いので、ヘム鉄 (赤身肉など) を制限すると効果的に鉄摂取量を減らせる。

瀉血が行えない場合の第2選択として、低用量クロロキン (125 mg 隔日) 服用が行われることが多い。低用量クロロキンは瀉血と比較して早期に再発するが、寛解導入率は同等で、安価である。クロロキンはリソソーム内で 8-, 7-カルボキシポルフィリンと結合し、水溶性の複合体を形成し、尿から排泄できるようにする。クロロキン服用開始後に血清中のアミノトランスフェラーゼとポルフィリンの濃度が上昇することがある。これらはふつうは軽度で 2ヶ月以内に正常化する。クロロキン服用で臨床的に症状改善を認めるまでには少なくとも 3ヶ月以上がかかる。生化学的な完全寛解までには 1年以上かかる。ヒドロキシクロロキン (200 mg 週2回) も効果があるが、クロロキンよりも早期に再発するので好まれない。

瀉血とクロロキンを併用した場合は、それぞれ単独で治療した場合よりも早く寛解が得られるようである。ただし、これについてはランダム化比較試験では検証されていない。

鉄のキレート剤であるデフェロキサミンによる鉄排泄は瀉血が行えない PCT 患者の代替治療として報告されている。16名の PCT 患者に対してデフェロキサミン 40-50 mg/kgBW を夜間に 8-10時間かけて週5回、皮下注射したところ、尿からのポルフィリン排泄は正常化した。瀉血のように安価でも簡便でもないが、デフェロキサミンは PCT の病態生理に関わると考えられている反応性の高い非ヘム鉄を除去することができる。

国によっては経口の鉄キレート剤 (デフェラシロックス、デフェリプロン) が使用できる。これらの薬剤も PCT 患者、特にフェリチンが高値で貯蔵鉄が多い患者では比較的安全に鉄を除去できる。しかし、いずれも PCT 治療の有効性についてはランダム化試験で検証されていない。

PCT の皮膚所見
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3418709/figure/F2/?report=objectonly

PCT の肝組織所見

元論文
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3418709/

2022/02/18

2022-02-18 06:02:41 | 日記
メキシコのソーダ税法施行に対する清涼飲料水メーカーの妨害工作
BMJ Glob Health 2021; 6: e005662

メキシコは世界最大の清涼飲料水の市場であり、肥満と 2型糖尿病の有病率が高い。メキシコは 2014年に世界に先駆けて国内の産業保護と健康増進を目的とする加糖飲料 (sugar sweatened beverages) に対する課税 (通称ソーダ税) を定めた法律を制定した。この法律は加糖飲料の消費を抑制することを目的としているので、清涼飲料水メーカーの強い抵抗を受けている。

カルフォルニアサンフランシスコ大学の食品産業文書保管室に保管された大企業の内部文書を調査したところ、メキシコのソーダ税に対する国際企業の反応が明らかになった。さらに、メキシコのソーダ税の効果に関する研究を調査したところ、企業からの資金提供のあるなしで結論が逆になることが分かった。

大企業はフロント企業を通じて、メキシコのソーダ税には健康増進の効果はなく、経済的な損失を生むだけだったと結論する研究を行う研究者に資金提供を行っていたことが分かった。これらの研究は企業からの資金提供を受けていない研究が発表される前に論文化され、公表されていた。

メキシコ政府は現在も国際社会の支援を受けながらソーダ税の政策上の効果についての査読を受けた利益相反のない研究を報告し続けている。

本研究からソーダ税制定後も清涼飲料水メーカーは法律撤廃とソーダ税の国際的な広がりを防ぐために抵抗を続けることが分かった。健康増進のための政策決定は、利益相反のない査読を受けた研究を根拠とするべきである。

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34413076/

2022/02/17

2022-02-17 07:45:04 | 日記
果糖とメタボリックシンドロームについての総説
Nutrients 2019; 11: 1987

最近数十年で先進国、発展途上国ともに食習慣が大きく変わり、運動不足と相俟って、肥満、メタボリックシンドローム (metabolic syndrome: MetS)、非アルコール性脂肪肝疾患 (non-alcoholic fatty liver disease: NAFLD) 、2型糖尿病が激増している。特に子どもの NAFLD が世界的に問題となっている。

食習慣の変化は単にカロリー摂取量が増えたというだけでなく、加糖飲料 (sugar sweetened beverages) を中心とする糖の過剰摂取によって特徴づけられる。欧米では加糖飲料は総エネルギー摂取量の 15-17%もの量が消費されており、添加糖は総エネルギー摂取量の 5%以下とする WHO の推奨 (2018)を大幅に超過している。そのため、特に子どもを中心に過剰な糖摂取が世界的な公衆衛生の問題となっており、糖の消費への規制を求める動きも出始めている。

主な甘味料としてはショ糖 (ブドウ糖と果糖からなる二糖)と異性化糖 (high fructose corn syrup, コーンシロップに含まれるブドウ糖を異性化して果糖とブドウ糖の混合物にしたもの、果糖 55%、ブドウ糖 45% の割合のものが多く使用されている、日本では一般に果糖ブドウ糖液糖と表記される) がある。果糖は天然に存在する糖の中で最も甘味が強く、過去 40年で消費量が激増している。

果糖の過剰摂取による心疾患および代謝疾患の危険因子に対する有害な効果については多くのエビデンスが蓄積されている。たとえば、MetS の異所性脂肪、特に肝臓に沈着する脂肪は過剰に摂取した果糖に由来すると考えられている。

1. 腸管における果糖の代謝

ブドウ糖と果糖とは構造がよく似た単糖ではあるが、腸管および肝臓における代謝経路は異なっている。果糖は主に腸管上皮の頂端側に発現するグルコーストランスポーター5 (glucose transporter-5: GLUT-5) を介して腸細胞 (enterocyte) 内に取り込まれる。腸細胞内に大量の果糖が取り込まれると、GLUT-5 の発現が亢進する。腸細胞から門脈への果糖の輸送の一部は GLUT-2 を介する。果糖の一部は腸細胞の細胞質に発現しているフルクトースキナーゼによってフルクトース-1-リン酸に変換される。

グルコース感受性転写因子 (carbohydrate responsive element binding protein: ChREBP) はブドウ糖摂取によって誘導される転写因子で、肝臓における糖および脂質の代謝の制御において重要なはたらきをしていると考えられている。最近、腸細胞において ChREBP が GLUT-5 の発現を制御していることが分かってきた。

実際、ハムスターに日常的に果糖を与えると、ChREBP と GLUT-5 の発現が亢進し、腸管での脂質合成が促進され、キロミクロンの分泌が増える。対照的に、ChREBP を欠損したマウスに大量の果糖を与えても、GLUT-5 の発現亢進は起こらず、果糖の吸収が増えないため果糖不耐症になる。

肝臓は果糖代謝の中心であると考えられてきたが、マウスで行われた放射性標識や質量分析を用いた研究によると、小腸が果糖の主要な代謝臓器であることが分かってきた。大量の果糖を摂取すると、小腸の果糖代謝が飽和し、小腸で代謝しきれなかった果糖が肝臓に流れ込むようである。健常者を対象に放射性標識果糖を用いて果糖の取り込み部位を検討した研究では、果糖の 85.5%は腸管および肝臓で吸収され、体循環に流入するのは 14.5%に過ぎなかった。

果糖は腸内細菌叢に影響を与えることで NAFLD の病態形成に寄与すると報告されている。

2. 肝臓における果糖の代謝

門脈から肝臓への果糖の取り込みは ĢLUT-2 を介する。ブドウ糖とは対照的に、果糖は体循環に入るのはごく一部である。また、GLUT-4 によるブドウ糖の取り込みはインスリンによって厳格に制御されているが、GLUT-2 による果糖の取り込みは知られている限りはホルモンによる制御は受けていない。

肝臓内に取り込まれた果糖はフルクトース-1リン酸に活性化された後に、ジヒドロキシアセトンリン酸とグリセルアルデヒド-3 リン酸に分解される。この果糖の代謝も、解糖 (ブドウ糖の嫌気性代謝) とは対照的にホルモンによる制御は受けない。果糖の分解で生じたグリセルアルデヒド-3 リン酸はピルビン酸、さらにアセチル-CoA に変換され、脂肪合成に利用される。

3. 果糖の過剰摂取と脂質合成との関係

NAFLD の特徴は肝臓への脂肪蓄積である。肝臓への脂肪の供給 (脂肪組織由来の遊離脂肪酸、食餌由来のキロミクロン、脂肪の新規合成 (de novo lipogenesis: DNL) )が脂肪の消費 (β 酸化、リポ蛋白分泌) を超過した場合に脂肪肝になる。

過去 10 年間で NAFLD の有病率は劇的に増加し、すでに欧米では慢性肝疾患の原因として最多となっている。

DNL 亢進は NAFLD 発症において重要なはたらきをしていることが示されている。炭水化物、特に果糖は DNL を促進し、肝臓への脂肪沈着を亢進させることが示されているが、脂肪肝の原因はエネルギー過剰か、果糖の過剰かについてはまだ決着はついていない。ヒトでのデータは足りないが、マウスで 2ヶ月間ブドウ糖または果糖を投与した実験では、総エネルギー量はブドウ糖の方が多いにも関わらず、果糖投与群で代謝が悪化した。

果糖は脂質代謝を制御する転写因子である sterol regulatory element binding proteon-1c: SREBP-1c を直接促進する。その他にも果糖は β 酸化を抑制し、小胞体ストレスを亢進させ、尿酸合成を亢進させることで、肝臓への脂肪蓄積を促進する。

果糖はまた、肝臓の ChREBP の発現も促進する。ChREBP はブドウ糖合成を促進する。さらに、果糖は fibroblast growth factor 21: FGF21 の濃度を上昇させる。FGF21 は肝臓での ChREBP の活性を亢進させ、DNL とVLDL 分泌を促進する。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6770027/